ぽんぽこタヌキのラブコメディ
こんぶ煮たらこ
第1話~はつこいのあじ さくらいろのこい~
「今日のお昼はなにかな~♪」
人生で最も幸せな瞬間とは何だろう。
美味しいものを食べている時?
アイドルのライブを観ている時?
それとも好きな人と一緒にいる時?
「あ、あのっ…!ジャパまんください………!」
彼女は多くを望まない。
この好きな人から一日の食べ物を貰う瞬間こそが彼女にとって最も幸せな時間なのである。
「わぁ……やった!今日もさくら味だ!!」
ツイている。今日も大好きな人から貰うジャパまんは大好きなさくら味だった。包み紙を開けた瞬間に広がる春の匂いと味は彼女の脳裏に深く刻まれた。
―――美味しい?彼が尋ねる。
「……うんっ!とっても美味しい!」
彼女は多くを望まない。
この初恋の行方がどうだとかそんな事は、今はどうでもいい。
ただあなたといられるこの空間が一分一秒でも長く続いてさえくれれば―――――。
第1話~はつこいのあじ さくらいろのこい~
◇
「はぁ……園長さん今日もカッコいいなぁ…」
木陰からひっそりと顔を覗かせながら少女は呟いた。視線の先には一人の男性がせっせと動物やフレンズの相手をしている。どうやらお昼ご飯の準備をしているようだった。
「うふふ……。園長さん、早く私にその愛の籠もったジャパまんを…」
「いやーん足挫いてうまくジャパまん食べられないなー。園長さんがあーんしてくれたら食べられそうなんだけどなー」チラッチラッ
「…ちょっとライチョウさん、そこをどいてもらえないかしら」
「やーんコモモさんこわーい!別に園長さんは皆のものなんだから私がどこにいようが私の勝手だと思うんだけど。ねぇえ、ん、ち、ょ、う、さん♪」
ライチョウのたわわに実ったジャパまんが二つ、園長と呼ばれた男性の腕にぼよんと押し付けられる。ぐぬぬ、と顔を歪ませるコモドドラゴンのコモモをよそに彼女の攻勢はなおも続いているようだった。
「いいなぁ……。私も園長さんからジャパまんもらいたい…」
ぐるるー、と少女のお腹が鳴る。それもそのはず、今日はずっとこの園長の動向を探るのに夢中で朝から何も口にしていない。一見すればストーカーのようにも見える彼女だがこれでもれっきとしたフレンズである。そして彼女が何のフレンズかというと…。
「タヌキー!そんな所で何をしているのだ?」
「ぽんぽこっ!?」
突然後ろから声を掛けられタヌキ、と呼ばれた少女は思わず素っ頓狂な叫び声を上げてしまった。
「な、なぁんだ…アライさんかぁ……。脅かさないでよ」
「?アライさんは別に脅かしてなんていないのだ。タヌキの方が勝手に驚いただけなのだ」
「まーまー。そりゃあ誰だって後ろから突然声を掛けられたら驚くって 」
タヌキの元にやって来たのはアライグマとフェネックだった。いつも一緒のなかよしコンビでふたりの親密さを知らない者はいない。いつも全力で明後日の方向へ突っ走るアライさんことアライグマと、そんな彼女の後をいつも楽しそうについて回るフェネック。そんな個性的なふたりだけに元々パークではそれなりに有名人だったのだが、先の騒動では園長と共にセルリアンの女王を倒したとしてその噂はまたたく間にパーク中に広まった。
「ふたりはいつも仲良しでいいね…。羨ましいな」
「ふっふっふーありがとう。そういうたぬぱんち君は今日も園長にゾッコンだねー」
「たぬっ!?!?」
またも素っ頓狂な声を上げるタヌキ。その顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく 。ショウジョウトキもびっくりの赤さである。
「いやー相変わらずたぬぽんはからかい甲斐があるなぁ」
「も、もうっ!やめてよフェネックちゃん」
「あ、園長さん」
「えっ!?」
「まぁウソなんだけどねー」
掴み所の無い彼女の発言はいつも本当か嘘か分からない。本人に悪気は無いのだろうが余りにもタヌキの反応が良かったのかすぐにいやーごめんごめんと謝った。すると今度はアライグマがあ、園長なのだ、とタヌキの後ろを指差す。しかしさすがのタヌキも二度同じ手に引っ掛かる程素直ではない。
「もぉ~アライさんまで私の事からかって…………えっええええええ園長さんっ!?」
そこには先程まで向こうにいたはずの園長が立っていた。一体いつからそこにいたのか、それより今の話は聞かれていないか。その手にはジャパまんの入った袋が握られている。
「あっ、あわわわわわたし……えと………」
鼓動が早くなる。
思わず気絶してしまいそうになるのを必死で堪え取り繕おうとするが、どうも先程から調子を狂わされ続けているせいでうまく話せない。
そうだ、こんな時二人だったら何とかしてくれるはず。彼女は咄嗟に助けを求めようと後ろを振り向いた。
「……ってあ、あれ!?ふたりは!?」
