第38話 奇計、奇策、始まりの軍師

 ラルフ率いる近衛騎士団は、一日に八リーグのペースで進んでいた。

 途中までとはいえ、帝国街道を使えばブール学院まで十六日程度の道のりだが、敵地の主要街道を堂々と通るわけにはいかない。

 

 街道の管理は領主の重要な務めであり、さすがにこれを見逃す者はいないからだ。

 

 情けなくはあるが、シャルオレーネ軍は帝国のお目こぼしに預かって生き永らえているのが現実であった。

 だからこその人数であり、道のり。

 帝国街道を視界に収めていながらも、決して近づきはしない。ほんの僅かでも、警戒される真似は避けようとラルフたちは行動していた。

 

 そんな彼らの元に『案内人』がやって来たのは、アトラスを発ってから一週間が過ぎた頃だった。

 

 距離にして百ペース先に一人、三百ペース先に二人。所属不明の騎馬が進路に立ち塞がっていた。

 整備されていない道に山賊が横行するのは常であるが、わざわざ武装した騎兵隊を狙う馬鹿はいない。

 近いほうが並足ウォークで駆け寄ってくるも、敵対する気がないのは明らかであった。

 

 目に見える武器は腰にある湾曲した剣一つだけ。馬を操っていながらも槍やランスは見当たらず、様相は山賊と言わんばかりの軽装。

 強く警戒する必要はないと部下に言い含めて、ラルフは単騎で飛び出した。


「シャルオレーネ軍に相違ないな?」

「あぁ、そうだ。そちらは? 帝国兵には見えないが?」

 

 互いの武器が届かない位置で、二人は公用語で話し合う。


「こちらは、いわゆる自由民という奴だ」

「その自由民が何用で?」

「使いっ走りだ。ブール学院のな」

 

 矛盾した答えにラルフは顔をしかめる。

 伝わったのか、男は事情を説明してくれた。


「本当に、生徒だけしかいないのか?」

「労働奴隷を除けばな。それで代表のガキがそちらの目的を知りたがっている」

「その少年か少女は、こちらが正直に話すと思っているのか?」

「歴史ある王国の近衛騎士団なら、さぞかし騎士道精神に溢れていることだろう。そう、くだんのガキは言っていた」

「そいつはまた……手厳しい」

「こうやって話してみてわかったが、あながち間違いではないようだ。少なくとも、問答無用で斬られる心配をするのは、そちらに対する侮辱かもしれん」

 

 男が手を上げ、後方の二人が近づいてくる。

 応じるように、シャルオレーネ軍からも二人ほど飛び出す。


「時に案内人は必要ではないか?」

 

 その申し出を訝しく思いながらも、ラルフは快諾した。土地勘のない敵地を、支援なしで動き回るのに神経が擦り切れていたからである。

 自由民たちは抜け道に精通しているだけでなく、宿泊できる村や集落も提供してくれた。

 相場に比べたら割り増しであったが、自分たちの立場を考慮すると破格に違いない。


「それで返事は?」

 

 到着まであと一日になった頃、案内人とは別の自由民の男が文を届けにやって来た。


「こちらの言い分を呑んで、無血開城してくれるのか?」

 

 シャルオレーネ軍の目的は既に報せてある。その返事をラルフは期待したのだが、どうやら違うようである。


「残念だが、ガキどもは戦うようだ。それで……道に落とし穴を掘っている」

 気まずそうに自由民は言った。

「とはいえ、稚拙な作りだから大きな障害にはならないだろう。せいぜい、移動速度が大幅に削られるくらいだ……」

 

 そして、歯になにかが詰まったような顔でブール学院側の提案を告げた。


「ただ、我々の案内を最後まで受けるのであれば、抜け道を教えてやっても構わないと言われている」

「……それはつまり、戦場を指定しているということか?」

 

 これこそ、リンクが口にしていたあり得ない前提だった。

 普通に考えて、目に見える落とし穴を避けながら進むほうが正しい。わざわざ、なにが待っているかわからない誘いに乗るのは危険が大きすぎる。


「いいだろう。生徒たちのごっこ遊びに付き合ってやろう」

 

 しかし、ラルフは余裕と興味本位から乗った。

 相手が自分の主君と同年代であるがゆえの比較と期待から――

 それでも、この決断が自分たち近衛騎士団はおろかシャルオレーネ王国。しいては、帝国の行く末まで大きく左右することになるとは思ってもいなかった。


 そう、ここが分岐点だったのだ。


 彼の決断については、いずれ多くの歴史家や軍略家たちがこぞって語ることになる。

 もし、ここで彼が乗らなかったら――

 

『始まりの軍師』はどうしていただろうかと。

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