第76話 拘束?



 バシュッ……!



 ゴーレムの少し上を狙えとカロンに言われて、その言葉通りに照準をとり、引き金を引く。すると、今度は網ではなく、何か透明な液体が銃口から飛び出してゴーレムの上に降り注いだ。ゴーレムの全身にその液体がビチャッとかかる。


「次、シャンテお願いします」


 カロンの声にシャンテは頷くと、両手を前に掲げてゴーレムへ向けた。


「大気の精霊よ。彼らに雷神の鉄槌を」


 呪文を唱えると、彼女の声に呼応してゴーレムの頭上数メートルの空間で小さな稲光が真横に走った。次の瞬間、その稲光がゴーレムに引き寄せられるように引っ張られる。




 バリバリバリ……ドン!




 幾筋もの小さな雷がゴーレムの上に落ちた。と同時に、一瞬、ゴーレムの全身がぼんやり光る。電流が頭の先から足下まで走ったのだろう。


「大丈夫なのか……?」


 ゴーレムを攻撃することまではこの段階の計画には含まれていなかったはず。もしかしてゴーレムを傷つけてしまったんじゃないかと心配になったタケトがカロンに確認するが、彼は緩く頭を振った。


「ゴーレムがこの程度でダメージを負うことは考えられません。彼らは、見た目通りほとんど石と土でできています。中心に核はありますが、他の生物のように生身の部分というものがありませんし」


 シャンテの雷を受けてゴーレムが頭を上に向けた。しかし、それだけで動きは止まってしまう。


「さっき飛ばしたものは特殊な液体でして、通電させると硬化する物質なんです。石油から作られるそうで、元々は高所での建材の接着などに使われる物質なんですよ」


「へぇ……」


 たしかに、ゴーレムは動かないというよりは、動けないでいるようだ。目は爛々と赤い光を放っているから、攻撃の意思を失ったわけではなさそうだし。


(建材、か……)


 固まった身体の内側から力をかけているのだろう。ゴーレムの身体が震えているのが見える。そんなゴーレムを眺めながらタケトは考えにふける。


 時々、この世界の文明度合いがよくわからなくなることがあった。

 基本的にこの世界は、元いた世界の中世から近代くらいの文明度合いだという実感がある。幅があるのは、一直線に元の世界と同様の発展を遂げているわけではなさそうだからだ。それは精霊というあちらにはないエネルギーが介在しているせいなのかもしれない。


 ただ、それでも時々、え?と驚くような技術に出会うことがあるのも事実だ。


 精霊銃もその一つ。なぜ、銃というものがそこまで普及しているわけではないこの世界で、リボルバーに類似した、しかも明らかにそれを改良したと思しきものが存在しているのだろう。


 さらに調べてわかったことだが、この精霊銃に施された装飾は数百年前に流行したデザインのようだ。よくわからない豚まで封印されているし。おそらく製造されたのは何百年も前の可能性が高い。


 この、電気で硬化する物質も、タケトにはオーバーテクノロジーのように思えた。大国であるジーニア王国の王都ですら電化製品を見かけないこの時代に、なぜ電気を応用した物質が実用化してるんだろう?

