コミック3巻発売記念『ロッテの思惑とミラの困惑と』

コミック3巻発売記念SSです☆


今回は、ロッテとミラのお話です。

カタカタが読み辛くてすみません。

時間軸は、ロッテがまだ生まれて間もない頃だと思って下さい。


いつもより長めですm(__)m


*****


『オトーサン、オトーサン』


実験用の水を貰う為に、たまたま立ち寄った厨房でミラは、先日シャルロッテと一緒に作った、1メートル四方のオーブンの『ロッテ』に呼び止められた。


「…………?」

カタコト&聞き慣れない呼び止められ方に、ミラはポカンとしながらロッテを見た。


『オトーサン』って……何だっけ。


ロッテは、シャルロッテがイメージしたものを魔石に込め、それをミラが形にした魔道具である。

本来ならば、ただの無機質な魔道具であるはずなのにも関わらず、ロッテは高い知能を持ち、言葉を話す。

世にも奇妙……稀有なである。

どうにかしてもう一台を再現しようと試行錯誤しているものの、まだ成功には至っていない。形はそっくりのただのオーブンにしかならない。


……やはりシャルロッテに実験協力者モルモットになってもらおうか。

あの無茶苦茶な魔力を持ってすれば、あと一台や二台は簡単に……


『アノー、オトーサン?』

「……あー。ごめん、ごめん。ていうかさ、さっきから君が言ってる『オトーサン』って、何?」


ミラは赤みがかった大きな瞳を訝しげに細めながら首を傾げた。


『ミラ様ハ、ワタシヲ作ッテクレマシタヨネ?』

「うん。……と言ってもミラはシャルロッテが魔石に込めたイメージを再現しただけなんだけど」

『ダッタラ、シャルロッテ様ガ【オカーサン】デ、ミラ様ハ【オトーサン】デスヨネ!?』

「シャルが『オカーサン』で、僕が『オトーサン』…………」

カタコトなロッテの言葉を反芻しながらその言葉の意味を考える。


『オトーサン。ツマリハ、製造者。創造主。魔道具マニア。ゴ主人様ニ片思イ拗ラセテル、ミラ様』


魔道具マニア!?

……って、それよりも……!!


