さあ、最期の時間です②

「……っ?」


シモーネはジリジリと自らの身体が焼かれている様な暑さに目を覚ました。


「どこだ…ここは。」

辺りを見渡しても砂漠の様にしか見えない。


先程までシモーネは仲間達と楽しく酒を飲んでいた筈だった。ずっと狙っていたお気に入りの女を傍らに置いて。

今日こそは…あの若く美しいシャルロッテを自分のモノにするつもりだった。うぶなシャルロッテには、幾度となくを交わされて来たが、それさえもシモーネからすれば情事の前の駆け引きに他ならなかった。焦らされるだけ、手に入れた時の満足感は大きい。駆け引きに飽きたのなら強引に奪えば良い。それだけの話だ。手に入れた暁には、朝から晩まで飽きるまで欲望のままに抱いてやろうと思っていた。

だと言うのに、その肝心のシャルロッテはどこに行ったのだ。…それに一緒に居た筈の他の仲間はどこに行った?


暑さに顔をしかめながらシモーネが立ち上がると、視線の遥か先の方に豊かに生い茂る木々の姿が見えた。


あそこに行けば水でもあるかもしれんな。


渇く喉元をゴクリと上下に揺らしたシモーネは、そこに向かうべく歩みを速めた。


暑さのせいだけでなく、深酒をした後は無性に喉が渇く。


逸る気持ちとは裏腹に、砂に足を取られ思う様に歩く事が出来ず、体力だけがどんどん削られて行く。

小一時間は軽く歩いた筈なのに、視線の先にある豊かな木々達は、最初に見た時と同じ距離感のままそこに在る。


くそっ…。

シモーネはギリッと奥歯を噛み締めた。


何かがおかしいのには比較的直ぐに気付いた。しかし、歩みを止める事は出来なかった。歩みを止めたが最後…あっという間に体内中の水分が、カラカラに蒸発してしまいそうな不安が付きまとっていたからだ。

だから、辛くても体力が無くなっても歩き続けなければならなかった。


そうして…どの位歩いたか。

気付けば、今まで距離の変わらなかった木々が目前に迫っていた。倒れそうになる身体を叱咤し、最後の力を振り絞り、足がもつれそうになるのにも構わず走り出す。


み、水!水はどこだ!


