【AC1205】ご親族と顔合わせ

 テキエリス家、ベスの部屋の朝。

「うーん」

 てばやく着替えていたテオは、背後から聞こえる恋人の声にふり向いた。「……朝だわ……」

「まだ早いですよ」テオは笑って、姫ぎみの額にキスを落としてやった。

学舎アカデミーの仕事は昼からでしょ? 俺は先に行くけど、のんびりしててください」

 友人から恋人同士となって数か月。そして二週間ほど前から彼女の家に通うようになった。豪奢な邸宅と使用人たちにも、兄ロギオンとふたりの朝食にも慣れてきたところだ。

 なのでそう言ったのだが、ベスは自分に言い聞かせるように「いえ、もう起きないと」とつぶやいた。眠そうにもぞもぞと身じろぎしているのが愛らしい。「今朝は、そういうわけにはいかないんです」

「そうなんですか?」

 テオは片方の眉をあげた。早番なのかな、というのんきな推測は、すぐにひっくり返されることになる。


 いつもの小広間に下りていったふたりを出迎えたのは、二十名は下らないかというベスの親族たちの顔だった。

「やれ、ようやく婿殿のお顔を拝見できましたわい」

「まああ、こんなにお背が高くて。男前ねえ」

 わらわらと湧いて出た親族たちに、テオは驚いて口をあんぐり開けたままだ。いったい、なんなんだ、これは? 

「今日で、貴殿が当家に通われて十二日目となる」

 広間に待ちかまえていたロギオンが、おごそかに言った。

「へ?」

「それが、婚姻の成立する条件となる。祝いの場を設けるため、東部から親類を招いた。今朝はゆっくりしていかれよ、テオ殿」

 そういえば、それくらいの日数か。それに、貴族たちの婚姻が通い婚であることも知識としては知っていた。だが、その両者がすぐには結びつかない。

 ……婚姻? 俺とベスが?

「長い道のりだった……この日をどれほど待ちわびたことか……」ロギオンの目がウサギのように赤らんでいる。

「わあっ」テオは取り乱した。「泣かないで下さいよ、閣下」

「わが妹に、このような晴れがましい席を用意できようとは。心から感謝する、テオバール殿」

 そう言われては、婚姻の儀など想定していなかったとは言いだしづらい。もちろん、彼女との結婚がイヤだなどというつもりはないが……。

「リュリュンの大伯父さま。テフンの叔母さまも。よく来てくださいました」

 ベスはもちろん、このことを知っていたのだろう。にこやかに親族たちにあいさつしている。やがて全員が朝食の場にうつり、和気あいあいとした歓談がくりひろげられた。

 テオはどうにも落ちつかない。婚姻ということもそうだが、親戚たちの誰ひとりとして、テオの出自を問題視していないようなのだ。

「その……俺がハートレスだってことは……」

 ついに、誰にともなくそう尋ねた。隣にいた細身の紳士がにこやかに腕をひろげた。「おお、この慶事に、さようなことが問題になろうか?」

 聞くと、東部にある本家から来たという、ベスの母方の大伯父らしい。「かわいいベスに、伴侶ができたということがなにより大切なのだ」

「お二人の父上なんて、最初は言葉も通じませんでしたものねぇ」

 左隣のふくよかな女性も賛同の意を示した。「親交を深めるにも、はりあいがございました」

 そ、そんな程度ですませていいのか。大貴族の結婚を。

 救いをもとめてベスを見るが、はにかんだ幸福そうな笑顔が返ってきただけだった。戦場から生きて帰ってきてよかったと心底思える笑顔だ。

「『つねに停滞ではなく変化を選べ。勇気をもって多様であれ』が、当家の家訓モットーだよ」と、紳士が告げた。

「勇気ですか」テオは驚きながらも、この一部始終を楽しみはじめている自分に気がついた。貴族のことはわからない。だが、勇気のことならよく知っていた。それはハートレスたちにとってもっともなじみ深い美徳であるから。

「ふむ、貴殿も家風を感じとられたか」男性はグラスをかかげ、茶目っけのあるほほえみを浮かべた。「テキエリス家へようこそ、婿どの。われわれはつねに変化を歓迎する」

 そのようにして、テオはテキエリス家に受け入れられたのだった。

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