「うわぁぁぁー!何言ってくれちゃってんのさ?!」


ミラは慌ててロッテの口を塞ごうとする。

……とはいえ、どこが口なのか分からないので、扉の部分を押さえながら睨み付けた。


「よ、余計な事は、黙っておこうか!?」


ロッテを押さえながら、キョロキョロと挙動不審に辺りを見渡すが、厨房の中の料理人達は気にした様子もなく黙々と仕事を続けている。


その様子に「良かった……」とミラは安堵の溜め息を吐いた。


因みに――自分の気持ちが邸の使用人達に筒抜けな事に当のミラ本人は気付いていない。

シャルロッテの恋を応援する【リカルド派】と、ミラの叶わない恋を応援する【ミラ派】がいる事にも。

時折向けられる生暖かい目の意味を知るのはもう少し後の事――。


「全く、もう……」

『モゴモゴモゴモゴ……』

「……え?あ、ごめん。押さえてた部分はちゃんと口だったんだね!?」

ミラは慌ててロッテから手を離した。


『イエ、大丈夫デス。私ニハガアリマセンカラ』

「はっ!?じゃあ、何で『モゴモゴ』言ってたの!?」

『私ハ、ユーモア機能付キナノデス!』

「ユーモア……」


ミラはジトっとした目をロッテに向けた。

正しくは、ミラを通してシャルロッテを思い浮かべていたのだが……。

『てへっ』と舌を出して笑うシャルロッテが容易に想像できる。


この子にして、あの親あり……いや、逆だったか。

シャルロッテは紛れもなくロッテの『オカーサン』だと確信した。


シャルロッテとルーカス以外に、こんなに感情をかき乱される存在が現れる誕生だなんて……。


ミラは眉間にシワを寄せて大きな溜め息を吐いた。


『ソレヨリモ、オトーサン』

「オトーサン……」


嬉しい様な……虚しい様な……。

ミラの心境は複雑だった。


『オカーサン……ノ方ガ、良イイデスカ?』

「いやいやいや!ミラは男だよ!?」


幾ら見た目が可愛かろうが、ミラは男である。

女の子と間違えられる事が多いからこそ、譲れない部分でもある。


『デハ、【オトーサン】デスネ!』

「んー……まあ、良いや。それで、ミラに話し掛けてきた理由は何?」


ミラは突っ込むのを止めた。諦めた。

シャルロッテの分身であるロッテと言い合いを続けるのは得策ではないと、悟ったからだ。

面倒ごとはさっさと終わらせてしまうべきだろう。


『オトーサン……アノネ』

急に悲しそうな声になったロッテ。


ミラはその突然の変わり様に戸惑ったが、取り敢えず、話を聞く事にした。


『……ロッテネ、ロッテ、オカーサンニ会イタイノ』

ロッテがチラリとミラを見ると、ミラは驚いた様な顔をしているが、黙って話を聞いてくれるらしい。


――ここのところロッテは、ドライフルーツ作りばっかりで、大好きなシャルロッテに会えていなかった。

一人ではこの場から動く事も出来ないロッテだ。動けないなら、連れて来てもらうしかない。

人の良さそうなミラなら、きっと自分の望みを叶えてくれるだろうと考えたロッテは、ミラにすることにしたのだ。


ミラも自分を作り出してくれた感謝すべき『オトーサン』ではあるが、ロッテにとって一番大切なのは『オカーサン』であるシャルロッテだ。

目的の為ならば誰でも使う。

ロッテ位に優秀なオーブンなら、情に訴えかけること位楽勝なのだ。


「……そっか。なるほど」

ミラは顎に手を当てながら真面目な顔で考え事をしている様だ。


『ウン。ダカラ………ロッテ、寂シクテ』

もう一押しとばかりに言葉を重ねれば、ミラの眉間のシワが深くなった。


フッ。チョロイナ……。

ロッテはニヤリとほくそえむ。


これでミラは、シャルロッテを厨房に連れて来てくれるはず――


「対価は?」

『……ヘ?』

思いがけない言葉に、ロッテから間の抜けた様な声が出た。


「対価だよ。ミラがシャルロッテをここに連れて来る対価は何?」

『タ、対価……』


形勢逆転である。

先ほどまでとは違うミラの淡々とした態度に、ロッテは戸惑いを隠せなかった。


「対価がないならミラは断るから」


対価……対価……対価。

ミラが必要とする対価を今すぐに提示しなければ、スッと瞳を細めたミラは、直ぐにでもこの場から立ち去ってしまいそうだ。

ロッテは自分が出来る最善を模索し始める。


一方……ミラは、ここで情に流されたら終わりだと本能で悟っていた。

使われるだけ使われて損をするのは自分だけだ、と。



『写真……!写真デ、ドウデスカ!?』

閃いた!とばかりにロッテが提示してきた対価は聞き慣れない言葉だった。


「『写真』って……何?」

ミラは眉間にシワを寄せた。


『写真ヲ知ラナイ……ト?デシタラ……』


ウィーンとオーブン機能が作動して少し経った後、チーンと完成を告げる音が鳴った。


『開ケテ見テ下サイ!』

「……よく意味が分からないけど、分かった」

ミラは恐る恐るロッテのドア部分を引っ張った。


中にはあったのは三枚の――

「……絵姿?」

『ハイ!オカーサン的ニハ、【写真】ト呼バレル物デス!』

「……これが、写真」

ミラはその写真をまじまじと眺める。


ロッテが作り出した『写真』と呼ばれる物に写し出されていたのは、シャルロッテの姿だった。


にまにまと嬉しそうな顔でドライフルーツらしき物が入った瓶にトロリとした液体を注ぎ入れている姿は鮮明で、今にも動きだしそうであった。


「……ぷっ」

二枚目の写真を見たミラは思わず吹き出した。


そこには、しょんぼりと肩を落としながらルーカスと向かい合っているシャルロッテの姿が写っていた。


ルーカスの笑顔から察するに、シャルロッテは説教されているのだろう。

こっそりメイフルーツを作ろうとしたのがバレた……と、いったところか。


苦笑いを浮かべながら三枚目に手を掛けたミラは、思わず息を飲み込んだ。


「…………っ!」

三枚目には、笑顔でメイフルーツアイスを頬張るシャルロッテが写っていたからだ。


じわりじわりと顔が熱くなるのを感じた。


『「可愛い」デスヨネ?』


ガバッと写真から顔を上げたミラは、ロッテを見た。


心を読まれたのかと、ミラは気が気ではなかった。

表情なんて読み取れないはずのロッテが、何故かニヤニヤと笑っている様な気がする。


『ヘッヘッヘー。ドウデスカ、旦那』


……いや、絶対にニヤニヤしてる。

ミラは確信した。


「……どこでそんな言葉覚えるのさ」

ミラは真っ赤な顔でジロリと、ロッテを睨み付ける。


『ユーモア機能デス!』

「……」

『今ナラ、オ得!安イヨ!安イヨー!』

「はぁ……」

マイペースなロッテに、ミラは溜め息を吐いた。


『旦那、旦那、チョット耳ヲ貸シテ下セー』

「はい、はい」

半ば自棄ヤケになったミラは、言われるがままにロッテに近付く。


ロッテに耳を傾けたミラに告げられたのは、


『オカーサンノ可愛イ写真、モット欲シクアリマセンカ……?』


……悪魔の囁きだった。


甘美な誘惑。

知ってしまった秘密の味は、一度知ってしまえば、もう二度とは戻れない。


ゴクリ。

ミラは生唾を飲み込んだ。


本人が手に入らないなら、写真だけでも……!


