第20話 宴会
現在、儂とグライブ達が泊まっている《宿屋・風見鶏》は、宴会状態となっていた。
どうやら儂が倒したあの男、アルカナが三つある事をいい事に相当ブイブイ言わせていたらしい。
さらに、このイデュリアにはアルカナを三つ持っている人間は誰もおらず、攻撃スキルに対する対抗手段を持ち合わせていなかったのだとか。
あの兵士達(実際は町を取り締まる権限を持ち合わせた自警団らしい)もよくてアルカナ二つ。それでも立ち向かったら殺されはしないものの、大怪我を負わされて返り討ちにあってしまうのだとか。
儂の感想としては、別にアルカナの数で勝負が決まる訳ではないから、そこまで怯えなくてもいいのではなかろうか。
そんな訳で、町は歓喜に溢れてこの宿屋に様々な人が集まってきている。
もうすでに席は空いていないが、立ち食い立ち飲みをして肩を組み合って楽しんでいた。
そして功労者である儂は、店主の計らいでタダで食事を頂いている。
「あの時あいつに服をめくられていた娘は、俺の親友の忘れ形見でな……。立ち向かいたかったが、情けない事に足がすくんで動けなかったんだ」
店主は儂に食事を運んできてくれた際に、悔しそうに言っていた。
別に儂は店主を笑いはしないし馬鹿にもしない。
ああいう力を振りかざした人種に立ち向かえるのは、同等に力に自信がある人種のみ。
だから、戦う力や技術を持っていない店主が立ち向かったら、それは自殺行為に等しい。故に儂は彼を笑う事は出来なかったし、正しい判断だっただろうと思う。
「大丈夫じゃ、店主。その娘も助けて欲しいとは思っていただろうが、きっとお主が自分を庇って大怪我をしてしまう方がきっと心が傷付いていたと思うぞ」
「そう、かな」
「さぁ、儂は本人ではないから憶測じゃがな。じゃがそう思った方が、お主の心の重荷は減るじゃろう?」
「……ああ、確かに」
「ならそれでええ。どうしても許せないのであれば、納得が行くまで本人と向き合って話すがええ」
「そうだな、ありがとうな。若いのに達観してるな!」
「まあの」
七十年生きているからの。
それなりに人生の先輩ではある。
すると、店主と入れ替わる形で、その娘が儂に近付いて来た。
「ありがとう、貴方のおかげで助かった!」
「すまぬの、儂も助けが遅れてしまった」
「そんな事ない! その……すごく格好良かったよ!」
「ふふ、ありがとう」
格好良い、か。
ただ儂は奴と戦ってみたかっただけなのじゃがな。
純粋な礼を言われると、少し複雑な気分になってしまう。
しかし、ニカッと笑う彼女の笑顔を見れたから、よしとしようかの。
「これ、私のお礼! 私が作ったんだよ、是非食べてよ!」
「ほう、お主の手作りか! ふむふむ、何かの肉をパンで挟んでおるな」
「《タックルボア》の中で一番美味しいモモ肉を、
この世界は、レタスの事をレチスというらしい。
しかし、肉が非常に空腹を誘う香りを放っている。
何かしらのタレに付けられているようじゃから、すぐにかぶり付きたくなる程の素晴らしい香りじゃ。
儂は「いただきます」と言ってからかぶり付いた。
……おお。
タックルボアのモモ肉も美味じゃが、このタレが肉の旨味に甘味が加わっていて口の中が幸せじゃった。
味付けは濃いが、レタスがいい塩梅で薄めてくれているから、年寄りの儂にも優しい味だ。
おっと、儂は今若いんだったな。
「お客さん、どう? 美味しい?」
「うむ、美味じゃ。嵌まりそうな位、気に入った!」
「そっか、よかった」
うむ、それにこの娘の笑顔も素敵じゃ。
うんうん、女性はやっぱり悲しい顔より、笑顔が一番じゃ。
「おかわりあったら言ってね! 今日は本当にありがとう!」
「ああ、今日はやけに空腹じゃからたくさん頼むと思うぞ」
「まかせて! そうだ、お客さんのお名前は?」
「儂はリューゲン・サイトーと言う。暫くこの宿で世話になると思う」
「本当? じゃあ頑張るね!」
何を頑張るんじゃろうか?
儂が座っている席から離れた時、小さな声で「やった」と言っていた。
何が「やった」なのじゃろう。
次にやって来たのはグライブ。相当酒を飲んでいるようで、顔を真っ赤にして肩を組んできた。
「あぁぁぁっ!! それ、サラちゃんの裏メニューじゃないか! 羨ましいぜ」
酒臭い。
「よう、グライブ。それで、サラとは?」
「あの娘だよ、あの娘!」
「ああ。彼女はサラと言うのか。そういえば名前は聞いていなかった」
「しっかし、いいなぁ。サラちゃんの裏メニューって、相当気に入った客にしか出さないんだ」
「成程、ならばこれは相当レアな料理という事じゃな」
「そうだよ! なぁ、一口くれよ」
「やる訳なかろう? 今日はこの料理を独占じゃ」
しかも滅多に出ない料理であるならば尚更渡せぬ!
日本人はレアという言葉に滅法弱いんじゃよ。
儂は気にせず料理を食べていると、グライブが「くそぅ」と嘆いていた。
ふふん、残念じゃったな。
酒は程々に楽しんで料理を堪能していた。
宿屋の賑わいは収まらない。
むしろさらに加熱しているんじゃないだろうか?
