第136話 開幕

 劇場の観客席があるホールは、大きな円形状をしていた。四階建てで、ぐるっと壁沿いにも席が並んでいる。壁沿いの席はカーテンで外から見えないように覆われており、どうやらVIP席のようだ。


 天井はとても高く、大きなシャンデリアが下がっていた。そこに光の魔石がいくつもはめ込まれているようで室内は明るさに満ちている。舞台には緞帳が下がっており、そこから緩やかな傾斜をつけて、観客用の席が並んでいた。


 タケトとシャンテもその一つに腰掛ける。舞台がよく見える、傾斜の中程にある真っ正面の席だった。


 客が全て席に着くと、天井から降り注いでいた光がフッと陰り、ホールの中は暗くなった。そして、鐘の音とともに、緞帳があがる。


 舞台は、これもやはり光の魔石によるものだろう。下からも上からもライトアップされていて、暗いホールの中で浮き上がって見えた。


 その光に満ちた舞台の上に、袖の方から一人の男がゆっくりと歩いてきて、中央に立つ。


 でっぷりと太った身体に、少しハゲ始めた頭。顔は仮面で隠れているが、五十代とおぼしきその男は胸に右手を当て、観客席に向かって恭しく頭を下げるとすぐに顔を上げ、声を張り上げた。


「紳士淑女のみなさま。本日は当商会のオークションへお越し頂き、誠にありがとうございます」


 ホールの内部に反響して、その声は観客席の一番後ろまでよく届いていそうだった。


「あれが、オルロフ・ロッコです」


 後ろの座席に控えるように座っているカロンが肩越しに小声で教えてくれる。タケトは小さく頷いた。


 挨拶の後ロッコは一番前の席へと移り、司会の若い男に進行役が変わる。


 そして、オークションは始まった。


 基本的なやり方は、タケトが知っているオークションの方法と大差は無い。


 魔獣たちは舞台の袖から一頭ずつ舞台の上へと運ばれてくる。オークショニアらしき若い男が観客を煽るように魔獣の説明をしたあと、すぐにその場でセリがはじまった。買いたいものは値段を言いながら手をあげる。少しでも高い値をつけたものが勝者だ。落札者はその値でその魔獣を購入する権利を獲得する。


 品物となる魔獣はあらかじめリストアップされて参加予定者に配られてあった。当然タケトも目を通したが、その全てが王法で取引や捕獲が禁止されている魔獣だった。


 オークショニアの男が手に持った木槌で司会台を叩き、今出ていた魔獣のセリが終了した。そして、次の魔獣が舞台へとあげられる。


 あらかじめ渡されたリストから、タケトが落札したい魔獣は既に目星がついていた。


 今回の目的はこのオークションを潰すことではない。その後ろにあるロッコの組織を調べることだ。そのためには、ロッコに上客だと思われて気に入られるのが早い。それには、今回の目玉商品を落札するのが一番だろう。


 本当は出てくる商品の魔獣全てを落札したいところだが、予算には限りがあるのでそうも言ってられない。


(ごめんな……あとで何とかしてこのオークションの資料を入手して、落札したヤツみんな検挙しにいくから……)


 舞台に次から次へとあげられる魔獣たちを見ながら、タケトはそんなことを思っていた。


 予想はしていたが、商品になっている魔獣たちの状態は傍目に見ても良いとはいえなかった。


 明らかに弱っているように見える個体。枷や首輪の跡が痛々しくついて傷ついている個体。病気や栄養状態の悪さが窺える個体。

 タケトはギリと奥歯を噛んだ。


 元いた世界でもそうだった。密猟され遠方から運ばれている動物たちは状態の悪いモノも多かった。そりゃそうだ。見つからないように、声を上げたり動くこともできない状態で狭い場所に押し込められ、エサや水分も充分に与えられず悪質な環境で運ばれてくる。カバンの中。ペットボトルの中。家具の中。まるで、モノのように。


 そんな状態で長時間いれば、死んでしまうものも少なくない。


 あちらの世界ですらそうだったのだ。

 こちらも似たようなモノだし、それ以上の悪質さが垣間見えた。


 魔獣は死体ですら、素材や薬、宝飾として価値のあるモノも多い。生きていればラッキー。死んでもそれなりに価値がある。そんな考えのもと、群れごと襲われ虐殺され生き残った個体が、悪質な状態で長時間馬車や船で運ばれてくる。


 大きな魔獣になれば、健康な状態であれば人間には御すことが難しい。そうなると、わざと傷つけ弱らせて運ぶことも考えられる。


 次々に目の前に運ばれてくる酷い状態の魔獣を目にして、タケトは知らずに膝の上に置いた手でこぶしを握っていた。


 いますぐ、あのオークショニアたちもロッコも、ここの客も残らずぶちのめしてやりたい。こんな馬鹿げた競りなんて今すぐ叩き壊したい。自分たちの享楽や快楽、満足のために魔獣たちを傷つけて、それにすら楽しみを見いだすような奴らを許してなんておけない。野放しになんてできない。こいつらを自由にすれば、次々に魔獣が襲われてしまう。悲惨な目にあう魔獣がどんどん増える。


 潰してしまえ。そうなる前に、壊してしまえ。


 こいつらが魔獣にしてきた、同じことをしてやれ。


 そんな衝動に突き動かされそうになっていた。膝の上に置いた手をいつの間にか白くなるほどに握り込んだ。その拳に、ふわっと柔らかな感触が重なる。


 ハッとして横を見ると、シャンテがタケトの手の上に彼女の手を重ねていた。彼女の小さな手がタケトの拳を優しく握り込む。彼女が仮面の向こうからジッとタケトを見つめていた。その哀しさと強い光を湛えた青い瞳に射すくめられ、タケトは自分の役割と、いますべきことを思い出した。


(ああ…………)


 自分が危うい境界にいたことに気付き、タケトの中の荒立っていた心が、冷や水を浴びせられたようにストンといだ。


(……ごめん)


 そうだ。自分たちは法律にのっとって動かなければ。感情のままに激情のままに動けば、それは犯罪者と同じ地に墜ちることを意味する。


 潰さなければいけないのは、組織。人を裁くのは自分たちの仕事では無い。

 そしていまは裏にいるより大きな組織の存在をあぶり出すために、客のフリを続けなければならない。


 タケトは、こくんとシャンテに大きく頷いて見せた。


(もう大丈夫。ありがとう)


 小さく笑ってみせると、仮面の下に見える彼女の端正な口元も、ホッとしたように緩んだ。


 オークショニアが次のセリにかけられる魔獣の名を呼ぶ。


「さあ、お待ちかね。次はいよいよ、今回の目玉。滅多に市場にでることのない希少魔獣。ペガサスです!」


 舞台に真っ白い馬型の魔獣が引き立てられてくると、観客席のあちこちから歓声が漏れた。


 真っ白く美しい白馬。その背からは、大きく真っ白な翼が伸びていた。


 近年、目撃例が極めて少なくなっているにもかかわらず、その外見の神々しさから高い人気と知名度を持つ。剥製ですら、極めて高額で取引され、高い資産価値をもつといわれる魔獣。ペガサスだった。


 それこそが今日一番の高値が出るだろうと予想されていた商品であり、タケトたちが落札を狙っている魔獣だった。

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