新天地~寿命を延ばす方法①

「シャル!?」

「シャルロッテ!?」

「愛し子!?」


……え?

皆の声でふと我に返った。


私は一体何をして………って。え?


気付いた時には、カトリーナの口の中に一升瓶が突っ込こまれていた。

……勿論、犯人は私である。


口の中に一升瓶を突っ込まれたカトリーナは、必死にその中身を飲み込んでいる最中だった。

慌てて一升瓶を外したものの、カトリーナの焦点は既に明後日の方向を向いてしまっている。


……やってしまった。


「きゅう……」

カトリーナは真っ赤な顔で床に倒れ込んだ。


「「カ、カトリーナ様!?」」

慌てて駆け寄ったラーゴさん達は、カトリーナを抱き起こしながら、必死に呼び掛けている。



「ええと………………てへっ?」

新作のお酒は美味しいよ!? 


笑って誤魔化そうとすると、怖い顔の金糸雀がズイッと詰め寄って来た。


「可愛い顔したって、誤魔化されないわよ!?」

緊急時とはいえ、やりすぎてしまったわけである。


――さて。

良い子の皆さん。並びに、大人の皆さんも絶対に、ぜーーーったいに!私の真似をしないように!!

アルコールの強要は犯罪ですからね!!?

女神様だから大丈夫だったけど、一般の人は急性アルコール中毒で、普通に死んじゃうからね!?


「女神が相手でも駄目に決まっているでしょう!?全くもう!!貴方って子は……!もっときちんと考えて行動しなさいよ!!」

「すみませんでした!無我夢中でした!」

悪いことをした自覚はあるので、言い訳は最小限に留めておく。


「そこを直しなさいって言ってるのよ!?貴方の頭の中に詰まっているのはお酒の事だけなの!?」

金糸雀の説教にはぐうの音も出ない。


「ま、まあ。金糸雀、少し落ち着いて。カトリーナ様の暴走は止められたんだから、結果オーライということで……ね?」

今にも私の眉間をくちばしで連打しそうな勢いの金糸雀を、彼方がどうにか宥めようとしてくれているが、金糸雀は激おこ中である。


「彼方はシャルロッテに甘いのよ!極甘よ!?」

「……ええと、それは……あはは?」

「貴方も笑って誤魔化すんじゃないの!大事に至らなかったから良かったものの、神殺しは大罪だってことは、重々理解しているわよね!?」


……これはもう彼方様々である。

アルコール中毒になりかけたカトリーナを中和してくれたのは、彼方に他ならないのだから。


「……咄嗟の事とはいえ、大変申し訳ありませんでした」

「ごめんねぇ?」

反省する為に自主的に正座をした私の横に、カシスがちょこんと正座をした。


ああ、うちの子可愛い。

カシスたん……はあはあ………って、すみません!

心から反省しています!!だから突かないで!?


因みに、カトリーナはソファーに寝かされている。

ラーゴさん達は心配そうな表情で様子を見守っているところだ。


「…………んっ」


――少しして、気を失っていたカトリーナが小さく身動ぎをした。


「私は……一体……」

額を押さえながら、ゆっくりと起き上がったカトリーナは、ラーゴさんを見つけた途端に唇を噛み締めながら俯いた。


「……ああ、失敗したのね」

私が荒療治(?)する前の記憶は、カトリーナの中にしっかり残っていたようだ。


もし、カトリーナがまた同じことをしようとしたら、次はどうすれば良いのだろうか……。

先程のカシスと私の行動は、誰も予想出来ない事だったからトリーナの暴走を止める事が出来たのだ。

不意を付かない限り、女神の暴走を何度も食い止める事なんて、チートな私でも無理がある。


「……でも!今度は上手くやるわ!……いいえ、例え失敗しても成功するまでやる。だから!安心して!?」

そう言いながら顔を上げたカトリーナの顔は、先程まで漂っていた悲壮感が嘘のように消え失せ――何故か薄気味悪いほどの笑みを浮かべていた。


「……っ」

全身をゾクリとした寒気が駆け抜けた。


思わず自分の身体を抱き締めると、

「…………みたい」

黙ってカトリーナを見つめていた彼方が小さく呟いた。

それは聞き取りにくいほどに小さな声だった。

だが、不思議なことに私の耳にはしっかりと届いていた。


彼方は、カトリーナを見つめながら――

『お母さんみたい』と呟いたのだ。


「彼方!」

彼方の呟きを理解したのと同時に、私の身体は勝手に動いていた。

気付けば、彼方を思い切り抱き締めていた。


彼方は、自分の母親の心が壊れていく一部始終を見てしまった子だ。

過去は、現世では既に存在しない過去になっている。――彼方がそう望んだから。

だけど、彼方の中には今も尚消えることなく残っているはずだ。

今の、決してまともではない、狂気じみているカトリーナの姿を彼方には見せ続けることは出来なかった。

この世界に召喚されるまでに、散々辛い目に遭ってきた彼方をこれ以上苦しめたくないから。


……いざとなったら、殴ってでもカトリーナを正気に戻してみせる!


