第35話 生まれながらの奴隷

 シリアナは門番として最適であった。

 緑の瞳も赤毛レディシュも帝国では物珍しく、そこにいるだけで見る者に警戒心を与える。

 また、アルニースでは皇子の側仕えとして振る舞っていたので、服装も威圧的な男装のまま。

 大勢の生徒がリンクに面会を求めるも、誰一人として彼女の許しを得られる人物はいなかった。

 

 シリアナは去っていく背中を浅ましく思いながら見送る。

 

 彼らの目的は明白であった。

 リンクに顔と名前を憶えて貰うこと。中でも、騎士の扮装をした生徒は最悪だった。

 自分が絶対に死なないとでも思っているのか、それとも死を恐れないことを勇気と勘違いしているのか。

 

 どちらにせよ、リンクに会わせる価値はないとシリアナは判断した。

 

 相手が貴族であれば諍いになったかもしれないが、仮にも騎士の子息だけあって女性に向かって声を荒げる者はいなかった。

 それこそ、顔は醜悪で態度も乱暴であったが、最後の一線だけは越えずにいた。

 

 それが、身分のもたらす拘束力である。

 帝国において騎士の息子はいずれ騎士となり、奴隷の子供は生まれた瞬間に主人の所有物となる。

 

 リンク=リンセントは奴隷として生まれた、とシリアナの勘は告げていた。

 

 自分と同じで、人として生まれたのではない。だって、明らかに見る目が違う。彼もまた、人と奴隷を区別して見ている。

 対して、イラマやフィリスは人として生まれた。

 確証を得る前からそれがわかっていたことからして、自分の勘はそう捨てたものではないはず。

 

 なのに、彼は自由に生きている。

 それが、シリアナには理解できなかった。

 

 自分なら、たとえ自由に生きろと命令されてもどうしていいかわからない。

 物心ついた時には、自分が誰かの所有物であると知っていたのだから、夢なんて見ることすら考えられなかった。

 

 ただ、主の望むままに生きるだけ。

 

 幸い、私は亡国の王族だったらしいので(よく主人が客に自慢していた)汚れ仕事には無縁でいられたし、主な仕事場が寝床とお風呂場だったおかげで、毎日清潔でもいられた。

 

 そう、あれは悪くなかった。

 最初の主人が死ぬまでのあの日々は、そんなに悪くはなかった。

 どちらかというと、今のほうが酷い。

 というより、ちょっと面倒だった。

 

 コリンズ様は命令以外にも、色々なことを求めてくる。

 

 今までは言われた通りにするだけで褒められていたのに、新しい主人はそれだけでは足りないと言うのだ。

 

 口癖は「つまらん」と「俺を楽しませろ」。

 

 それがなくなるのに、三年はかかった。

 そのことを考慮すると、リンクは不思議で仕方がなかった。一代騎士の奴隷にしては、あり得ない性能。

 十五歳になる今の自分と比べても、遥かに有能に思える。

 

 ――いったい、彼の主はどのような人物だったのか? 

 

 シリアナは気になって仕方がなかった。

 そんな奴隷の気持ちを知っていながら、主ははぐらかすのだ。

 

 正確には、推測すら聞かせてくれない。

 いつもであれば一緒に考えろと押し付けるくせして、東方帝国の皇子と張り合っているのか、一人きりで考え込んでいる。

 

 不意に、イラマの余裕を思い出し苛立つ。

 

 あの女も知っているという事実が、シリアナの闘争心に火を付ける。

 だが、絶対に自分で辿りついたんじゃない。イラマは教えて貰っただけだと決めつけ、じゃぁ自分は一人でやってやると意味もなく張り合う。

 

 しかめっ面をした異国の少女は、更に近寄りがたい雰囲気を纏って来訪者を拒絶していた。


「ここに入るのに、貴様の許可がいるのか?」

 

 しかし、スーリヤには通用しない。

 口調だけでシリアナは相手を判断し、如才なく応対する。


「必要なのは私ではなく、コリンズの様の許可です」

「どちらにしろ、腹立たしい限りだな」

 

 後ろに控えているフィリスも同感なのか、視線だけでさっさと開けろと言っている。

 二人にとってみれば、コリンズたちのほうが部外者なので当然の反応だった。


「入れてやれ。きゃんきゃんと喧しいからな」

 

 聞こえていたのか、コリンズの声。

 ならば渋る理由もないと、シリアナは扉を開けて二人を通す。


「おまえも入れシリアナ」

「この狭さにですか?」

 

 暗に場所を変えませんか? と提案すると、満場一致で歓迎された。

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