ホットチョコレート(女子会④)
彼方とした女子会の翌日の夜。
アヴィ家に戻って来た私は、ホットチョコレートの入ったカップを持って、自室の外にあるバルコニーに出ていた。
始めは刺すように感じていた肌寒さが、メイ酒の入ったホットチョコレートを一口飲む度に、ポカポカと身体の中から暖まっていくのを感じた。
見上げた空には、一面の星空が広がっている。漆黒の中に
邸の周りには明かりが少ない為に、遠くの星までよく見えるのだ。
こうして星を見ていると……
街灯一つ無い田舎道。
実家から一時間程、車を走らせた所に地元でも有名な星の観測場所があった。道路の端に車を寄せて、家族皆で外に出ると……。
冬の澄んだ空気は、刺す様に冷たくて……しっかりとコートを着込んで、お母さんの編んでくれたマフラーと手袋を身に付けても、尚寒かった。寒さで真っ赤になる頬を手袋をはめた手で摩りながら、吐く息も白く上下に身体を揺すりながら家族皆で夜空を見上げた。
私はそこで初めて天の川を見た。
肉眼でもハッキリと星の一つ一つが見え、流星群でもないのに次から次に星が流れた事に感動した事を覚えている。
星空を見ながら、また一口。ホットチョコレートを飲み込んだ時……頭上の星の一つが流れた。
……あっ。流れ星。
流れ星に三回願い事をすると叶う……なんてジンクスがあったな。
星が流れた瞬間に慌てて願い事を唱えていた、幼い頃の自分を思い出した。
あんな一瞬で三回も唱えられるはずもないのに、必死になっていたっけ。
フフっと笑みを溢すと……。
「楽しそうね」
透き通る様な優しい声と共に、彼女が身に付けている細く大きな輪っか状のブレスレットやアンクレットがシャランと綺麗な音色が聞こえた。
「……セイレーヌ!」
「こんばんは。今夜は良い夜ね」
膝裏まで伸びた白銀色の髪に、銀色の瞳。
透ける様に白く滑らかな肌。床に付く位の白のロングキャミソール型のワンピースを着こなす清楚系の美女がフワッと眼前に降り立った。
「待ちきれずに早く来ちゃったわ」
ペロッと小さく舌を出したセイレーヌは、私を【赤い星の贈り人】にした女神である。
そして……
「アーロンは目覚めるかしら」
神アーロンの妻である。
「うん。確証はないけど、絶対に目覚めさせてみせるよ!」
「……ありがとう」
顔を曇らせたセイレーヌに、ガッツポーズ付きで断言すると、一瞬だけ驚いた様に瞳を瞬かせたセイレーヌは嬉しそうにはにかんだ。
セイレーヌは弱っていく夫や、様々な悪事に手を染める同胞達に心を痛めてきた。
私や彼方を気遣って、先送りにさせてくれたが、アーロンの目覚めを誰よりも心待ちにしている。
私のモットーは『私を含めた周りの人達が皆で幸せになる事!』
それは神であっても例外ではない。
アーロンの為のお酒が完成し、彼方の望みが決まったので、セイレーヌにコンタクトを取ったのだ。
……私達は明日、漸く《ようや》アーロンを目覚めさせる為の行動を起こす。
「昨日、彼方と女子会してたんだよ」
「そうなの?」
「うん。ジェネレーションギャップを感じる所もあったけど、楽しかったよ」
「ジェネレーションギャップ……って?」
「あー……。簡単に言えば、年齢の壁かなぁ?価値観と考え方にズレを感じたの。十歳の年の差の壁は大きかったよ」
腕を組ながら私はしみじみと呟いた。
何が違っていたか……それは、私が知っている事を彼方が全く知らなかった事だ。
それは他愛もない昔のCMだったり、昔の流行りの曲だったりしたのだが……。
「……十年ってそんなに長いかしら?」
「長いよ!」
そりゃあ、神族のセイレーヌからしたら瞬きをする間位の時間かもしれないけどさ!
人間の十年はかなり長い。
「人間って大変なのね」
セイレーヌは右手を頬に添え、首を傾げながら微笑んだ。
「でも、短い人生だからこそ、何事にも必死になれるのよね。人生を謳歌出来るって素晴らしい事だわ。私にはそれが羨ましいわ」
「……セイレーヌ?」
「ねえ……。『神にならない?』って私が聞いたら、あなたはどうする?」
「お断りします!」
「……即答ね」
セイレーヌは苦笑いをした。
普通は少し位、考えるのかもしれない。
神になれば大きな力を持てるし、色んな事が出来る。
だけど……私には必要なくない?
だって、チートさんは既にあって、自分のやりたい事を自由に叶えられている。
わざわざ神になる必要がそもそもないのだ。
「私は愛する人と同じ様に生きて、同じ様に死にたい。神になんかなりたくはない」
リカルド様やお兄様達を看取った後に、一人で何百年も生きていたくはない。
「そう……よね。馬鹿な事を聞いてごめんなさい。少し疲れているんだと思うの」
私の考えを聞いたセイレーヌは、小さく首を横に振った。まるで頭の中の考えを追い出すかの様な仕草だった。
……一体、どうしたのだろう?
いつもとは違うセイレーヌの様子に心配なるが、アーロンがいないせいで女神に負担がかかっているのかもしれない。
勝手にそう解釈した私は、セイレーヌを部屋の中に誘う事にした。
「セイレーヌ。中でホットチョコレートを一緒に飲まない?」
女神だから風邪を引いたりしないかもしれないが……少しでも、セイレーヌの頬に赤みをプラスしてあげたかったのだ。
「良いの……?」
「うん。セイレーヌが良ければ、是非。それでもって、今日はセイレーヌと二人で女子会だね!金糸雀も呼ぶ?」
金糸雀はセイレーヌの姪っ子にあたる。
二人も良いが、話の上手な彼女が居た方がセイレーヌがもっと元気になる気がした。
「ええ。そうしましょう」
微笑みながら大きく頷くセイレーヌを部屋の中へ促すと……………。
「呼んだ?」
いつの間にか金糸雀が私の部屋の中に居た。
「う、うん。今呼ぼうとしていたところだよ」
流石は叡智の魔女。呼ばれなくても来れるとは……。
「なーんてね。おやつを貰いに来たら、真面目そうな話をしていたから、ここで待っていたのよ」
「……なるほど」
ケロッとネタバラシをする金糸雀。
……まあ、呼ぶ手間が省けたのだから良しとしよう。
私達のやり取りを静かに微笑んで見ていたセイレーヌをソファーに座らせた私は、人数分のホットチョコレートやお菓子、紅茶等を異空間収納バッグから次々に取り出してテーブルの上に並べていった。
「さあ、三人の女子会を始めよう!」
そう言って、ホットチョコレート入りのカップを掲げると、セイレーヌは同じ様にカップを掲げ、カップを持てない金糸雀は、カップをコツンと嘴でつついた。
「まずは恋バナよね!シャルロッテからどうぞ」
「私?!」
「セイレーヌの方が良いんじゃない?」
「私もシャルロッテの話が聞きたいわ」
「えー?じゃあ、私とリカルド様が婚約した頃の話なんだけど……」
こうして、人間と魔族、女神の楽しい女子会に夜は更けていく…………。
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