執事なる日々(サイラス)

2巻発売記念SSです!

調子に乗って本日も更新!

グダグダ感継続中ですみません……(汗



*****


――サイラスの朝は早い。


毎朝四時に起床。

顔を洗って、髭を剃り、歯を磨いたら、肩までの長さに短く切り揃えた髪を仕事の邪魔にならない様にと、オールバックにして固めたら、ピッシリとノリのきいた清潔な白のドレスシャツと漆黒の上下のスーツを着用する。

布製の白手袋をはめて、懐中時計、モノクルを身に付けたら……身支度終了。


転移用の魔術を展開させて、頭に思い浮かべるのはアヴィの邸。

アヴィの邸といっても、ルーカスやシャルロッテの元に行くわけではない。

サイラスが師事しているマイケルの元に行くのだ。


王太子兼、友人のクリスにお願いをして、アヴィ家にある転移用のゲートをミューヘン辺境伯邸にも繋げてもらったのだ。

こうしてサイラスは、辺境の地にあるミューヘン領から簡単にアヴィ領へと行き来が可能になった。

普段はミューヘン辺境伯の跡目を継ぐべく、手足となり働いているサイラスの唯一の自由な時間。その時間の全てをシャルロッテの為に使用しているといっても過言ではないだろう。


「マイケルさん、おはようございます」

「サイラス様。おはようございます。本日もようこそいらっしゃいました」

ゲートから現れたサイラスをニッコリ笑顔のマイケルが迎えてくれた。

マイケルはいつものこの時間にサイラスが現れるのを知っていて、待っていてくれるのだ。


「マイケルさん……私の事は『サイラス』と呼んで下さい、と……」

「ああ、申し訳ありません。そうでしたね」

マイケルは目尻のシワを深く刻みながら微笑んだ。


「……では、サイラス。今日はアヴィ家に伝わる銀食器を一緒に磨きましょうか」

「はい!よろしくお願いいたします」

サイラスは優しい祖父の様なマイケルを好ましいと思っている。

自らの祖父であるミューヘン辺境伯やエルフの長とはまた違う優しいマイケルが……。


先代のアヴィ家当主から邸に仕えている老齢の執事のマイケルは、物腰の柔らかさだけでなく、的確で明確な指示がとても分かり易いと、他の使用人達からも人気である。マイケルの妻もまた優しく温厚で素敵な女性だ。

どんな時でも決して声を荒げる事のないマイケルの事を見習って、主人シャルロッテに尽くそう……と、サイラスは改めて心に誓った。


銀食器を磨くのは筆頭執事の役目なのだと、作業の合間にマイケルが説明してくれた。そんな大切な銀食器に触れさせてもらえた事にサイラスは感激した。

信頼が得られているのだと胸が熱くなる。

マイケルと一緒にピカピカに磨き上げた後は、厨房に行って食事の手配をする。

邸の切り盛りは、基本的にアヴィ公爵夫人の役目だが、生まれたばかりの幼い双子を自らの手で育てている夫人は多忙だ。

そんな夫人の代わりにマイケルがその役目も担っているのだ。

ここは夫人の生家なのだから、お互いに勝手知ったる何とやら……である。


サイラス的には、動ける者が動けば良いと思っている為に何とも思わないが……アヴィ家独特の使用人達との優しい距離は、少し羨ましいとも思う。

皆がお互いを思いやっているのが分かる和やかで心地の良い空間になっているから。


だが、そんなマイケルを始めとしたアヴィ家の使用人達には――――裏の顔がある。


マイケルが意外と武闘派で、現当主と冒険者パーティー『リア』を一緒に組んでいる事は言わずもがな。

庭師から侍女に至るまでの使用人が皆……なのである。

こんな使用人達は普通はなかなかいない。


ここの使用人達がのは、先代当主の時だとミューヘン辺境伯が言っていた。一体、何があったのかサイラスには教えてくれなかったが……。

だが、皆が優しく良い人間達には変わりないので問題は無い。



……と、そうこうしている間に懐中時計の針が七時を指していた。

今日はシャルロッテの専属侍女のマリアンナが実家に帰っていて不在の為に、サイラスが代役を仰せつかったのだ。



「シャルロッテお嬢様。朝ですよ」

シャルロッテの部屋のカーテンを開けながら声を掛けると、

「んっ……マリアンナぁ、もう少し眠らせて……」

朝日が眩しいらしいシャルロッテは、薄い肌掛けを顔の辺りまで引き上げた。


サイラスをマリアンナと勘違いしているシャルロッテは、サイラスの知る大人びた少女ではなく、年相応に甘えた少女で……新鮮であった。


「ふふっ。駄目ですよ。シャルロッテお嬢様は甘えん坊さんですね」

顔の部分を覆っていた肌掛けを強引に下げると、

「マリアンナのいじわるぅ……」

シャルロッテは瞼を擦りながら唇を尖らせた。


まだ寝ぼけているらしい。

……クリスやハワードが妹が欲しいと言っている理由が分かるな。

サイラスは自らの口元を緩めた。


「桶に温かい湯を用意しましたので顔を洗って、こちらの服に着替えて下さいね」

「……今日は、着替えを手伝ってくれないの?」

「はい。お着替えが終わりましたら、髪を整えるのは私がいたします」

そう言いながら笑ったサイラスと、瞳を見開いたシャルロッテと目が合ったのは同時だった。


「サイラス様……!?」

「違います。今の私はです」

人差し指を口元に当てると、シャルロッテの顔が一気に真っ赤に染まった。


それはサイラスを意識しての事なんかではなく、ただ単に寝ぼけて醜態をさらしてしまった自分への羞恥心からである事はサイラスの目にも明確だった。



「サイラス様……どうして、今日もいるのですか」

少し不機嫌そうに頬を膨らませたシャルロッテが鏡越しにサイラスを睨んでいた。

つり目のシャルロッテではあるが、サイラスの目にはちっとも怖く見えない。

寧ろ、愛らしいと思える。


「毎日のお勤めです」

アヴィ家の侍女服を身に纏っているは、シャルロッテの蜂蜜色の髪を優しくブラシでとかしていた。


「そうではなく……!しかも、リリーの姿で」

『リリー』とはエルフの里で復讐を行う際に、サイラスがシャルロッテの侍女に扮した……つまりは、女装姿である。


「シャルロッテお嬢様のお世話をするのなら、コチラだと思ったもので」

「……お陰でマリアンナと間違えちゃったじゃない」

「え?」

「何でもない!」

ボソッと呟かれたシャルロッテの声は、しっかりとサイラスの耳にも届いていたが、敢えてサイラスは聞こえていないフリをした。


ああ……シャルロッテお嬢様可愛い。


シャルロッテを気に入っている祖父様達は、リカルドから『奪ってしまえ』とか、『一妻多夫でも良いじゃないか』とか、好きな事を言っているが……私にはそんなつもりはない。

お嬢様が幸せな姿を見られるだけで幸せだ。

自分の手で幸せにしたいとは思わない。望まれれば別だが……。


――シャルロッテ様の望む幸せは、の側にはないから。


色々な意味で救ってくれた……大恩あるお嬢様の幸せは微力ながら私も守ってみせる。


という事で……まずはコイツを遠ざけて差し上げよう。

サイラスは瞳を細めてにこやかに笑いながら、紙に向かってペンを滑らせた。




【ハワードお断り!!】

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