求めていた場所に辿り着いたシモーネは、豊かに生い茂る木々の間を、微かに聞こえる水音を頼りに走り続けた。

小さな茂みをガサッと掻き分けると…。


小さな湖位の大きさの水溜まりを見つけた。傍らには飛沫が光に反射し、キラキラと輝いている滝もあった。


待ちわびた光景に、いても立ってもいられなくなったシモーネは、後先考えずに水の中へ飛び込んだ。乾いたスポンジが水を吸うように、シモーネの身体にも染み込んで行く。

全身を存分に水に浸らせたシモーネは、次に喉の渇きを癒すべく、滝の方へ向かってジャブジャブと水の中を歩いた。


湖の水も綺麗だが、滝から流れている水は更に澄んでいて綺麗だった。

両手で滝の水をすくい、口元に運ぼうとした瞬間…。


「うわっ!!」

シモーネは慌てて、掬った水を捨てた。


今まで綺麗だった筈の水が泥水の様に黒く濁っていたのだ。

混乱したシモーネが呆然と滝を見ていると、流れ落ちる黒い滝が濁流となり、シモーネを巻き込んで行った。



「…っ!ぷはっ!!」

濁流に飲まれ、溺れる様に意識を失ったシモーネが気付いた時。


「ここは…どこだ…?」


シモーネは荒れ狂るう海のど真ん中にその身一つで放り出されていた。

薄暗い黒い海では、高い波が何度も押し寄せて来る。ゴボゴボと何度も水を飲みながら、シモーネは沈まぬ様に必死に手足を動かす。

先程はあんなに望んだ水だが、こんな風に塩水が飲みたかった訳ではない。


意味も分からずに翻弄され、力尽きれば…また違う場所にシモーネは居た。


ある時はマグマの押し寄せる火山の中。

ある時は槍の降り注ぐ戦場の中。

またある時は真っ暗で何もない空間の中。


シモーネは自らの神の力を使う事も出来ずに、絶望と迫り来る死の恐怖を味わい続けた。




『まだまだ終わらないよ?』

クスクスと笑う声は、幸か不幸かシモーネには届かなかった。


******


シャルロッテは、両手に乗る位の大きさの蓋付きの瓶を見つめながら口元を綻ばせていた。


「流石はシャルロッテ。容赦がないね。」


隣から楽しそうな声がした。

八ヶ月振りに見たお兄様の笑顔は、楽しくて、楽しくて仕方無いと言った顔をしている。

私もこんな顔して笑っているんだろうな…と、そう思うと自分の事ながら軽く引きそうになるが、苦笑いを浮かべて瓶の中へと視線を戻した。


瓶の中ではシモーネが竜巻に巻き込まれて、グルグルと高速回転をしている所だった。


隣にある同じ大きさの瓶の中では、神①~④が洗濯物の如く、水中で高速回転している。


これらの瓶を彼方やクリス様、サイ、金糸雀

、リカルド様、ミラ、セイレーヌが眺めている。


シモーネの神殿へ連れて行かれた私は、お酒と睡眠薬の力を借りて、シモーネ達を潰した。

その後に、用意をしていた二つの蓋付きの瓶に神達を吸い込んだのだ。

その瓶を持ってセイレーヌの神殿で待っていたお兄様達と合流をした。


これを作ったのは勿論、ミラと私とセイレーヌだ。

イメージにしたのは西遊記に出てくる金角と銀角の持っていただが、名前を呼ばれて返事をしたら吸い込まれると言う従来の仕様ではなく、使用者が瓶の中に閉じ込めたい者の名前を呼ぶだけで簡単に捕らえる事が出来る。


そして、シモーネ達を溶かしてお酒にするつもりなんてない(絶対に飲みたくない!)為、これまた仕様を変えて、閉じ込めた者が自らの魔術を使用し、瓶の中に異空間を作り出す事が可能にした。これにより、シモーネ達にしている様な事が可能になるのだ。術者の使い様によっては瓶の中は現実にも、仮想空間にもなる。


私は、きちんと現実空間にして痛みを味合わせているけどね!


ミラ(チート)×私(チート)×セイレーヌ(神)


三者の能力を合わせて作ったこの魔道具は、国宝級の物に仕上がってしまった。

それも二つ。

因みにこの魔道具は、クリス様やお兄様の意向により、今回使い終わった後、王城の奥深くにある宝物庫に封印される予定だ。

解せぬ…。



まあ、作りたいと思ったらいつでも作れるし!!

…って、ごめんなさい。調子に乗りました!

謝りますから!瞳を細めないで!!


お兄様に平謝りしていると、

「主よ。そろそろ死にそうだぞ?」

サイがモフモフの足で瓶を指した。


瓶を覗けば、シモーネや神①~④が口から泡を吹き、グッタリしていた。


…まずい、まずい。


「彼方。よろしくね。」

「うん。分かった!」


彼方に声を掛けると、既に何度も繰り返してを掴んだ彼方が、シモーネ達を【回復】させた。

聖女である彼方が術を使うと、キラキラした金色の粒子が彼女の周りを取り囲み、一気に幻想的な空間となる。


「彼方も随分とシャルロッテに毒されたわよね。」

苦笑いを浮かべながら金糸雀が言うと、


「うむ。主は良くも悪くも影響力があるからな。」

サイがウンウンと頷いた。


「金糸雀とサイが…酷い。」

プウッと頬を膨らませると、金糸雀が首を傾げた。

「だって、本当の事じゃない?」


……うん。否定は出来ません。


金糸雀が言っているのは、彼方の【回復】の事である。


今回の復讐は精神的にも肉体的にもドン底に疲弊させ、神の力を削り取る事を目的としている。

その為に、瓶の中の現実空間で水攻め、火攻め等々…色々な苦痛を与えているのだが、神とて、ある程度の傷や衝撃を与えれば死んでしまうのだ。


そこで、『聖女』の出番である。


私自身、ポーションを作れるし、若干の回復も出来る。しかし、今回は私では駄目なのだ。チートを搭載している私では、何事も極端になってしまう。

つまり、私が回復しようとすると、相手をさせてしまうのだ。

…これでは意味がない。


死ぬか死なないかのギリギリのラインで、責め苦を与え続けなければならない。

『もう殺してくれ』と懇願させる様に。



初めはやはり躊躇してしまうからか、ほぼ全回復させてしまっていた彼方だが、《コツ》を掴んでからは、ある程度のダメージを残した上で暫くの間、責め苦を堪えられるラインで回復が出来ている。今回もバッチリだ。


人を傷付ける事の出来なかった優しい彼方を変えてしまった自覚はあるが、決して強要した訳ではない。


これは復讐なのだから。


だけど、彼方が楽しそうにニコニコ笑いながら瓶を覗いているのは…私のせいでは……。


…うん。私のせいだな。


この復讐を終えた時には、状態異常回復のポーションを作って彼方に飲ませようと心に決めた。



「シャルロッテ、次はどうするの?」

私の手をギュッと握ったリカルド様が微笑む。


「そうですね…。あ、そろそろコレに行きますか。」


私はリカルド様の手を握り返しながら、ニッコリ笑って皆を見た。

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