新たな地へ…②

「お嬢様。暑くはないですか?」

「大丈夫です。」

「お嬢様。喉は乾いていませんか?」

「…大丈夫です。」

「お嬢様。お腹は空いていませんか?」

「大丈夫です!」

「あ、マッサージでも……」

「大・丈・夫・です!!」


船外に落ちそうになった私は、船内の一室に閉じ込められている。


自由に出来ないのは辛いが、リカルド様達にお願いされたら仕方が無い。


中で大人しくしているのだけど、サイラスが何かと世話を焼いてくれようとしているのだが…そもそも私は執事を必要としていないのだ。


『側で手伝ってくれる誰か…』と言うのであれば、侍女のマリアンナで間に合ってるし、舞踏会の様に豪奢に着飾る事がなければ、私一人で着替えでも何でも出来る。

異性の執事に出来る仕事は、せいぜいスケジュールの管理だろうか?

しかし、私には管理される程のスケジュールは無い。

よって執事は必要ない!


「何度も申し上げていますが、私に執事は必要ありません。なので……取り敢えず座りませんか?」

私は小さく溜息を吐いてから、目の前の空いているソファーへとサイラスを促した。


「いえ、私は使用人ですので。」

しかしサイラスは、そう言って私の傍らに立ったまま頑なに座ろうとはしない。


……どうしたものか。

困り果てた私が思わず視線をさ迷わせると、隣で涼しい顔をしているお兄様と目が合った。

「…お兄様。」

「うん?何?」

…『何?』って絶対に分かっていて聞いてるよね?!

「お兄様からも何か言って下さいよ…。」

「んー。好きにさせたら良いんじゃない?」

瞳を細めながら微笑むお兄様は…確実に面白がっている。


…お兄様はダメだ。

お兄様に頼るのを諦めた私は、私の反対側に座るリカルド様を見つめた。


「リカルド様…お願いします。」

両手を胸の前で握りながら潤んだ瞳を向けると、リカルド様は困った様な笑みを浮かべた。

「うーん…難しいかもしれないよ。サイラスは頑固だからね。」

「そんな……。」

リカルド様にもそう言われてしまったら為す術がないではないか。

シュンと眉を落とすと…リカルド様が私の耳元に顔を寄せ、私にしか聞こえない声で呟いた……。


「サイラス様。私のお願いは聞いて下さらないのですね…?」

悲しそうな顔でサイラスを見つめる。

「…シャルロッテ…お嬢様?!」

すると、目に見えてサイラスが慌て出した。

「そ、そんな!私がお嬢様のお願いを聞かない訳がないではないですか!」

「でも…座ってくれなかったじゃないですか。」

「それは…!」

「良いんです。私のお願いなんて…。」

ダメ押しとばかりに、ワンピースのポケットからハンカチを取り出して、涙を拭く素振りをすれば……。

「はい!座りました!!」

サイラスは駆け足で向かい側のソファーに腰を下ろした。


ふふふ。勝った!!

私は目元に当てていたハンカチを外し、サイラスを見ながら微笑んだ。

「なっ!?泣いてないのですか!?」

「はい。ごめんなさい。」


『サイラスは押しに弱いから、凄く悲しそうな顔でしてみて』

先程、私にしか聞こえない声でアドバイスしてくれたリカルド様。

サイラスの友達であるリカルド様は、友の性格をきっちりと理解していた。


流石、リカルド様。頼りになる!惚れ直しました!!

感謝の気持ちを込めた眼差しを向ければ、愛情の籠もった笑顔を向けてくれる。


「リカルド…。」

『恨むぞ』と言うサイラスの言葉を軽く受け流したリカルド様は、

「愛しい人と友達だったら、僕は前者を取るよ。悪いな。サイラス。」

人の悪い笑みを浮かべながらサイラスを見ていた。

こんなリカルド様は珍しいが、男同士はこんなものなのかもしれない。

そう、勝手に解釈する事にした。


「旅は長いのでしょう?でしたらあまり堅くならずに、ゆっくり行きましょう?」

「しかし…」

「サイラス。座ってしまった君の負けだ。諦めなよ。」

お兄様は渋るサイラスの言葉を押し止める。


私はそれに便乗をして、話題を変える事にした。


「これから向かう領地はどんな所なのですか!?」

そう。私にとって最も重要で大切な事だ。

好奇心を隠しきれなかった私の身体は正面のサイラスに向かって前のめりになってしまう。そんな私の両側からはクスクスとした笑い声が聞こえて来る。

今はそんなリカルド様やお兄様の反応よりも早く『米』の話が聞きたいのだ!!


そんな私の様子に、最初は戸惑って瞳を見開いていた様子のサイラスだったが、一度大きな溜息を吐くと、諦めた様に深くソファーに座り直した。

私と向き合うことに決めたらしい。

やったね!

私は内心で大きなガッツポーズを決めた。

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