第十三章 アースドラゴン
第148話 俺、捨てられました
ジェンの元で一晩を過ごしたタケトは、朝こっそりと自宅の納屋へと戻った。
納屋ではウルが寝息をたてている。その上で、小さなトン吉がゴロンと横になって寝ていた。タケトが近づくと、ちらと薄眼を開けてこちらを見たあとモゾモゾと寄ってきたので、それを抱き枕にするようにしてタケトはウルの腹の上で横になる。そのままいつのまにか寝入ってしまっていた。
時間にすると小一時間くらいだったのだろうが、少し寝たことで頭の中がかなりスッキリした。
そして、いつもの朝と変わらない時間に起きだすと、朝ごはんを食べるためにトン吉をつれて母屋へと赴く。
ダイニングでは、もうシャンテが朝ごはんの準備をしていた。
「あ、おはよう。シャンテ」
タケトが声をかけると、シャンテはいつものように「おはよう」と返してくれる。しかし、タケトはその表情と声に小さな違和感を覚えた。なにがどういつもと違うのかはっきりとはいえないのだけれど、あれ?とひっかかるようなちょっとした違和感があった。
なんだか、いつもと違う距離を感じる。
「どうした? シャンテ。なんか体調でも悪いのか?」
タケトの言葉に、シャンテは小さく首を横に振る。彼女のさらさらとした銀色の髪がゆるやかなカーブを描いて揺れた。
「ううん。なんでもないの」
「……もしかして、昨日のこと怒ってる?」
一瞬、タケトのその言葉にシャンテの肩がぴくりと動いた気がした。
やっぱ、そうか。それで怒ってたんだと思い、タケトはすぐに謝る。
「ごめん。すぐ戻るつもりだったんだけど、ちょっと用事ができて帰れなくなっちゃって」
結局夕飯も食べずに朝帰りしてしまった。夕飯を無駄にしてしまったわけだし。彼女はずっと待っていたのかもしれない。しかし、シャンテはさらに大きく首を横に振る。
「ううん。なんでもないの。さあ、食べよう? はい。これ、トンちゃんの分ね」
シャンテはタケトと目を合せることもなく、トレーで運んできたシチュー皿やパンののった皿を次々にテーブルの上に置いていった。タケトの席の足元にもトン吉の皿を置く。
「う、うん」
タケトはトン吉を床におろすと、自分の席に腰を下ろした。考えてみれば、昨日、昼食をとって以来何も食べていない。腹は非常に減っているはずだった。けれど、なんとなくあまり食べる意欲がわいてこない。それよりも、シャンテの態度が気になって仕方が無かった。
普段のような会話もなく、お互い席に着くと黙々と食事を口に運んだ。いつもなら
「あれがほしい」だの「お替わり食べたい」だの騒がしいトン吉も、今日はいつもと違う雰囲気を感じたのか話しかけてこない。
なんだか非常に気まずい。
シャンテが何かタケトに対して不満を抱いているのは態度でわかるのに、それが何なのかタケト自身にはいまいち見えてこない。連絡せずに夕食をすっぽかしたことは、実は前にもやらかしているがここまで怒られたことはなかった。今回のは、それまでのとは全然感触が違った。
(なんだろう。俺、何やらかしたんだろう……)
そうこうしているうちに、二人とも食べ終えてしまう。シャンテが食器を片付けはじめたので、タケトも慌てて立ちあがってそれを手伝った。
「あ。俺、洗っとく」
皿を手に取ろうとしたらタケトの手がシャンテに触れた。
お互い、固まったように手をとめる。
あ、と思った瞬間。シャンテが顔を俯かせるとポツリと早口気味に言葉を放った。
「タケト。……一緒に暮らしてるからって、遠慮しなくていいんだよ?」
「へ?」
シャンテの言葉の意味をはかりかねて、タケトは間の抜けた声をあげてしまう。
さらりと銀色の髪を揺らして顔を上げたシャンテの目は、赤くなっていた。それに、さらにタケトは動揺するが、どうしていいのかわからず言葉が出ない。そんなタケトにシャンテが続けた。
「別に、タケトはここに家を借りて住んでるだけだもん。だから、私に何を言う資格もないから……。」
「え…………ええ!? ちょ…………なんの話?」
たしかに家を借りて住んでいるけど、資格って何?
焦りまくっていたら、シャンテがギュッと目元を強ばらせるのがわかった。その青い瞳にみるみる涙が溜まっていく。
「タケト、好きな人いるんでしょ? だったら、そっちにずっと行っていればいいじゃない。なんで私のところに帰ってくるの? なんでここに戻ってくるの?」
「……好きな人!?」
そんなの目の前にいる人以外にいるわけないじゃないか、と口から出かかったところでトントンとドアを叩く音が遮った。
なんでこんな朝っぱらから訪問客が来るんだろう。いまそれどころじゃないのに。一瞬聞こえなかったことにしようかとも思ったが、ドアを叩く音はドンドンとさらに大きくなる。
仕方なくタケトは「はい!」とドアに向かって声をかけると、大股でそちらへ歩いて行ってドアを開けた。
てっきり近所の人がまた洗濯石けん貸してくれとか言いにきたのかと思ったのだが、ドアの向こうに立っていたのは予想外の人物だった。
ジャケットを着たキチンとした身なりの中年男性。彼の被っている帽子は馬車の御者がよく身につけているものだ。その帽子の脇には王家の紋章があった。男はタケトを見ると、右手を腹にあてて深く恭しく頭を下げる。
「タケト・ヒムカイ様。お迎えに上がりました」
「……はい?」
見ると、家の前には白馬に牽かれた馬車が一台停まっている。その扉にも、大きく王家の紋章が彫り込まれていた。
「お呼びでございます」
それが誰なのかは御者は言わなかった。あえて言わないことでそれが誰なのかはすぐに分かる。この国の最高権力者……つまりジェンだ。
「今じゃなきゃ駄目なのかな」
「お呼びでございます」
御者は頭をあげることなく、もう一度同じセリフを繰り返した。言外に、タケトには拒否権も選択肢もないのだと言われているようだった。
おそらく、タケトが行くというまで、彼はここでこうして頭を下げ続けているのだろう。これではもう、シャンテと話しを続けるわけにもいかない。
タケトは、嘆息した。
「……わかった。行くよ」
そう答えるとタケトはシャンテを振り返る。
「……ごめん。そういうわけだから、話の続きは夜にでも……」
言い終わる前に、シャンテがトン吉を抱きかかえて何も言わずにタケトの手に押しつけてきた。トン吉は、きょときょとと心配そうにタケトとシャンテを見比べている。
「シャンテ……」
一応トン吉を受け取りながら、タケトは俯いたままのシャンテが気になってならない。このまま中途半端に話を中断させたまま行きたくなんてなかったが、タケトが言葉を発する前にシャンテが低い声でボソッと言った。
「またすぐあの人のところに行っちゃうなら、もう、戻ってこなきゃ良かったのに」
「え? あの人って?」
聞き返そうとしたが、それより前にシャンテがタケトを押し出すようにドアを閉めた。
「…………へ?」
しかも、向こう側からガチャリと鍵を閉める音まで聞こえてくる。
完全に閉め出されてしまった。
タケトの頭の中が真っ白になる。一体何が起こっているのか、頭がついていかなくてただ呆然とドアの前に立ち尽くした。
そんなタケトの胸に抱かれたトン吉がポツリとひと言。
「あーあ。ご主人。捨てられちゃいましたですね」
冷たい空っ風が、呆然とするタケトの周りをぴゅうと通り過ぎて行った。
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