 考えれば考えるほど、よくわからない。よくはわからないが……この世界の技術は、ときどきすごくチグハグなのは確かだ。


 それはさておき、電気で硬化する物質により無事にゴーレムを固めることに成功した。と思ったのだが、ギチギチという嫌な音がゴーレムの方から聞こえてきた。

 そして、パリンという軽い破裂音とともに硬化物質は砕けて四散した。


「ダメでしたね。建材を百年は固定する強度があるはずなんですが、ゴーレムの腕力には敵いませんでしたか」


 あの怪力を誇るゴーレムを拘束することは、このよくわからないオーバーテクノロジーをもってしてもダメだったようだ。


「どうするかなぁ……」


 力尽くで拘束するのは無理なんじゃないか?なんてカロンと話していたら、視界の端で、ブリジッタがスタスタとどこかへ去って行くのが見えた。


「ブリジッタ。トイレ? トイレなら、食堂の脇にあるってホッジさんが言ってたよ」


 タケトのデリカシーの欠けた言葉に、ブリジッタはヒラヒラしたドレスを翻してくるっと振り返る。そして、腰に手を当ててむすっと指をこちらに突きつけてきた。


「違いますわよ。例えそうだったにしても、そういうことを大声でうら若い女性にいうもんじゃないんではなくって?」


 三百歳を超えているブリジッタがうら若いかどうかはともかく、気分を害させてしまったのは確かなようだ。面倒臭いことになってしまった。


「悪かったよ」


「まったく。そういうことを女性に平気で言うから、その歳まで独り身なんじゃないんですの?」


 思いもかけない口撃を食らって、タケトは口ごもる。


「う……それ、セクハラじゃん……。それに、俺だって女性と付き合ったことくらい、あるもん……」


 なんてことを言い返していたら、違う方向から驚いた声があがった。


「そうなのっ!?」


 シャンテだった。なんだか、話がややこしい方向に飛び火している気がする。


「へ!? あ、いや! こっち来てからじゃないよ! ここで、じゃないから!! もう何年も前の話だし!」


「そ、そっか……そうだよね……」


 シャンテはどこかほっとしたように見えた。なんでそんな顔されるんだろう。


「……雌の動物を愛でるのは、付き合うとは言いませんよ?」


 と、これはカロン。


「相手は人間だよ!?」


 なにげに、みんな酷い。


「……どうせ。すぐ振られましたよ……いいもん、どうせ、俺、カロンと違って女性経験あんまないし。一生、このまんまでいいもん」


 と開き直りつついじけながら、インク壺にペン先を浸してタケトは紙に記録を書き付ける。顔を上げると、獣化しているのでわかりにくいがカロンが微妙な表情をしていた。


「僕も、そんなには」


 なんてしれっと返してくる。うそつけー。そんなわけないだろ。人化したときは、こっちの世界の基準からいっても、かなりなイケメンじゃないか、お前。と、タケトは胡乱な目でカロンを見る。


「……こないだも、他の部署の女の子たちに取り囲まれてたじゃん……」


 明らかに大した用事もないのに、カロン目当てで来る王宮職員とかもいるし。そういう子はタケトが応対したときと、カロンが応対したときとで返ってくる声の雰囲気からして違うのですぐわかる。


(あれ? そういえば、カロンって特定の誰かとつきあってたりするんだっけ?)


 そういう話は聞いた覚えがない。カロンの部屋にも伝令コウモリたちと遊ぶためにちょくちょく訪れているが、特定の女性の影は見た記憶もないし。


「ともかく。ワラワはしばらく、食堂ででも休んでいますわ。ワラワが役立てることは、しばらくなさそうですもの。今回の案件は、ワラワが来る意味はなかったかもしれませんわね」


 ブリジッタが嘆息混じりにそう漏らした。


「え? そう?」


「考えてもご覧なさい。はじめから石でできているものを、石化させたところでどうするっていうんですの?」


 言われてみれば確かにそうだ。対密猟者なら、多数の人間を一度に石化させて捕まえられるブリジッタの能力はとても重宝する。うちの戦力の要だ。しかし、今回の現場は密猟者と出くわす可能性は限りなく低い。


「そっか。あ、そうだ。じゃあ、こいつも連れてってよ。寝ちゃったみたいだから」


 タケトは自分のカバンをあけると、中でスヤスヤ寝息を立てていたトン吉を抱き上げてブリジッタに手渡した。トン吉は、あれから銃の中に戻ることなくずっとタケトにまとわりついているが、銃の外で存在を維持するのはエネルギーを消耗するらしい。それで夜だけでなく日中もよく寝ている。外に出てくるのがそんなに疲れるなら、銃の中に戻ればいいのに、それは嫌なようだ。あまり銃から離れることはできないそうだが、この程度の距離なら問題ないだろう。


「ええ。いいですわよ」


 トン吉は一瞬、うっすらと目をあけたが、ブリジッタに抱かれて再びトロトロと眠ってしまった。

 トン吉を抱いたブリジッタの小さな背中がテント村の方に消えていくのを見送ったタケトは、カロンとシャンテに向き合って肩をすくめる。


「さてと、次はどうやって捕獲してみる?  麻酔弾みたいなのってなかったっけ?」


「一応もってきていますが……」


 物理的に拘束するのは無理。なら他にどんな手が取れるんだろう。

 今回の捕獲作戦は、初っ端から苦戦しそうな予感がありありと漂っていた。



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