新天地~脅かすもの②
ラーゴさんは、ミラと同じ理由で赤い瞳なのかと思っていた。
もしくは、瞳の色の違う竜のハーフならばオッドアイにもなるだろう……と、そう簡単に考えていた。
――しかし、現実はそんな優しいものではなかった。
「呪いって……大丈夫なのですか!?」
レオのお父さんが呪われている……って、どうしてそんな事に……!?
「今は大丈夫ですよ」
『今は』。
ラーゴさんの穏やかな表情と口調のせいか、本人から切羽詰まった感じは受けなかったが、その隣で唇を噛み締めているリラさん達の様子を見ている限りでは……あまり良い状況ではない事が窺えた。
「今すぐにどうにかなるものではありませんから、そんな顔をしないで下さい。愛し子」
困惑している私を宥めるかの様に、ラーゴさんは微笑みを浮かべた。
ラーゴさんの左右で色の違う瞳が笑みで細くなる。
『愛し子』……と、ラーゴさんが私を呼んだ時。
ふと頭の中に『赤い瞳』と『呪い』という二つのワードが浮かんだ。
……【愛し子】、【赤い瞳】、【呪い】。
バクバクと心臓が痛いほどに激しく脈打ち、全身からサーッと血の気が引いて行くのを感じた。
まだ誰にも正解を教えられたわけでないのに、ラーゴさんに呪いをかけた相手が誰なのかを私は分かってしまった。
どうして……。どうしてこんな事に……?
震える身体を思わずギュッと抱き締めた。
「……シャルロッテ?どうしたの?」
心配そうな金糸雀の声が聞こえたが、私は金糸雀の好意に反応を返す事も出来ない程に動揺していた。
私の瞳の中には赤い星がある。
女神からの祝福を受けた【赤い星の贈り人】。【女神の愛し子】とも呼ばれる稀有な存在。今世をこの世界で生きている私がその存在である。
そんな私だから直感した。……間違いないと確信してしまった。
違っていて欲しかった。こんな確信はいらなかった。
――ラーゴさんは女神から呪いを受けている。
思わず私は両手で顔を覆って天を仰いだ。
**
――――その昔。
神々が引き起こした先の大戦で、愛する家族を失った女神が水辺で一人涙を流していた。
すると……流れ落ちた涙は、光の粒となって新しい生命の形となった。
それは数匹の小さき蛇だった。
『女神様。我等を産み出して下さった尊きお人よ……。どうか泣かないで下さい。今日から私達があなたの支えになりましょう』
ある蛇が女神にこう言った。
『生まれたてのあなた達は、きっとすぐに死んでしまう……』
そう嘆き悲しむ女神に、
『それでは、どんな攻撃もはね除けるぐらいに硬い鱗を授けて下さい。そうすれば私達は身を守る事が出来ましょう』
別の蛇はそう続けた。
『それでもあなた達は私よりずっと小さい。きっとすぐに死んでしまう』
しかし、女神は尚も泣き続ける。
『では、私達をどんな生き物よりも大きな姿に変えて下さい。そうすれば簡単に狙われる事はないでしょう』
また別の蛇がそう言うと、
『例え、大きくて頑丈な身体になっても、あなた達は私より長くは生きられない。きっと私を残してすぐに死んでしまう……』
女神はポロポロと大粒の涙を流した。
『それならば私達に女神様の寿命をほんの少しだけ分け与え下さい。私達は子孫を繁栄させながら、女神様に使え続けると約束しましよう。決してあなた様を一人には致しません』
とある蛇が最後にそう告げると、女神は伏せていた顔をゆっくりと上げた。
『……本当に?』
『勿論です。我等は――女神の眷属。未来永劫あなた様にお仕え致します』
そうして女神の力を分け与えられた小さき蛇達は竜へと進化した――。
**
「……カトリーナか」
シーンと静まり返った部屋の中で呟いたのは、サイだった。
カトリーナとは、遠い昔に竜の始祖である蛇達と盟約を結んだ、優しくて穏やかな女神である。
色素の薄い肌に、月の光の様な淡い髪。澄みきった空の青色の瞳を持つ、優しくて穏やかな女神だという事は、滞在しているこの邸の中に飾られた絵姿で知っていた。
竜達と盟約を結んだ筈の女神がラーゴさんを呪った理由とは――
「我が妻であるカーミラが原因だな?」
サイは黒曜石の様な黒く綺麗な瞳でラーゴさんをジッと見つめている。
「……っ!」
瞳を大きく見開いたラーゴさんは、そのまま左右に大きく首を横に振った後に、苦しげな表情を浮かべながら床に視線を落とした。
「そうか……」
サイが大きな溜息を吐くと、金糸雀が戸惑った声を上げた。
「……え?どういう事ですの?」
ラーゴさんとサイの間で、せわしなくキョロキョロと視線をさ迷わせる。
「お母様と交流のあった女神が……自分の眷属を呪ったのですか?」
「ああ、どうしてそうなったかは知らないが……女神カトリーナは、カーミラが死んだ時に、この竜に呪いを掛けたらしいぞ。娘よ」
「……つまり、お母様が亡くなった時に何かをしたのですね。このハーフ竜は。だから呪いなんか掛けられたんだわ……!」
ブワッと金糸雀から殺気が漏れ出す。
「娘よ、落ち着くのだ!」
「お父様は、お母様の死に関わった存在を許せるのですか!」
「金糸雀!ちょっと待って!ラーゴさんの話を最後まで聞こう……!?」
サイと私の制止を振り切り、金糸雀はラーゴさんの元に羽ばたいて行こうとする。
半分しか血が繋がっていないとはいえ、自分の母親を貶めた義母や義兄姉を人知れず葬り去った過去のある金糸雀だ。
ここに新たな仇が出て来たのであれば、金糸雀がこうなってしまうのも仕方がない。
――しかし、私としてはラーゴさんの様子を見るからに、『加害者』という言葉で簡単に片付けて良いとは思えなかった。何かしらの理由があったのでは……?と、私はここでも直感した。
サイも私と同じ考えなのか、金糸雀の様にあからさまな殺気を出す事はせずに、娘を宥めつつ、ラーゴさんの一挙手一投足を伺っている状態である。
「……私は何もしませんでした。だからこそ女神の怒りを買ってしまったのです」
「何もしてないのに、どうして女神が呪うのですか!」
「何もしなかったのです。それが全ての理由です……」
「何も……していない?」
「私から……お話します」
「リラ……!」
「良いのよ、あなた」
金糸雀の鋭い嘴と足の爪からラーゴさんを庇う様に、二人の間に割って入って来たリラさんがそう言った。
「……え?」
呆然とした金糸雀のわずかな隙をついた私は、無事に金糸雀を捕まえる事に成功した。
抵抗する気は無いのか、私の手の中で大人しくなった金糸雀の頭を優しく撫でながら、リラさんの言葉の続きを待った。
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