三稿

 花柄のレースをあしらった濡れるスカートのはしを押さえるようにして、女は淡い桃色のワンピースで地下鉄の駅から続く階段を登っていく。


 痛む頭に可憐という言葉が浮かんで、先を歩く後ろ姿が気になった。


 惚れっぽいか、手痛い裏切りで別れを告げられたばかりで。


 湿った階段を踏む足が重いのは、飲めない酒で優しかった想い出を吐き出したからだけでもない。


 折り曲げたズボンの裾先をかすめるように巻き上がった突風が女が開いていた真っ赤なパラソルの骨組みを裏返すと目に白いものが飛び込んで、咄嗟に顔を背けた。


 昨夜まで肌着に白を好む女は疑わなかった。心の片隅に結婚を考えた。


 裏返ったパラソルを両手で握りしめている濡れた横顔を見上げていた。


 一目見た顔に心がもう、揺らされる。



 美というものはそれだけで罪。

 罰は与えられないか、それだけ思う。


 パラソルを片手で握り、濡れながら女は走り出した。


 見つめていた横顔が消えた。



 出口でかざし開いた折畳みから落ちいくものに、頰は濡れる。

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濡れる 冠梨惟人 @kannasiyuito

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