星空の下で

 現れた彼女は、いつもとは違い、長袖のパーカーを着ていて、ランドセルは持っていなかった。


『どうしたの?』


 僕はそう地面に書いて、彼女に聞く。


「うーん、そうだね、簡単に言えばね……」


 家出をした、そう彼女は言った。


「私の一家、引っ越すの。私のせいで」


 え?


 一瞬、思考が停止した。


「この前話した宗主さんの息子、いるでしょう? あの子の……その、扱いが酷くなって、バレちゃったんだ。お母さんに。それで家族会議になって、学校にも訴えたんだけど、とりあってくれなくてね、それで……引っ越すことになった」


 え?


 あまりの驚きに、僕はくちばしにくわえていた枝を取り落としてしまった。



「でも、さ……」


 そこで彼女は、顔をうつむかせた。カラスだから、その顔は見れただろうけど、なんとなく、見ない方が良い気がして、僕は留まった。


「私は……この街が好きなの」


 その声は、鼻をすする音が混じっていて、それでいて、震えていた。


「おかしいでしょ。なんで私が? 私は何もしていない。何も悪くないのに」


 そう言いながら、女の子は涙を流していた。流れた涙は地面を濡らしていた。


 どれくらい時間が経っただろうか。あの時の僕らは、時間なんて気にしていなかったから、それを何分、何秒というのか、いまだにわからない。でも、女の子は泣き止んだ。


「ちょっと聞いてもいい?」


 僕は、女の子に向けていたくちばしを、下に下げた。人間の動作だと、これが頷くということらしい。


「仕返し、した?」


 この時ほど、自分の羽毛が黒かったことを感謝した時はないだろう。きっと僕は、その小さな瞳を見開いていただろうから。


『どうして、そんなこときくの?』


 聞くのをやめようかとも考えたけれど、僕は結局聞いた。答えが半ば予想できる質問を。



「君に最後に会った翌日に、宗主さんの息子さんに呼び出されて……水をかけられたの。その時ね、向こうの誰かが言ったんだ」


 宗主様の息子に、カラスを使って嫌がらせをするなんて、万死に値するって。


「驚いたわよ。私はそんなことしていない。偶然かとも思ったけど、次に浮かんだのが君のことだった」


 だから、もう一度聞くね?


「仕返しとか、した?」


 そうだ。僕は仕返しをした。みんなを使って


 それが何を生んだ? 無意味な犠牲と、一部のカラスの憂さ晴らし。あまりにひどい。


 そんなものしか生まなかった、僕の決断を、話せるわけがない。


『僕は指示を出していないよ』


 だから、嘘をつくしかなかった。


 きっと、すぐにわかる拙いウソだったよ。


 でも、君はさ、何にも言わずに笑って、


「そっか」


 ってだけ言ったんだよ。


 だからなんだろうね。


 その後、帰ると言った君に、ガァーって鳴いたんだ。


 振り返った君に、僕は書いた紙を見せたんだ


『やくそくをしよう』


「約束?」


 僕はうなずいた。


 それで、こう書いたんだ。


『いつかまた……』


 この星空より綺麗に星空が見える場所で、僕らは再会しよう。


 それはきっと、願いだったんだ。


 いつか、このウソを謝れるように、という。

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