しかしどうした事だろう。気が付くとたった今の今まで一緒にいたアライグマとフェネックがいないではないか。まるで狐か狸、或いはその両方につままれたかのように二人は忽然と姿を消していたのだった。
「あっあの………えっと………うぅ」
言葉に詰まる。
二人の間に流れる沈黙がタヌキを急かす。今こそ日頃の会話シミュレーション(という名の妄想)を現実のものとする絶好の機会なのだが、そう簡単にできればこんな緊張もしない訳で…。
「~~~~~~~~///////」シュウウウウウゥ
許容値を超えたタヌキの頭から湯気が上がる。もはや顔の赤さはショウジョウトキのそれをはるかに越えていた。
そして更に追い打ちをかけるかのように
ぐるるー
お腹が鳴った。
「(い、いやあああぁぁぁもうやめてえええぇぇ……!!これ以上園長さんに恥ずかしい所見られたら………)」
しかしその音こそがこの事態を急転させる突破口となったのだった。
「えっ……?あ、ジャパまん……」
気が付くと彼は実に申し訳ないといった様子で手に持ってたジャパまんを差し出していた。渡すのが遅れて済まない、と。
「う、ううん……い、いいの。………あり、がとう」
思えば彼からジャパまんを貰わなくなって久しい。以前は普通に貰っていたのだが彼の事を意識するうちに段々と顔が合わせづらくなり次第に距離を置くようになってしまったのだ。
「わぁ…………あったかい」
園長の大きな手から渡される出来たてほやほやのジャパまん。今日一日何も口にしていないタヌキにとってこの温かさは緊張をほぐすのに十分だった。
そして包み紙を開いた瞬間タヌキの鼻腔を懐かしい春の匂いが掠めた。
「あれ……?これってもしかして………」
その刹那忘れかけていた記憶が滝のように流れ込む。止めどなく溢れる感情が、想いが、まるで行き場を無くした水にようにぐるぐると渦を巻いては溜まってゆく。
それは紛れもなく彼女の大好きなさくら味のジャパまんだった。
「えっ、えっ、どういう事………?」
動揺するタヌキとは裏腹にほっと安堵の表情を浮かべる園長。そう、彼はちゃんと覚えていたのだ。彼女がいつも美味しそうにこのジャパまんを食べるのを。しかしここ最近はめっきり姿を現さなくなったので渡そうにも渡せず困っていたらしい。
「そ、そんな私のためにどうして…………」
申し訳なさで頭がいっぱいになる。本当は毎日彼から受け取りたかった。何なら毎食でもいい。しかし彼女の乙女心がそれを許さなかったのだ。
「だ、だって………そんなにたくさん食べてるの見られたら食いしん坊だって思われるし………!」
彼は一瞬きょとん、とした表情を浮かべた後すぐにわっと笑い出した。
「えっ?えぇっ!?ど、どうしてそんなに笑うの……!?」
実に嫌味のないからっとした笑顔で彼はすぐに謝る。そんな顔を見せられては卑怯じゃないか、そう思いつつも乙女の悩みを一蹴された事にやはりどこか納得がいかない。
「もぉ……園長さんはデリカシー無さ過ぎるよ………!!」
本当は彼とこうやってまた話せる事が嬉しくて仕方が無いのに表向きでは精一杯怒っているように振る舞う。…もっとも振り切れんばかりに上下左右する尻尾を見ればそれがただのハッタリだという事が分かるのだが。
彼もさすがにばつが悪くなったのかついに観念したように白状した。
「…………え?い、いい今何て…………?」
もう一度聞き返す。
そんな筈はない。
今彼は何と言ったか。
彼の発した言葉を口にしようとするがうまく口が回らない。
「す、すすすすすすすすすすす………!!?!?」
嘘ではない。
夢でもない。
彼は今確かに言った。
何度も何度もその言葉を口にしようとするがどうしてもその先の一文字が出てこない。
「え、園長さんのばかーーーーーっ!!!!」
そしてとうとう確認する事無くタヌキは脱兎の如くその場から走り去ってしまった。ぽかん、と口を開けた園長一人を残して…。
「ははぁ~これは中々いい雰囲気だねー」
「フェネックー?どうしてアライさん達が園長から隠れないといけなのだー?アライさんもジャパまん食べたいのだ」
その様子をちゃっかり覗いていたのは先程行方をくらませたフェネックとアライグマだった。文句を言うアライグマを尻目にフェネックはある事を思いつく。
「アライさーん、ちょっと協力してほしい事があるんだけどー………」
そして時を同じくして…。
「あら……。園長さんが急にいなくなってしまったからどこへ消えたのかと思ったら……」
「わあ……。すごい所見ちゃいましたね~」
「……ライチョウさん。もしよろしければちょっと私と手を組みませんか?」
「一時休戦って事ですか?……まぁ、いいですよっ♪」
―――今、パークで新たな戦いの幕が切って落とされる。
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