「あはは、皆いつも以上に騒いでるねぇ」
「うむ。儂は最近まで山に引きこもっていたのじゃがな、皆で騒いで飲み食いするのも悪くないと思う」
空いた皿を片付けに来たサラが、ちょっと呆れたような素振りで言った。
本当、道場を一番弟子に譲ってから儂は積極的に人と関わるのを止めていたからな。このように皆で食事を楽しむ事自体数年振りだった。
やはり一人でいるより、誰かと料理を共有するという事は重要なのだろうと改めて再認識した。
「でもリューゲンさんって、本当にアルカナゼロなんだね」
「そうじゃよ。スキルなんて大それたもの、使った事もない」
「それであの強さ、リューゲンさんって凄いね!」
「まぁ儂の場合、ひたすら技や技術、身体能力を鍛え抜いたからの。スキルや魔法なんてなくても余裕で戦えるぞい」
儂の言葉を聞いた瞬間、今までの喧騒が嘘だったかのように静まり返った。
そして儂の言葉に耳を傾けている。
儂は気にせず語り続ける。
「儂は世捨て人故、最近までスキルも魔法も知らなかった。そんな無知の状態で戦った感想じゃがな、皆スキルに振り回されている」
「振り回されている?」
「そうじゃ。ただスキルを使って得物を振っているだけ。そんなの技術を磨いている武芸者なら、あくびをしてても容易く避けられる」
そう、これが異世界で感じた感想だった。
恐らく魔法やスキルがあまりにも便利すぎて、技術を疎かにし過ぎた結果なのではないだろうか。
故にスキルを使えば勝てる、スキルの数が多いから勝てないという、変な固定概念が定着してしまっているように思える。
「戦いにおいて決定的な勝敗とは、武器の質でもスキルの強さや数ではない。どんな所に行ってもやはり、技術が最重要となってくる」
《裏武闘》では皆研鑽を怠らず、自らの腕に自信を持っていた。
負けて死んだという事は、相手の方が技術が上であったという証明にもなっている。
儂も何度も何度も怪我をして、戦いの中で必死に相手を葬る術を探り、今日まで生きる事が出来た。
これは経験も大事だが、己が信じた技術が戦いの中でしっかりと活きたという証拠なのだ。
だから儂は、自身が最強と思う流派、《天地牙流格闘術》を作り上げる事が出来た。
故にただスキルに振り回されているだけの輩に、儂は余裕で勝てる訳じゃ。
「せっかく皆はスキルという素晴らしい力を持っているのに、残念ながら活かし切れていない。非常に勿体無いと思っている。じゃから儂は、本物の技術を持っていて、スキルと魔法に振り回されていない《真の強者》と戦う為に旅をしている」
そう、地球では味わえない強者と戦って、勝つ為に。
「リューゲンさん、そんな事して、何の為になるの?」
サラが辛そうな表情で儂を見てくる。
その表情、きっと何かあったのだろうか?
「そんなの、決まっておる」
「決まってるの?」
「ああ。男はの、誰しも強さに憧れてしまうもんなんじゃ。儂はそれが極まってしまっていてな、より上へ、上へと果てしなく遠い空に天を伸ばし、その先にいる神を掴もうとしている愚か者じゃ」
儂は愚か者。
何故なら、天の先に神なんていないのだから。
強さを求めても頂点なんて存在しない。
そんな事はわかっている。
わかっているのだが、儂は求めずにいられない。
「その神様を、掴めるの? リューゲンさんは」
「いいや、多分掴めぬだろうな。じゃが、少しでも近付きたい。誰よりも近付きたい。そう思っている」
「……変わってるね、リューゲンさん」
「本音かの?」
「…………本音を言うと、とても危険な人だなって思った」
「危険か。確かにそうかもしれぬ」
「うん。自分の身体が傷付く事を怖く思ってないんだもん」
成程。
確かに怖いと思っていない。
いや、正確に言えばすでに怖いと思っていた自分を乗り越えてしまった、と言うのが正しいだろうか。
常識的に見たら儂は、確かに危険な思想の持ち主だろうな。
引かれても仕方無いと思ったが、サラは意外な言葉を言ってきた。
「でもね」
「うん?」
「それで救われる人がいるんだから、誇りに思ってもいいと思うよ! 私も救われたし!」
元気一杯の笑顔を、サラは儂にくれた。
ふふ、毒気を抜かれた気がする。
「そうかそうか。嫌われなくてよかったよ。ボアサンドがもう食べられないと思ったら、悲しい気持ちになった」
「えっ、そっちぃ!?」
「ははは、食い意地張っているのでな」
「もう、絶対頑張るから!」
何を頑張るんだろう。
ぱたぱたとサラが厨房に戻ると、客達に囲まれた。
彼らも何だかんだで強さに憧れているようで、あれやこれや質問攻めになった。
鬱陶しい事この上ないのだが、陽気な酒のせいだろうか、儂も気分がよくなって柄にもなく指導をしてしまった。
専門的な事は教えていないが、構えとか戦う際の心構えとか、酒を飲みつつ楽しく講座をしてしまった。
ああ、やっぱり一人より大勢で騒いだ方が楽しいな。
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