第3話 存在の大いなる連鎖 その2
最初に気づいたのは七尾奈々未だった。百合子は罠にかけられた小動物のような顔でぼくを見ていたし、ぼくはそれに気づかないふりをするために指定制服のネクタイの先端を摘んでは離していた。だから、最初に気づいたのは七尾奈々未だった。
校庭の方で何か騒ぎが起きている。ぼく達以外の誰も彼もが、かつて見たことのない熱心さで教室へ入っていく。我々は互いに互いの顔を見たあとで、その人波についていくことを語り合うこともなく決定した。
窓際に人だかりができている。窓から殆ど上半身を出して、外を見ている者もいる。それは飛び降り自殺の予備動作のようにも見える。
騒ぎは「校庭の方で」起きていた。校庭の方で。本当の中心はもっと、しかし少しだけ先にある。それはちょうど校門の前だ。
「野枝じゃん?」
ノエ・ジャンという人名を言うように、少し変わったアクセントで七尾奈々未がそう言った。
「野枝ちゃん」
ノエ・チャンという人名を言うように、やはりこれも少し変わったアクセントで百合子がそう言った。
ところで、ぼくは「うお……」とだけ言った。野枝であって欲しくなかったからだ。
校門の前、コンクリートで舗装されているはずの地面が、今は真っ黒に染め上げられている。そして、その漆黒の上でぼく達の学校の制服を着た少女が大勢の大人に取り囲まれている。遠くからサイレンの音が聴こえてくる。ぼくはネクタイを緩める。自殺の予備動作ではなく、よりよく観察するために、窓から身体を出す。校庭が広すぎる、と思ったのは、人生でこれが初めてだった。そうして、ぼくはその少女がノエ・ジャンでもなくノエ・チャンでもなく、三枝野枝そのものであることを理解する。
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