新天地~女神の謝罪④

「大丈夫なの!?身体は何ともないの!?」

彼方の手の上に乗っているカシスに近付いて、カシスの身体を上から下までじっくり眺めると、カシスはまた瞼を擦った。


『ふわぁぁー……』

「……眠いの?」

『んー? 大丈夫!あたちは元気、元気!』

「本当に?」

『やー。くすぐったいよぉ』

指でツンツンと頬っぺたを突つくと、カシスが身を捩りながらクスクスと笑った。


先ほど私が異空間収納バッグの中からムニッと掴み上げたのはカシスだったのだ。


『シャルたん、おひさ~』

ニコニコと微笑みながら片手を上げるカシス。


「カシス!!」

『ぐぇっ!!』

思わずガバッと抱き締めるとカシスが潰されたカエルの様な声を上げた。

だが、大事なのはそんな事じゃない。


あの時消滅してしまったと思ったカシスが私の元に帰ってくれたのだ。

この喜びをどう表現したら良いだろうか。


「カシス、カシス、カシスぅぅー!」

感動の余りに更にギュッと抱き締めた。


『シ、シャルたん……』

カシスも私に会えた事が嬉しいのか、パシパシと私の手を力なく叩いている。


「カシスー!」

『な、な、中身が……出ちゃ……』

「いったぁぁぁ!!」

更に力を入れようとすると眉間に激痛が走った。


「い、痛いよう……」

何度も言うけど、眉間は急所なんだよ!?


私に痛みを与えた原因カナリアを恨みがましい目で見ると

「お黙り!酔っ払い!」

と、一喝された。


『ち、窒息しするかと思ったあ……』

「……大丈夫?」

テーブルの上にはうつ伏せにぐったりと横たわるカシスの姿。

そして、心配そうな顔で近付く金糸雀がいる。


……あれ?

もしかしなくても、やらかした……?

て、てへ?


「……もう一発お見舞いしとく?」

ジト目の金糸雀がジリジリと近付いてくる。

その視線の先には私の眉間。


や、やられる!!?


「ご、ごめんってば!!」

眉間を押えながら私は身を引いた。


「カシス、ごめん!」

慌てて謝罪をすると、テーブルの上でうつ伏せになっているカシスがヒラヒラと手を振ってくれた。

『無事だから、大丈夫よぉ~』

「本当にごめん!」

両手を合わせて拝む様に謝罪を繰り返していると、金糸雀が元いた自分の場所に戻って行った。


「気を付けなさいよ?小さいものは壊れやすいんだから」


……はい、すみません。くれぐれも気を付けます!!

だからそろそろ眉間のロックオンを外して!?


って、あれ……?

私はここで自分がものすごーく注目されていた事に気付いた。


「ど、どうしました……?」

穴が開いてしまいそうに強いラーゴさん達の眼力に身体が退けた。

視線の対象には勿論カシスも含まれている。


「み、見られてる……」

『み、見られてるねぇ……』

コソコソと話しながらカシスと目配せしあった私は、手の平の上にカシスを乗せた。


「じゃ、じゃーーん!カシスたんです!」

ラーゴさん達が見やすいように手を突き出すと、

『おっす!あたち、カシス!』

国民的なアニメキャラが言うお決まりの自己紹介の様にカシスがノってくれた。

流石は酒精(?)。ノリが良い。


えへんと突き出した胸よりもぽっこりと出ている幼児体型のお腹がとても可愛い。


「……酒精……か」

呟いたのはカトリーナだった。


「酒精……ですね」

「珍しい……ですわね」

続いたのはラーゴさんとリラさんの呟き。


彼方は、驚いた様にポカンと開けているレオの口の中に、唐揚げを詰め込もうとしていた。

グッと親指を立てると、彼方も同じ様に親指を立てて返してくれた。

彼方は意外にも悪戯好きらしい。


「ぐっ……!?」

ハッと我に返って喉をつまらせたレオにお水の入ったコップを渡している。


ただ悪戯するだけでなく、フォローを忘れない彼方たん最高。

やりっ放しの私とは違う。

……だから金糸雀にはつつかれない。

くっ……!これが格の違い……か!


「懐かしい……」

「はい。こうして酒精に出会うのは何十年振りでしょうか」

カトリーナもラーゴさんも強張っていた顔が弛んでいる様に見えた。


「ふふっ。あの時の……カトリーナ様」

「それは言わない約束よ!」

口元に手を当てて笑うリラさんに向かって、顔を赤く染めたカトリーナが頬を膨らませる。


「酔い潰れてしまったカトリーナ様……可愛らしかった」

「リラ!?」

……思いがけなかったカシスの登場が、この場の空気の流れを一変させてくれたようだ。


「仕方無いじゃない……みんなが一緒で楽しかったんだもの」

「そうですね。みんないつも一緒でした」

まだ少し気まずそうにしながらも、ポツリ、ポツリと語られる昔話の数々が、カトリーナの止まった時間を動かしている。心を解きほぐしていくようだった。



「……あの時は、幸せだったわ」

宙を見上げるカトリーナが思い出しているのは家族との記憶か、眷属である竜達との記憶か。


何も知らない私が話に割って入るのは無粋なので、黙って三人を見守る。

レオや彼方、金糸雀も同じ気持ちだったようだ。

そこに混じって良いのは当時を知る人達だけ。


「幸せだった過去の記憶を心の支えに、みな今を生きている」

サイも例外じゃない。


「幸せだった過去の記憶を心の支えに……」

「ああ。辛く悲しくとも一生懸命生きること。それが残された者達の務めだ」

「辛く……悲しくても……一生懸命に生きる……!!」

穏やかに話すサイの言葉。

それは前にもカトリーナに言った言葉だ。

それがやっと届いたと、感じた瞬間だった。


「失ってしまった私達の大切な者達は、残した物の不幸を願わない」

「……分かってた。分かっていたの。でも……認めたくなかった」

カトリーナの頬を一筋の涙が伝う。


……え?


「みんなが……好きで私を置いて行ったわけじゃない事なんて、知ってた」

ポロリ、ポロリと沢山の涙が溢れ出すのにあわせるかのように、カトリーナの周りに光が現れた。


その光は段々と数を増していき――


「ずっと一緒にいたかった。一緒に連れて行って欲しかった……。残された私は弱いから……怒りに変えないと生きられなかった……こんな風に逃げていたら、生きていないのと同じだったのに……。みんなが望んだ事じゃなかったのに……!」

一際強い光がカトリーナを包み込んだ。


眩しすぎて目を開けていられないほどの光。


「カトリーナ!?」

私はギュッと目を瞑り、更に光を遮る様に手を伸ばしながら叫んだ。

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