第32話 なんでそんなに溺れるんだ
砂クジラは雨雲を纏ったまま豪雨とともに暴走を続ける。
(まずい……このまま暴走し続けたら、この先にある街が砂クジラに挽き潰される……!)
その危険は予測できたが、こんな体長数百メートルもあるような巨大な魔獣を自分たちだけでどうにかできるなんて、到底思えなかった。
(もし……もし……、あの砂クジラの頭の上にある装置を取り除けたら!)
アレを白フードたちに取り付けられてから砂クジラはおかしくなった。アレが誤った命令を出し続けているために砂クジラが暴走したのだとしたら。アレを取り除けば、もしかしたら砂クジラの暴走は止まるかもしれない。
(でも、どうやって……)
さっき、ウルで砂クジラに登ろうとしたけれど、表面がすべって登れなかった。まして今は砂クジラの身体には滝のようにひっきりなしに雨が流れ落ち、砂クジラ自身も激しく動いている。あの装置のところに行きたくても、行く手段がない。
そこにカロンの声が飛んでくる。
「シャンテ! ウルに! 砂クジラを攻撃させてください!」
「え!? ウルに!?」
シャンテが言葉を返す。彼女の髪も服もぐしょ濡れだ。それはタケト自身も同じだろう。砂地だったはずの地面は、いまや濁流の河のようになっている。
その上を砂クジラから少し離れて、ウルとカロンたちが乗るラクダが追いかけて走る。
「もうこの先の街に避難を呼びかける時間もありません! 見ていると、砂クジラは時折鳴くために口をあけます! 口を開けた瞬間にウルの業火で焼けば、ダメージを与えられるかもしれない!」
「で、でも、そんなことしたら!」
砂クジラは、体内に甚大な損傷を負うだろう。下手すると死ぬかも知れない。でも、もうタケトにも砂クジラを止める手段としてはそれくらいしか思いつかなかった。それすら、ほんのわずかな可能性にかけるようなものだ。とにかく、どんな手段を使ったとしても、砂クジラを止めなければならない。
「シャンテ……仕方ないよ。こうなったら、沢山の人間の命と、魔獣一匹の命。比べるなら、俺たちは人間の命を選ぶしかない」
タケトは胸に抱くようにして支えているシャンテに、静かに言う。
そんな二者択一なんてしたくない。でも、今この瞬間に決断を求められている。なら、決めるしかない。
タケトの言葉に、シャンテも小さく頷く。
「うん。わかった……」
シャンテがそう言うのを確認して、タケトは併走するカロンに叫ぶ。
「砂クジラの前に回り込む! お前らは危ないから、離れててくれ!」
カロンの方からは「わかった」という声が飛んできた。もはや、お互いの姿が見えないほどに雨が強い。
と、砂クジラがその巨大な尻尾を少し上げ、地面を叩いた。少しといってもこの巨体だ、数階建ての高さくらいはある。その高さから尻尾が落ちてきて地面に貯まった水ごと叩いたため、大きな振動と波が起きる。その波に足を取られてウルが体勢を崩し、横倒しになりそうになってよろめいた。
ウルの身体が斜めになったことで、上に乗っていたタケト達の身体も強く振られ
る。
「きゃっ……」
身体の軽いシャンテがウルの背中から落ちそうになったので、タケトは彼女が落ちないように彼女の腕を掴んで引っ張りあげようとした。自然、タケトは反対側に体重をかけることになる。
そこにウルが足を踏ん張って体勢をかえたため、今度はタケトの身体が外方向に大きく振られた。シャンテはなんとかもう一方の手でウルの毛を掴んで耐えたが、タケトは元々無理な態勢で姿勢を保っていたところに反動がきたため、振られた拍子にウルの背から投げ出された。
「わっ……!!!」
「タケト……!」
シャンテの手を掴んだままだと彼女まで巻き添えにしてしまう。タケトは咄嗟に手を離した。そして、濁流のようになった地面へと背中からジャポンと音を立てて落ちた。その水の中で流されそうになりながらも何とか身体を反転させる。幸い、まだ辛うじてタケトの足がつく水かさだったので、プハっと顔をあげることができた。
「シャンテ! いけ! 俺に構わず! 俺は自分でなんとかするから!」
そう、走り去っていくウルに向かって叫んだ。一瞬、小さくなっていくシャンテがこちらを向いて頷いたような気がした。
(どうか、止めてくれ!)
もはや、シャンテとウルに託すしかない。オアシスの人たちの命運は彼らにかかっていた。
ウルの姿が小さくなり、砂クジラの不気味な巨体が横を通り過ぎて行く。しかしその巨体が去った余波が津波のように大きな波となってタケトの身体に容赦なくぶち当たる。
「……っ、うわっ……」
雨が降り続けているせいで水かさは増し、すぐにタケトの背でも足が地面に付かなくなる。
(え……これ、どうしよう……溺れる……)
泳ごうとするが、押し寄せる濁流でそれもできない。上手くカロンたちが自分を見つけてくれればいいけれど、この水かさではこちらに近づくこともできないだろう。ふと、タケトは思い出す。
昔、テレビか何かで見たことがあった。砂漠で最も人を殺すのは、乾燥でも熱波でもなく水なのだと。雨期におこる洪水が砂漠に住む人々の一番の脅威なのだと、そう言っていた。
いっきに雨が降ると、砂の地面が水を吸い込む速度よりも速く水がたまることがある。そうなると、そのたまった水は砂地の上を滑って流れだし洪水となる。それを身をもって経験することになるとは思わなかった。
(やば……息が出来ない……)
水に押し流されたタケトは息をするために浮き上がろうとするものの、砂クジラが起こした波が次から次へと押し寄せてきて顔を水面の上に出せない。水を飲んでしまい、咳き込もうとするが、それすらできず大量の水に翻弄される。
(くるしい……。助けて……! 助けてくれ……!!!)
意識が遠くなりはじめた。これはヤバイかもしれない。もう、どれほど流されたのかわからなくなっていた。
ふっと遠のきかけたタケトの意識に、ふいに明らかに自分のものではない別の意識が差し込まれる。
『なんでお前はそんなに溺れるんだ』
どこかで聞いたことのある、くぐもった声だった。呆れたように冷たく聞こえたその声に、タケトは溺れながらも小さく笑った。まさか来てくれるとは思わなかった。
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