第147話 だから僕はここにいる
タケトの手をずっと握ったまま、ジェンの話は続く。
いつしか空は白みはじめ、寝室の大きな窓からは朝の柔らかな光が差し込んでいた。
「僕にとって、オーウェンたちは本当に大切な存在だったんだ。家族といえるほどに」
タケトはジェンの話を、時折相づちはうちつつも極力口を挟まず聞いていた。
きっとジェンはこの話を、いままで誰にも打ち明けることが出来ず、ずっと心の内にため込んできたのだろう。大切な、何より大切な宝物を胸のずっと深いところで守るように。
それをタケトに打ち明けたことで、彼女の双眸にあった涙のあとはすっかり乾いていた。子どものような無邪気な様子で愉しそうに巨人・オーウェンとの思い出を語るジェンをタケトは静かに眺めていた。
「でも、そのうち。僕にも彼らの事情が見えてきた。彼らは、人間達に迫害されて元々の住処をおいやられていたんだ」
彼らが定住せず、森の中を渡ってくらしていたのは人間たちから逃れるためだった。
彼らは元は栄養価の高い大型の作物を育てて暮らしていたらしい。それが彼らの身体を維持するのに必要だったのだ。しかし彼らが住んでいたのはよく作物の育つ土地だった。それに目を付けた人間達にあっという間に奪われてしまったのだそうだ。仕方なく森の中で暮らすようになったものの、その見た目から恐れられ、攻撃され、迫害されていたのだ。
だから人間達と接触する度に森の奥へ奥へと住む場所を変えるのだが、それでも行動域を拡大している人間達との接触はしばしばあったようだ。
「僕は納得できなかった。なんで、彼らが迫害されるんだ。なんで、彼らは穏やかに暮らしたいだけなのに。人間達に住処を奪われるんだ?」
彼らと暮らし始めて三年。その頃には、ジェンの目は今くらいには回復していたという。一人で歩くことも問題なくできるようになっていた。
「オーウェンたちは僕と一緒だ。人間から迫害され、傷つけられ、利用価値がなければ消される。邪魔となれば、殺される」
そして、彼女は決心する。
「僕は、前王の娘だ。じゃあ、僕が王になろう。この世の中を変えてやろう。僕たちみたいな弱い存在も生きていける世の中にしよう。それが……命を助けてくれて、愛情を注いでくれたオーウェンたちに報いる唯一の方法だと思ったんだ」
そうオーウェンに相談したところ、当然、反対された。お前は殺されかけたんだろう。そんなところに戻っても、また殺されるだけだ。って。
それでもジェンの決意は変わらず、十六歳のある日。黙って彼らの群れを抜け出して、王都に来たのだという。
そこで名前を偽り、食堂の手伝いなどをしながら生活費を稼ぎつつ知識を付けた。自力で字を覚え、王立図書館に暇さえあれば入り浸って社会の事、王室のこと、国のことを学んだ。
そして、十八歳になるころには、彼女は今の彼女になっていた。目的のためには手段を選ばず、謀略の数々を平然とこなす今の彼女に。
いまだ勢力争いに荒れていた王室。貴族達も誰に付こうかと皆が策略をめぐらせていた時代。
とある一派の貴族に取り入り、王位継承権順位の高い跡取りやその取り巻き達を次々に策にはめ、殺し、失脚させ、追放した。
そのあとはタケトも知っているとおりだった。
前王の跡取りや妃たちを全て排除することに成功したジェンは、王位に就く。
ジェンの強引なやりかたに当初は反発の強かった王宮や貴族達だったが、彼女の敷く、古い悪習を廃し、庶民の生活を助け、王宮の中の風通しをよくしていく政策の数々に人々は彼女を王として認めるようになった。
いまや、庶民には絶大な人気があるといっても過言ではない。そうなると、他の貴族や王宮関係者たちも手の平を返したようにジェンに従うようになっていった。
魔獣密猟取締官事務所を作ったのも、そうした政策の一環だったのだそうだ。
タケトがこの地にやってきたのは、そうやって政情が安定したあとの王国だったのだ。
「でもね、タケト。僕はまだ、一番の目的は達せられていないんだ。オーウェンたちが安心して暮らせる世の中を、まだ作れていない」
そう、ぽつりと寂しそうにジェンは呟いた。
「彼らとは、連絡取り合ったりしてるんですか?」
タケトが問うと、ジェンはゆるゆると首を横に振る。
「いいや……僕は、勝手にでてきてしまったからね。それに、あのときは夢中で出て来たから、正直言って彼らがどの辺で暮らしていたのか今となってはよくわからないんだ。それに各地を転々としていたから。……だからね。僕、ちょくちょくヴァルヴァラのとこに行って、サイクロプスの目撃情報がなかったどうか聞いてたんだよ」
それで、しょっちゅうジェンが魔獣密猟取締官事務所に来ていた理由がわかった。
たしかに、この世界では巨人も魔獣の扱いなのだ。人と獣人以外の知性生物は全て魔獣と呼んでいるといっても過言ではない。獣人ですら、一昔前までは魔獣扱いで人間から差別されていたのだとも聞く。となると、サイクロプスもまた、魔獣密猟取締官事務所で保護すべき存在なのだ。
「オーウェンの手は、本当に温かかったんだ。お前の手と、少し似ている」
そう言ってジェンは視線をタケトと繋いだ手に落とすと、ぎゅっと力を込めた。
タケトもその手を握り返すと言葉を選びながらゆっくりと彼女に言った。
「俺も、その……サイクロプスたちの目撃情報やそれらしき噂があれば、すぐに知らせます。たぶん……いえ、きっと。その人たちもあなたと会いたがっていると思うんです」
握った手がビクッと一瞬震えたのがわかった。ジェンは心底驚いたような顔をしたあと、泣きそうな笑顔で笑うのだった。
「そうだといいな」
「きっと。そうです」
そしてどちらからともなく手を離す。タケトは両手を上にあげて大きく伸びをした。
「さてと。俺は帰ります。あなたは寝たほうがいい」
「すまないな。長い間、つきあわさせてしまって」
「いーえ」
もうすっかり夜は明けていたが、王宮の始業時間までにはまだ時間があるはずだ。
いまさらながら、シャンテにすぐ帰ると言っておきながら一晩を王宮で過ごしてしまったことに思い至った。もしかして、シャンテは夕飯を作って待っていてくれたのだろうか。だとすると、怒らせてしまっているかもしれない。それを思うと、非常に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
一晩をジェンの自室で過ごしてしまった事実を、シャンテがすでに知っているとはこのときは考えもしなかった。
(第十二章 完)
※しばらく更新は不定期になります。
すみません!ここのところ慌ただしくてなかなか書く時間が取れず……合間合間見つけてラストまで書き続けていくので、のんびりお待ちいただけると有難いです!
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