第137話 落札できるか……?
舞台端に置かれた司会台の上で、オークショニアが高らかと次の競りの開始を告げた。
舞台の上では純白のペガサスが大きく羽を広げて、嫌々をするように首を捻っては後ろ脚で立ちあがろうとしている。
しかし、両前脚、後ろ脚はそれぞれ足枷と鎖で繋がれているため、大きく後ろ脚立ちになっただけで、すぐに飼育係に口輪についた縄を引かれて動きを封じられる。
無理矢理引き倒されるように伏せさせられ、バランスをとろうとしたのだろう。激しく羽ばたいた拍子に、純白の羽が舞った。
そんな騒ぎをBGMとするかのように、オークションは進んでいく。
今までに無い高値から始まったが、そこにさらに値が積まれていく。値はすぐにつり上がっていった。
「7300。7300が出ました。まだありますか?」
値は万単位。つまり、7300万リドだ。ちなみにタケトの年収は危険手当込みで大体300~400万リドといったところ。王宮の一般職員ならそんなものらしい。それでも一応宮使いの身なので一般の労働者よりはずっと恵まれている方だ。
司会台で、オークショニアが興奮気味に声を張り上げる。
現時点で一番高い値を告げたのは、壁際のVIP席に座る白髪の男性だった。おそらくよほど裕福な貴族なのだろう。オークショニアがその値で落札の合図を出そうと木槌を握ったところで、すっとタケトは手をあげた。
皆の視線が、タケトの手に引きつけられたのがわかる。息を飲むように、静まりかえったホール。
タケトは静かに、でもはっきりと値を言う。
「9000」
いっきにつり上がった値に、ワンテンポ遅れてざわめきが起こった。
先ほど7300万の値をつけたVIP席の白髪の男は、遠目にも分かるほど憤慨した様子だった。手に持っていた杖を床に強く打ち付けると、再度手を上げた。
「10000!」
目玉商品に対して始まった値上げ競争。それも、浮世離れした額が飛び交うことで、場内はにわかに熱気が高まった。みな、息を飲んでタケトとVIP席を交互に見つめている。
「11000」
タケトは努めて冷静を装うと、しずかにオークショニアに告げる。
それに対して、VIP席の白髪紳士はついには立ちあがって、いらだたしげに声を張り上げた。
「12000だ!」
すぐさまタケトもさらに上回る値をかぶせる。
「13000」
正直いって自分の金ではないし、聞いたことがないような額だったので、とっくに実感はなくなっていた。
この金だって、ジェンとヴァルヴァラの許可を得て、王宮から特別に借りている金だ。
もちろん、この組織を潰した際に押収した金品の中から最優先で返済することになる。もしこの組織を潰せなかったら、この金を持ち逃げされてしまったらどうなるのか……そんな怖い想定は考えたくなかった。
破産したくらいじゃ済ませてもらえないかもしれない。
あの王様のことだ、命で償えとか言われるかもしれないし、カラッと笑って不問にしてくれるかもしれない。どっちもありえそうだから、怖いのだ。あの人は。
白髪紳士は、ついにオークショニアではなく観客席のタケトに向かって直接杖を向けて叫んだ。
「ええい! 15000だ!」
いっきに金額を引き上げてきた。しん……と、静まりかえった場内の視線が一心にタケトの挙動に集まる。
タケトは悠然と組んだ足に手をのせると、にこりと笑む。
そして、落ち着いた声音でにこやかに言った。
「23000でお願いします」
一瞬の静寂。次の瞬間、VIP席で身を乗り出していた白髪紳士が呆然とした様子で椅子に腰を落とした。
再入札はないと判断したオークショニアが高らかに木槌で司会台を叩いて落札を宣言する。
一斉に歓声と、拍手が起こった。もちろん、その全ての賞賛がタケトとその同伴者であるシャンテに向けられていた。
タケトはすくっとその場で立ちあがると、なるべくゆっくりとした動作で右手を腹にあててオークショニアと周りの観客達に頭を深く下げた。
タケトに向けられた拍手がさらに高く大きくなる。
表面上は余裕のある態度をとっていたが内心では、
(ふあ……なんとか、落札できた……)
安堵でいっぱいだった。とにかく、注目を浴びて名を売ることはできたと思う。
シャンテと目が合い、お互い安堵で微笑み合った。
舞台では、さっきまで暴れていたペガサスがいつのまにか大人しくなり、その黒々としたアーモンドのような瞳でジッとタケトを眺めていた。
オークションが終わった後、落札者たちは別室のサロンへと案内される。
そこは、一際豪華に彩られた部屋だった。ふかふかな深紅の絨毯の上には、金箔の貼られたソファや椅子が沢山置かれ、壁に何人ものメイドが控えている。ここで軽食や酒を飲みながら、従者が落札金の決裁を済ませるのを待つようだ。
タケトがシャンテとともにサロンに入ると、待ち構えていたかのようにワッと客人たちに取り囲まれた。
みな口々に、タケトの先ほどの落札を褒め称えていた。シャンテも、美しいやら可愛らしいやらと褒めまくられて、どうしていいのかモジモジ戸惑いつつ頑張ってニコニコしている。
さきほどまで後ろに控えていたカロンが、タケトに目配せをすると彼らの元から離れた。落札金を支払いに行くのだ。
タケトは小さくカロンに頷く。カロンが持っているカバンには、金で今日の軍資金が入っていた。実は25000までは予算として持っていたのだ。あのままジワジワ値がつり上がり続けていたら危なかった。
途中でいっきにタケトが値をつりあげたことで、競り合っていた白髪紳士の気持ちを折れさせることができたのが良かったのかもしれない、と今になると思うが、あのときは必死だったので実はそこまであまり考えてはいなかった。
周りを囲まれ口々に様々なことを聞かれるタケトは、適当にはぐらかしながら、
(カロン、早く支払い済ませて。やばいよ、うっかり喋っちゃいけないこと喋りそうだって!)
内心ハラハラしていた。
そのとき。タケトとシャンテを取り囲んでいた人たちが、さーっと海が割れるように道を空けた。その道を一人のでっぷりした男が仮面の下で満面の笑みを湛えてながらこちらに歩み寄ってくる。彼はタケトの前まで来ると、右手を差し出した。
「いやぁ、素晴らしかったです。アイゼン様。本日は我がオークションにお越し頂いありがとうございます。お会いできたこと、この上ない光栄にございます」
タケトは、一瞬スッと真顔で目を細めた。
が、すぐに無理矢理笑顔をはりつけて、彼の差し出してきた右手を親しみを込めて握った。
「いえ。私こそ、良い買い物ができて幸運でした」
その男こそ、この魔獣オークションの真のオーナー。
オルロフ・ロッコだった。
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