第21話 異世界創生録


 思ったより酔わなかった儂は、自室に戻って早速読書に入った。

 図書館で借りた、分厚い本だ。

《世界創生録》。

 タイトル的に胡散臭さが溢れているが、地球の知識で凝り固まっている儂の脳を溶かすには十分じゃろう。

 儂は首にかけている、赤い宝石が埋め込まれたネックレス状の魔道具である《収納空間インベントリルーム》の前に手を添え、世界創生録を思い浮かべる。

 すると赤い光を放って、宝石から本が飛び出してきた。

 ほほぅ、本当に本が出てきた!

 便利なものじゃなぁ、魔道具。

 儂みたいに魔法が使えない人間でも、このような便利な物が使えるんだ。文明は地球より遅れているようじゃが、別のベクトルで文明が発達しているのが面白い。


 さて、早速読んでみようではないか。

 表紙をめくる。


「うっ」


 思わず声を出してしまった。

 この世界の文字、句読点が存在していないのが文章全体を見てわかった。

 言ってしまえば平仮名と数字を改行するまで繋げて文章を構成しているようだった。

 非常に読みにくい。

 まだメモを見ながらでしか文章が読めない儂にとって、これは苦行の他ならない。

 まぁそれでも読むのだがな。


 







 結局、読みきった時には日が明るくなっていた。

 正直言って目がしょぼしょぼしているし、眠くて仕方なかった。

 しかし、何となくだがこの世界の状況とか、魔法やスキルの仕組み等がわかった。

 それと日本語がどれ程偉大な言語だったのかも、異世界に来て初めて実感できた。

 漢字、平仮名、カタカナで文章にメリハリが付いている事がこんなに素晴らしいとは、本気で思わなかった。


 さて、まずこの世界が出来上がった経緯が本の半分にわたり書かれていたので、噛み砕いて紹介しよう。

 ほぼ神話に近いのだが、本を全て読んでみると意外と事実なのではないかという印象を抱いてしまう内容であった。


 まず、この世界は《神界しんかい》と呼ばれる世界に住んでいる六柱の神によって創造されたそうだ。

 火の神である《ヴォーテクス》、水の神の《ヴィーナス》、地の神である《ランドロゥス》、風と雷の二つを司る神は一つの肉体に二つの頭がある《ジャークラント》。こやつらは人格は二つ分あるが一柱として考えられている。

 そして光の神である《セイント》に闇の神の《ダークネス》。

 彼等はそれぞれの力でこの《ルクレシア》と呼ばれる異世界を創造した。

 その副産物として、様々な生物や植物が生まれたのだが、ここでイレギュラーが発生したのだという。

 神が使う力は《神力しんりょく》と言うのだが、創造したばかりの《ルクレシア》にはそれが満ちていた。これらは生物や植物にとっては猛毒で数を減らしていってしまった。

 そこで神は神力を薄めた《魔力》を産み出したのだが、そこでもイレギュラーが発生した。

 魔力が突如意思を持ち、神達が予想もしなかった生物を産み出した。それが人間や亜人だと言われている。

 実際魔法を使えるのは人間や獣人等の亜人だけであり、魔物等は魔法というよりスキルに近い物を使うのだとか。


 世界に魔力を与えた事によって突然生まれてしまった生命体、人間。

 彼等は唯一魔力を自在に操り、体内で魔力を生成できる生物。

 人間や亜人は魔力に精神を乗せる事により、何と神界へ侵入する事に成功してしまった。

 そして人間達は精神を通じて神と対話に成功する事により、彼等の力を借りる事にも成功。彼等の力の一部を借りる事で魔法を放てるようになった。

 簡単そうに語っているが、やはり神の逆鱗に触れたようで、交渉が成功するまでにたくさんの人間が死んでいったそうだ。

 人間は《魔法学》という学問を設立し、日夜魔法の研究をしているのだとか。

 魔力に精神を乗せ、神界を巡る事は非常に命懸けだが、成功すれば莫大な褒賞金が約束されている為、一攫千金を狙う学者が非常に多いらしい。


 次にスキル。

 ルクレシアの生物達には、アルカナという不思議な力が備わっていた。

 人間以外の生物は大気に溢れる魔力を使い、人間は体内で生成される魔力を使ってスキルを放つ事が出来るのだとか。

 まだ詳しい仕組みや発動条件等がわかっておらず、今一番熱い研究がされているものらしい。

 覚えるスキルは千差万別だが、人間以外の生物はアルカナ一つ目と二つ目にはその生物固有のスキルが必ず付与される。

 人間だけが完全にランダムで、そして稀にアルカナを宿さない人間がいる。

 蔑称の意味を込めて《アルカナゼロ》と呼ばれていて、彼等はどんなに頑張ってもアルカナの数字を上げる事は出来ない。

 スキルに関しては神の力を借りなくてもいいのだが、スキルにはレベルが存在している。

 レベルはスキルを使う事で上がっていき、最大レベルは5。

 スキル名を叫ぶ事でトリガーとなり、スキルを放つ事が出来るが、レベルを上げる事で無言で放つようになれるのだとか。

 このレベルの仕組みの不明なのだが、使用者はスキルのレベルが上がった事を実感でき、他者からは相手がどのように使用したかを観察しないとレベルがどれ位なのかがわからないとの事だ。

