新天地〜寿命を延ばす方法②

「急を要しているのは重々承知しているけど、これは大事なことなんだよ」

お兄様は人差し指を口元に当て、片目を瞑ってみせた。


「挨拶をすることが……ですか?」

察しの悪い私が瞳をパチパチと瞬かせながら首を傾げると、私の頭の上にポンとお兄様の手が乗った。


「そう。僕はシャルの兄だと言い、家名も名乗った。話は全部クラウンに聞いたよ。君の兄として、アヴィ家の当主代理として……このが許そう。だから、全力で作ったら良いよ」

お兄様は私の頭を撫でた。


「僕は君の共犯者だからね」

私は悪戯っ子の様な笑みを浮かべるお兄様の顔を見て、漸く言葉の意味に気付いた。


「共犯者……って!」

自ら名乗りを上げたのは礼儀だけではない。確かに貴族間では礼節が大事とされているが、この場においては少し意味が変わってくる。

私よりも年長者である事を示し、家名を名乗った事。その意味は――何かあった時の全責任をお兄様が負うという意味に他ならない。


ずっしりと心に【責任】という言葉が重くのし掛かる。ただでさえラーゴさんの命が掛かっているのだ。お兄様にも責任が掛かるのだと思えば、中途半端な事は出来ない。


「深く考えずに、シャルはいつも通りやれば良いよ。大好きなお酒作りだとでも思ってさ」

「お兄様……」

「無鉄砲で無茶苦茶で、後先を考えない行動をする君だけど、自分の事は後回しにして、いつでも誰かの幸せを願っている」

「……それって褒めていますか?」

「あれー?褒めているように聞こえない?」

「……微妙です」

「だったらもっと考えて行動してくれないかな?」

思わず頬を膨らませると、僅かに瞳を細めたお兄様に頬を摘まれた。


……責めるような視線が痛い。


「うっ……。それは……その」

お兄様と完全に瞳を合わせないように瞳をさ迷わせるると、「ふっ」とお兄様が笑った気配を感じた。

そーっとお兄様の顔を伺うと、お兄様は優しい微笑みを浮かべていた。


「シャルの行動は誰かを救う為のものだ。君はこの場で出来る事をすれば良いよ。僕達は君のフォローする事を厭わないから」

「……お兄様」

「――アイツもそれを望んでいるはずだから」

「え?」

突然、声を潜めたお兄様の言葉を完全に聞き取る事は出来なかった。

直ぐに聞き返したが、お兄様は無言で私を見ていた。その瞳が珍しく、微かに揺れている様に見えたが……きっとお兄様は何も教えてくれない。私は長年の経験でそれを知っている。


……だから、一先ずは諦める。

先程の言葉を追求するのは、この件が終わってから。

私は深い溜め息を吐いた。気持ちを切り替える為に……。



「……でも、何を作れば良いのか思い出せないんです。ここまで出かかっているのですが」

私は喉元を押さえた。


ラーゴさんの命を延ばすにはどうしたら……。


「ヨーメイシュ」

「え?」

「シャルが作ったのは、確か……そんな名前のものじゃなかった?」


……ヨーメイ……シュ?ヨーメイシュ?

ヨウメイ……


「あー!」

「思い出した?あれを使えないかな?」


……あったな。そんな事が。

お兄様に作製を禁止されて暫く経っていたから、すっかり忘れてしまっていた。


――その昔。

ダンジョン調査中に参加する為に冒険者のランク上げ最中の時のこと。子犬のような生き物を助ける為に、後先考えずに川に飛び込んだ私は、一緒にいたお兄様とはぐれて村に辿り着いた。

熱烈に歓迎してくれる村人達の顔色が異常に悪い事を心配した私は、特製の薬を作って村人達に振舞ったのだ。

カルーア味の美味しいノンアル薬だったのだが、生屍アンデットだった彼等には劇薬だった様で……一人残らず消えてしまった。


そんな、生屍アンデット殺しの秘薬『妖滅酒ヨーメイシュ』。

効果は、超滋養強壮・超貧血改善・超疲労回復だったはず。

……これに延命が加えられたらラーゴさんを助けられる。


チラリとラーゴさんを見ると、ラーゴさんは私を見ていた。


「既に私の命はあってないようなものです。お気になさらずに」 

ラーゴさんはそう言って、優しい微笑みを浮かべた。


「ラーゴさん……」

私はぐっと両手を握り締めた。


ラーゴさんを死なせたくない。

皆で生きて幸せになるんだ。


あの時と同じ薬草は、異空間収納バッグの中にある。……欲しいのは私の覚悟だけ。


「わ、私の力を使って!」

女神カトリーナが私の元へ駆け寄って来た。


「私も協力する」

握り締めた手に、ふわりと柔らかな温もりが重なった。


「彼方……」

「私じゃあ、シャルの役に立たないかもしれないけど……これでも聖女だしね」

彼方は苦笑いを浮かべている。


「そんな事ないよ。すっごーく心強い!」

私は彼方の手を握り返した。


……皆がいるから私は頑張れる。


今、凄く……リカルド様に会いたい。

全部終わったら会いに行こう。

リカルド様は『頑張ったね』って褒めてくれながら、優しく抱き締めてくれる。



「それでは、妖滅酒――改め、養命薬の作製を始めまーす!!」

私は皆の顔を眺めながら、テーブルの上に材料を並べた。



――私を見つめるお兄様の顔が翳りを帯びていた事に、この時の私は気付けなかった。





※『妖滅酒ヨーメイシュ』の話は、小説1巻の限定特典SS【とある昼下りに……】に掲載されています。

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