新天地~女神の心⑤

私の手を握る彼方の顔が少しだけ強張って見えた。


優しい彼方がサイ達の会話を聞いていたなら、傷付いていないはずがない。

怒っていないはずがない……。


顔が強張って見えるのは、感情を表に出さないように懸命に堪えているからだろう。


サイには既に気付かれているが……。

私達を守ろうとしてくれた皆の好意を無駄にしてしまう――とでも、彼方は考えているのだろう。


ふーっと、私は大きく深呼吸をした。


彼方が我慢しているのに、中身年齢が年上の私の方が取り乱してどうする。


『落ち着け』と、自分に言い聞かせながら何度か深呼吸を繰り返すと、冷静さをなんとか取り戻す事が出来た。


だが……気を弛めると、また直ぐに黒い感情に頭も心も支配されそうになるので、グッとお腹に力を入れて気を引き締める事は忘れないでおこう。


「……彼方も聞いてたんだね」

彼方にしか聞こえない位の声で私が呟いたのは、質問ではなく確定の言葉。


「うん。聞いちゃった」

彼方はばつが悪そうに眉毛を下げながら頷いた。


「きっと、私達の事を凄く考えた結果がコレなんだろうけどさ……」

「分かりやす過ぎるよね」

「そうそう」

私と彼方は苦笑いを浮かべた。


サイがした事は【声の遮断】だ。


もし、魔力がもっと使えたなら、私達は幻影を見せられ完全に気付かなかったかもしれない。何も知る事なく終わった事だったかもしれない。

また、今回の件でサイが魔力を使う時に『絶対に聞かないで欲しい』と言われたら聞かなかったかもしれない。


……まあ、これは『たられば』なので、深く考えたところで答えは出ないし意味もない。


ただ、結果的に無理矢理にでも聞いて良かったと思う。


やり場のない怒りや、どうしようもない苛立ちを覚えた事はまた別問題である。


「ねえ、……後悔してる?」

「ええと、それは何に対する後悔かな?」

彼方はキョトンとしながら首を傾げる。


「んー、今回の事も含めて色々と」


私が選んだ『復讐』に彼方を巻き込んでしまったかもしれないという罪悪感。

彼方も悩んで、最後には彼方自身が選んだ道だが……ふとした瞬間に、『あの時の選択は正しかったのかな?』と思う事がある。


「シャル……和泉さんは後悔してるの?」

「してないよ」

私はキッパリと断言した。


そう。後悔していない。


「仮に私が後悔するとしたら……やり方が少し生温かったかな、って思う事ぐらい」

「生温いって……。あれは全然生温くなかったと思うよ」

「そうかな?」

「うん。……あのね、シモーネ達に復讐をした事を私は後悔していないよ?和泉さんは未だに『巻き込んだ』とか思っていそうだけど……」


チラリとこちらへ視線を向けた彼方と目が合う。


……うっ。バレてましたか。

彼方には敵わないなぁ。


「あんな最低な奴等のせいで、いつまでも過去に捕らわれたままウジウジなんかしていたくなかったから、和泉さんには感謝してるよ。……でも」

「……でも?」


彼方はギュッと唇を噛み締めながら瞳を伏せた。


一呼吸置いたタイミングで瞳を開けた彼方は、

「……でも、そうだなぁ。今回の件を知って、もっと違う方法で更に何か罰を与える事が出来ないかと考えている私は……『聖女』として失格なのかもしれない」

そう言って泣きそうな顔で笑った。


「……っ!」

感情よりも先に身体が動いた。


「悪くない!彼方は悪くない!だって、私も思ったもん!今も思い続けてる!!今すぐにどうにかしてやろうかと思ってる!!」


気付いた時には、彼方を思い切り抱き締めながら叫んでいた。


「最低な奴等をどうにかしたいと思うのって、そんなに悪い事!?聖女様はいつも綺麗な事しか考えてちゃいけないの!?」


先に酷い事をしたのはシモーネ達だ。

平凡だが、当たり前の様に巡る日常と……大切な家族。それを突然、しかも一方的に奪っていった。


「聖女だから何もかも我慢しないといけないなんて、そんなのはおかしいよ!!」

「……和泉さん」

私の背中に回った彼方の手に力がこもった。


私達には【喜怒哀楽】という感情がある。


聖女だって、自分の為に怒ったり、笑ったり、泣いたり、悲しんだり、楽しんだりしたって良いじゃないか。


『他人の物を勝手に取ってはいけません』『他人を傷付けてはいけません』

……これは分かる。


『他人を恨んではいけません』

……こんなのは、奪われた事のない人間の言える事だ。『逆恨み』はアウトだと思うけど。


私と彼方だって理由もなく恨んだり怒ったりしている訳ではない。好きでこうなった訳でもない。

神様という遥か上の存在がやらかした事の責任を私達に押し付けて終わりにするつもりなら……この世界を受け入れてより良くするために日々尽力している彼方の気持ちを否定するなら、『聖女』なんてことわりは私が壊してや――――


「はい、はい。ストップ、ストップ。物騒な事を考えるのは止めなさい」

ポテンと私の頭の上に何かが落ちて来た。


「金糸雀!?」

驚いて見上げる私の視界に金糸雀の黄色の羽が映る。


そして、


「全く……護り甲斐のない子供達なんだから。大人達は困っちゃうわよ」


そんな苦笑い混じりの声が降ってきた。

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