意を決したミラが答えを出そうと口を開くと……不意に、この場の空気が変わった。


「ひっ……!?」

トンと肩を叩かれたミラは、身体を強張らせた。


振り向かなくても分かる。

このドス黒くて冷やりとした空気の正体は……


「ねえ、何をしているの?」

シャルロッテの兄のルーカスだった。


楽しそうに笑っている様な声なのにも関わらず、全身が凍り付いてしまいそうだ。


ガタガタと身体を震わせながら、恐る恐る振り替えると笑顔のルーカスが直ぐ後ろにいた。


神出鬼没。

気配を全く感じないルーカスの登場には、心臓が幾つあっても足りない。


「それで、二人で何をしていたのかな?」

にっこり笑うルーカスの瞳は冷たい色をしていた。

見ているだけで凍ってしまいそうだ。


思わずロッテに縋ると、ロッテも小刻みに震えていたのに気付いた。


「へえ……隠し撮り?」

ミラから写真を取り上げたルーカスは、三枚の写真を眺めながら瞳を細める。


チラリと視線を向けられたミラは、真っ青な顔でブンブンと首を大きく横に振った。


『ア、旦那、逃ゲルナンテ、ズルイ!』

……『オトーサン』はどこにいった。


「ふーん。こんな事も出来るんだね」

ミラとロッテのやり取りで全てを見抜いたらしいルーカスは、ロッテを見ながらにこりと微笑んだ。


『ヒッ……!』

ロッテの震えが、カタカタからガタガタに変わった。


「僕の聞いてくれるよね?」


……これはもう魔王の脅迫である。


有無を言わさないルーカスの迫力に、ミラとロッテは抵抗する気さえ起きなかった。



******


「ああ。やっぱり、僕の妹は世界で一番可愛い!!」

沢山の写真を両手に抱えたルーカスは、満面の笑みを浮かべていた。


――あれからロッテは、ルーカスの為だけの写真製造魔道具と果していた。


赤ん坊の時から現在に至るまで。

沢山のシャルロッテの写真を作り出した。


シャルロッテの分身ともいえるロッテには、自らの中にあるシャルロッテの記憶を幾らでも写し出す事が出来たのだ。


「シャルの記憶限定だから、悪用されることはないかな」


ルーカスはロッテに沢山の写真を出させながら、出来る事と、出来ない事をしっかりと検証をしていた様だ。


「だから、今回は大目にみるよ」

『ハヒ……。スミマセンデシタ』

微笑むルーカスに、ロッテが覇気のない声で謝罪をした。


魔力的には問題ないが、精神的に疲れたらしい。……魔王ルーカスが相手だから無理もない。頑張れ。


心の中でエールを送ったミラは、ルーカスの持つ写真の中に、見知らぬ女性が写っているものがあるのに気付いた。


華やかさはないものの、優しそうな顔をした年上の女性だった。

見たことのないようなドレスを着ている。


……誰だろう?

そう思いながら首を傾げると、ルーカスと目が合った。


ルーカスは何も言わず、自らの口の前に人差し指を立てた。

その眼差しは暖かく……何故か切なさを含んでいる様に見えた。


「これ、あげる」

ルーカスは、沢山の写真の中から一枚の写真を抜いてミラに渡した。


……『何も聞くな』という事だろう。

ミラは黙って写真を受け取った。


ルーカスがくれたのはシャルロッテの写真だった。


可愛い笑顔を浮かべるシャルロッテのその横には、笑顔のルーカスが一緒に写っていた。

(瞳は笑っていない)


「ぷっ……」

ミラは吹き出しそうになるのを必死で堪えた。必死に堪え過ぎて涙が滲んでくる。


ルーカスのあからさまな牽制だ。

シャルロッテ一人だけの写真をくれる気は毛頭ないのだ。


……どこに置こう。

置場所に困る写真だった。


シャルロッテを見たくても横に写るルーカスの視線が気になって、ダメなやつ。


シャルロッテの想い人であるリカルドとシャルロッテ。その二人の写真でない事だけが救いだろうか。


ルーカスはミラの気持ちに気付いている。


「……ありがとうございます」

ミラは目尻の涙を拭いながら苦笑いを浮かべた。


……まだシャルロッテを想っていても良いっていうことかな。想うだけなら自由だから……。



『絶賛、片思イ拗ラセ中デスネ……』

「シーッ。そういうのは、放っておいてあげるのが優しさだよ」

ひそひそとロッテとルーカスが話している。


「な、な、な……!?」

ミラは真っ赤に染まった顔で、声にならない声を上げようと口をパクパクと動かす。


ミラの背後からは、生暖かい視線をひしひした感じる。

……つまり、これは……自分の気持ちがバレて……?


『オカーサン以外ニハ、バレバレデスヨ♪』

「うん。残念ながら」


「み、み、みんな大嫌いだーー!!」

ミラは泣きながら厨房から逃げ出した。



部屋に帰る途中で……


「あれー?ミラ、どうしたの?」

シャルロッテに出会ったが、羞恥心から泣いているミラが、その原因となったシャルロッテに対して余裕があるはずもなく……


「シャルロッテのバカー!」

「は!?……ば、バカ?!いきなり『バカ』って何!?待ちなさいよ!」


何も知らないシャルロッテに八つ当たりしてしまうことになった。


後日、その時の謝罪の為に【カメラ】という物を作らされる事になるのは、余談である。

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