 成程、そこは相手のスキルレベル等は観察して読み合うという場面が生まれてくる訳か。


 最後に、ルクレシアは五つの大陸が存在している。

 今儂がいる場所は《モーリアス大陸》。常に温暖気候なんだとか。

 体感的に春じゃな。

 続いて大陸の七割が砂漠で覆われている所が《デルデロ大陸》。常に夏で深刻な水不足で悩まされている。

 観光名所が数多くある大陸として有名な《サザンガルド大陸》は秋。五大陸で一番死者が出る《ノースランド大陸》は冬で、頻繁に豪雪が降るのだ。

 そして最後の《ドゥーム大陸》は唯一四季が存在しているが、好戦的な種族が多く存在しているという。











「神の存在を確認した、か。地球のなんちゃら教とかがこの事実を知ったら、さぞ羨ましがるじゃろうな」


 やけにオカルティックな話になってきているが、事実魔法を詠唱する際に「○○の神の○○をお貸しください」と言っていた。

 魔力を持たない儂にはわからないのだろうが、この世界の人類は恐らく魔力に精神を乗せて、神の存在を感じる事が本能的に当たり前の動作となっているのだろうな。

 儂は無神教者というか、神に頼る事自体がナンセンスだと思っている為、全く興味がなかった。

 しかし魔法が学問になっているのは非常に興味深く、面白いと感じた。

 儂には使えないとしても、是非学んでみたいなと思った位だ。

 文字は非常に読みにくかったが、なかなか楽しく読ませてもらった。

 これはこの本を教えてくれたあの女性に、しっかりと報酬を払わなければバチが当たってしまうの。


「さて、流石に眠くなってきたな。儂はとりあえず日が落ちるまで眠るとしようか」


 凝り固まった首を回して、ベッドにダイブしようとした瞬間だった。

 儂の部屋の扉をノックする音が聞こえた。

 ……今寝ようとしたのだが。

 しかし出ないという訳にもいかぬな。

 眠気で気だるい身体に鞭を打って、扉を開いた。


「おはよ、リューゲンさん! って、酷い顔してるね」


 目の前にいたのはサラだった。

 酷い顔、か。

 まぁ酒を嗜んだ後に寝ずに徹夜で読書をしていたんじゃ、そのように言われても仕方無いな。

 儂はそのままどう過ごしていたかをサラに伝えると、「それは辛いなぁ」と苦笑していた。


「じゃあ寝た方がいいよね。また今度にするよ」


「いやいや、どういう用件だったんじゃ?」


「あ、いや、ね。大した用事じゃないんだけど、もし大丈夫だったら朝御飯一緒にどうかなって思って」


「朝食とな? 確かに腹が減っているから是非ご一緒になるかの」


「やった! じゃあ美味しいパン屋さんが朝からやってるから、そこで食べよっ! 助けてもらったお礼もしたいから、私の奢りで!」


「いやいや、昨日のボアサンドでお礼は間に合っておるよ?」


「私の気が済まないの! だから、これも私からのお願いだと思って、ね?」


「……ふむぅ」


 お願いか。

 そう言われてしまうと断れない。

 眠くて仕方無いのだが、この数年朝食をパンで済ませるといった洒落た朝を過ごしていない。

 それにこの異世界のパンも非常に気になる。


「では、せっかくサラからお誘いを頂いたんじゃ、宜しくお願いする」


「ありがと、リューゲンさん!」


「しかし仕事は大丈夫なのかえ?」


「今日のお仕事はちょっと遅めで大丈夫だから、朝食をお誘いしたんだ!」


「成程。貴重な時間を使って儂を誘ってくれて有難う」


「何でリューゲンさんがお礼言うのかなぁ。私の方がありがとうなのに!」


「ふふ、若い女性からお誘い受けたのなんて、久方振りじゃしな」


「ただでさえ喋り方がおじいちゃんなのに、その言い方は本当におじいちゃんみたいで可笑しい」


 くつくつと笑うサラ。

 まぁ今見た目若くても、中身は七十のジジイだからの。

 そこがまだ慣れなくて未だに自分を老人扱いしてしまう。いや、多分これからも慣れん気がするの。


「じゃあ早速行こっ!」

 

 サラが儂の手を取って引っ張ってくる。

 おおう、異世界の女性はなかなかに積極的じゃな。

 儂もそれなりに人生経験があるからこの程度でドギマギする事はないのだが、やはり悪い気がしないし「儂は異世界でもいけるのだな」と自惚れに近い感情も沸き上がってくる。


「ほら、急かすでない。でないと転ぶぞ?」


「何か孫みたいな扱いなんだけど!?」


「なら落ち着かないと、いつまで経っても孫扱いじゃぞ?」


「それはやだぁ~」


 儂はサラに手を引かれる形で宿屋を出た。

 一階で朝食を食べていた宿泊客である男達からの羨望の眼差しを身に浴びつつ、儂はどれ程旨いパンなのかが楽しみで仕方なかった。

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