第156話 乱入者

 地下空間に、突如姿を現したヴィンセント。足下には、以前ロッコの屋敷で出会ったときと同じ、羽の生えた金色の毛並みの犬――グラシャ=ラボラスを従えていた。

 彼を目にしてロッコは足をとめると、歓喜の声をあげる。


「助かった!」


 しかしヴィンセントは目の前にいるロッコを無視して、青い瞳をタケトたちに向けた。そして、前回ロッコの屋敷で顔を合せたときとまったく変わらない、落ち着いた口調で独り言のように言う。


「ここは魔獣を集めるのに便利だったが、そろそろ潮時か」


「……ヴィンセント?」


 無視されたことに違和感を覚えたのか、ロッコが縋り付くように両手でヴィンセントの腕を掴もうとするが、ヴィンセントは手に持っていたステッキでぞんざいにロッコをなぎ払った。ロッコは、あっさりと床に倒れ込む。


 それは仲違いというよりも、端からロッコのことを仲間とは思っていないような態度に見えた。ロッコは信じられないものを見る目でヴィンセントを見上げ、驚きのあまり声さえ出せないようだった。


(裏切られたと言うよりは、ロッコもこいつに利用されてただけなんだろうな)


どっちにしろ、魔獣密猟取締官としてはどちらも捕縛対象であることに変わりはない。

 タケトはあらためて、銃口をヴィンセントへと向けた。


「ヴィンセント。あんたも、一緒にきてもらおうか」


 しかし、タケトの言葉にヴィンセントはフフと小さく笑う。


「こちらの王国に私の仕事を邪魔する者たちがいることは認知していたが、まさか君がそうだったとはな。私も一杯食わされたよ、アイゼン君」


 そして、彼はスッと目を細める。


「魔獣密猟取締官、といったか。転移者も含まれていると耳にしたことがあったが、君がそうか。その容姿からすると、北東アジア系のようだが。中国人か? それとも日本人かもしれんな」


「……あんたも、そうだよな。ヴィンセント・シャムロック。あんたのしている腕時計は、どう見てもこっちの世界のものじゃない」


 ほうと、ヴィンセントの口元が小さく笑う。


「この世界ではオーパーツだとわかっていてもね。長年愛用したものだったから外せなかったんだよ。……そうだ。今度、君を我が研究所に招待しよう。ようやく上手いコーヒー豆を手に入れることができたんだ。こちらの紅茶だけでは、ティータイムも物足りないだろう?」


 ヴィンセントの口ぶりには、まるで久しぶりに旧知の友に会ったかのような親しみさえ窺えた。ロッコに対する態度とは対照的だ。

 そうこうしている間に、扉の向こうからは複数の足音が聞こえてきた。地上の建物の制圧が終了して、騎士団の連中が地下へ降りてきたのだろう。


 すぐに扉の向こうから甲冑を纏った騎士達が現れる。ロッコもこれはもう逃げられないと思ったのか、床に座り込んだまま茫然としめいた。

 しかし、ヴィンセントの表情は何一つ変わらない。むしろ、同郷の人間を見つけて楽しそうですらあった。


「さて。もっと話していたいが、そうもいかないようだ。最後に、君の名前を教えていただけないかな?」


 ヴィンセントに問われ、タケトは一瞬迷う。しかし、所属が知られている以上、名前を隠したところで調べられればすぐにバレてしまうだろう。


「……タケト。タケト・ヒムカイ」


「そうか。タケトか。ふむ。悪くない名だ」


 ヴィンセントは髭の覆われた口を撫でると、


「またいつかゆっくりと話したいものだ。……生きて、ここから出られたら、だがな」


 そう言ったかと思うと、ヴィンセントは右中指に嵌めた指輪に口づけた。シャンテが「怖い」と言っていた、あの指輪だ。指輪には赤い大きな石が嵌められていた。それは、ぬらぬらと怪しく輝き始める。


 ヴィンセントは指輪を突き出すように地下空間の中央に向かって右手を前に着きだした。


 彼が何をしようとしているのかは分からなかったが、口ぶりから何かしらの攻撃手段であることは間違いない。

 扉に目をやると、そちらからは続々と騎士団員や増援の兵たちが降りてきているところだった。まずい、このままだと自分たちだけでなく彼らも巻き込まれてしまう。タケトは扉の方に向かって大声で叫んだ。


「来るな! みんな、逃げろ!」


それに構わず、ヴィンセントは手を前に掲げたまま、地面に向けてひと言命令を発した。


「さあ、掃除の時間だ。ここにある、すべてを破壊せよ。アースドラゴン」


 数秒の静寂のあと、突然大地が大きく揺れだした。

 それにともない、地鳴りのような咆哮がタケトたちの耳を震わせる。


 ガアアアアアアアアアアアアア


 咆哮は地の底から聞こえてくるようだった。

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