「カトリー…………へ?」

意を決して、カトリーナに呼び掛けたと同時に、『バチン』という乾いた音が部屋に響いた。


私は目の前で起こっている出来事に、パチパチと何度も瞳を瞬かせた。


カトリーナは、呆然としながら片頬を抑えている。

赤くなった頬。――その頬は眷属であるラーゴさんが、カトリーナの頬を叩いた跡だった。


「……ラーゴ……?」

「カトリーナ様。もう、止めて下さい」

ギュッとキツく手を握り締めながら言ったラーゴさんは、叩かれたカトリーナよりもずっと辛そうな顔をしていた。


「駄目。駄目なのよ……!呪いを解く事が出来ても、私にはラーゴの寿命を戻せない。だからこうして――」

「カトリーナ様の命と引き換えにしてまで、私は生きたいと思っていません。それよりも貴方様が悲しまれている事の方が何倍も辛いです。……どんな理由があったにせよ、これは私がカトリーナ様を裏切ったという代償です」

辛そうな顔をしていたラーゴさんは、

「こうしてまたカトリーナ様にお会い出来て嬉しかったです」

そう言うと、優しい笑みを浮かべた。


「ラーゴ、待って!そんな最期みたいな言葉なんて聞きたくないわ!」

ラーゴさんの手を握り締めたカトリーナは、頭を左右に振った。


「嫌よ!せっかくまた話が出来たのに、こんな形で別れるなんて嫌!!」

カトリーナの周りに光が溢れ始めた。

光はラーゴさんの身体を包み込み、赤みがかっていた方の瞳の色が、徐々に淡い緑色に変わっていく。


ラーゴさんを包み込んでいた光が消え、ラーゴさんの瞳が本来の色に変わっても、カトリーナの眉間にはくっきりとした縦ジワが残ったままだ。


「……やっぱり駄目なのね」

カトリーナは両手をキツく握りながら、悔しそうに呟いた。


呪いが解けたからといって、今までラーゴさんの命が蝕まれていた事には変わりなく、女神の力を持っても寿命を延ばす事は出来なかった。


残念ながら、女神に出来ないことは、聖女の彼方にも出来ない……。


「彼方……」

私の腕の中で、彼方が悔しそうに唇を噛み締めている。


――長年の誤解がとけて、これから皆が幸せになれるというのに……どうしたら良いのだろうか?


いや、きっと何か方法があるはずだ。

まだ諦めちゃいけない。思考を止めるな。

止めたらそれで終わりになってしまう……。


私がこの世界で幸せに暮らす為には、最早ラーゴさん達の幸せが外せない。

だから、必死で考えるのだ。


『寿命を延ばす方法』。

先程から頭の片隅で、何かが引っ掛かっている気がする。

そして、私はそれを良く知っているはずなのだ。


「シャル、そんなお酒作ったことなかったっけ?」

背後から、とても良く知っている声が聞こえた。


だが、その声の主はここには居ないはずの人の声である。

今の事態に困っている私の妄想だろうか。

お兄様の幻聴が聞こえるだなんて、そんな馬鹿な事――


「ねぇ、聞いてる?」

ヌッと私の顔の横からお兄様の顔が現れた。


「お、お兄様!?ど、ど、どうしてここに!?」

「えー?定期連絡も無いし。どうせ厄介ごとに首突っ込んでるんだろうと思ったから、クラウンに頼んどいたんだ。何か問題が起きたら呼んでって」

「クラウンにですか……?」

チラリとクラウンを見ると、もの凄い勢いで目を逸らされた。


……おい、こら。勝手な事を。


「僕に出来る事には限りがあるけどね」


だけど……正直、この場にお兄様が居てくれる事がとても頼もしい。


「お兄様、先程のお酒の話ですが……」

「あー、ちょっと待ってて」

私の言葉を遮ったお兄様は、カトリーナやラーゴさん達に向けて頭を下げた。


「皆様、初めまして。僕はシャルロッテの兄のルーカス・アヴィと申します。突然の来訪で申し訳ありませんが、非常事態の様ですので、無礼をお許し下さい」

顔を上げたお兄様は、瞳を細めながら微笑んだ。

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