ショートストーリー3

エサルの陰謀とリアナの下着 ①

第一部~第二部の間あたりの話です。冬至節より前。


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 明るく、にぎやかな冬の夜だった。

 デイミオンは城内の回廊を、自室に向かって歩いているところ。竜騎手団の制服である紺色の長衣ルクヴァの上に、騎竜用のケープを羽織った姿だ。


 数日後にひかえた冬至節の祭のため、掬星きくせい城の準備が大詰めを迎えている。脚立にかけた使用人たちが柱の間を飾りつけている。常緑を矢の形にあつらえた縁起物や、きらきらした金の飾り。夏の宴が恋人たちのものであるなら、冬至節の祭は家族と子どもたちの催しだ。まだ小さい甥たちのことを思いだし、遊びにこさせてもいいかなと思う。


 城内にあたえられた王太子用の自室。その扉の手前で、デイミオンは皮肉げに口角をあげた。

「王太子か」


 そんなつぶやきが漏れるのは、『本来なら自分が王であるべき』という思いのせいだった。秋にやってきたばかりの新しい王は、まだ夏の節も迎えていないほんの小娘だ。名前を、リアナ・ゼンデンという。

 対する自分は、彼女から〈血の呼ばい〉を受ける王太子。人間の国家における王家のようなものは、竜の国には存在しない。竜騎手を輩出する十の家柄から、この〈血の呼ばい〉によって選ばれている。なにしろ次の王は竜祖の御心しだいということで、後継者の問題が起きにくい利点はあるが、王の権威が安定しないという問題点もある。


「まあいい。あいつが退位すれば俺が王になるんだからな、ははは」

 歴代の竜王には男女が混じるが、結婚や妊娠で退位した女王もいる。リアナも、そうなるかも。


 実のところ、そういう打診もあるのだった。


 まさに今日の昼のこと。五公会のあと、南部領主のエサルがそっと耳打ちしてきたのだ。『リアナ陛下に関するちょっとした提案だ。貴公にも悪い話ではない』と。


 おそらく、南部にわんさといる青年貴族のだれかを、リアナの夫として据えたいのだろう。南部は女王とのつながりが確保できるし、出産などを機に退位すれば、デイミオンが次の王となる。おたがいの利益のために、考えてみてもよい話だ。


 ――もちろん、あのじゃじゃ馬が承知すればの話だろうがな。


 エサルは、『話の続きは、ぜひ貴公の部屋で』と言ってきた。それほど、内密にしたい話なのだろう。時刻はそろそろ夜にさしかかり、悪だくみをするにもよい時間帯だった。ふむ。


「酒でも用意するか? ……いや、エサル公はたしか下戸げこだったか」

 あとで菓子と茶を届けさせよう、そう考えながら、扉をあける。

 デイミオン・エクハリトスは独身であるから、室内は当然、無人のはずだった。だが、その部屋から謎の声がした。


「お帰り」


「わっ」デイミオンは恐怖の声をあげた。


 深夜、独身男の部屋から女性の声。かれが恐怖に駆られるのも無理はないだろう。身長6フィート4インチの大男ではあるが、デイミオンは女性に対していくらか苦手意識があった。故郷の女性たちはに積極的で、すぐれた雄アルファメイルであるデイミオンの子種を得ようとあの手この手で押しかけてくるのである。


 あのおそろしい女性神官たちだったらと背中を冷たい汗が流れたが、声の主は一人きりのようだった。応接間の、かれが事務用に使っている机の椅子にちょこんと腰かけ、かわいらしく小首をかしげている。


「ずいぶん遅いじゃない? こんな時間まで、なにをしてたの、デイミオン?」

 侵入者――竜王リアナ・ゼンデンは詰問きつもんした。「部屋のなかも寒いし、すっかり冷たくなっちゃった」


「なんで、おまえが俺の部屋にいるんだ!!」デイミオンは悲鳴を上げた。


 デイミオンが驚いたのは、部屋にリアナがいることだけではなかった。リアナが着ているもの――あるいは、着ていないものと言うべきか――に目を奪われた。


 椅子から立ってかれの前にやってきたリアナは、なんというか、下着姿だったのである。

 いや、寝間着か? ……どちらでもいい。とにかく、一枚の、下が透けて見えそうなほど薄い夜着だ。新妻が夫を誘惑するために着るような。すくなくとも王たる女性が人前に見せられる姿ではない。


「なんて格好をしてるんだ!」

 デイミオンが叱責するが、リアナは怯えた様子もなく、「よく聞いてくれたわ」とうなずいた。


「話せば長くなるんだけどね」

「じゃあいい、やめろ、後で聞くからとりあえず出ていけ」

 その話とやらを聞いているうちに、エサルがやってきては困る。こんな格好では……まるで二人の間になにか、いかがわしい関係があるようではないか。デイミオンはぐいぐいとリアナを押して部屋から出そうとした。


 リアナは当然のように抵抗した。お気に入りの座椅子から動きたくない猫のように、デイミオンの服に爪を立ててはがされまいとする。


「じゃあ話は後でいいけど、この寝間着を見てなにか言うことはないの?」むやみに密着してきながら、リアナは訴えた。


「おまえの頭はおかしくなったのか?」彼女を引きはがしつつ、デイミオンは真顔で言った。


「……」

「……」

 二人は沈黙し、間近に見つめあった。



 デイミオンは、なるべくなら……その寝間着を見ないでおきたいと思った。淡いブルーの地に金色の刺繍が入った、ワンピース型のなかなかかわいい夜着だが、いかんせん布面積が少なすぎる。白くまろやかな肩も、すんなり伸びて形のいい脚もむきだしだ(かわいらしいスリッパつき)。おまけに、胸もとの重要な部分が透けに透けている。ふっくらと盛りあがった乳房と、バラ色をした突起……。


「とりあえずなにか着ろ! というか、それは脱げ!」

「えっ……」

「頬を赤らめるな! そういう意味じゃない!!」


 デイミオンは赤くなったり青くなったり忙しかった。こんなところ、エサルに見られでもしたら……


 その想像がいけなかったのか。

 コンコンと軽いノック音がして、デイミオンはすくみ上がった。

「失礼するぞ、黒竜大公」扉口からエサルの声がした。


「あら。誰?」と、リアナ。

「ああああ」

 デイミオンはパニックに陥った。リアナの肩をひっつかみ、クローゼットを開けてなかに押しこむ。


「と、とりあえずここに入ってろ」

 エサルに聞こえないよう、小声で告げた。「おまえがいることを、エサルに知られたらマズい」

「どうしてマズいの? エサルと密会なんて……どういうつもりなの?」

「それは後で説明するから」

「こんな狭いところやだ!」

「ひとの部屋に侵入しておいてわがままを言うな! すぐ済むから!」


 有無を言わさぬ声で命じると、少女をさらに奥に押しこめ、体重をかけて扉を閉じた。


「むぎゅ」という抗議の声が聞こえたが、デイミオンは心を鬼にして、聞こえなかったフリをつらぬいた。ふう。




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なんとなく続きます~

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