作戦会議①
「……そんなっ…本当に?」
話を聞き終えた彼方は、口元を押さえて絶句した。その顔色は青く、とても気分が悪そうに見える。
…無理はない。
兄だと思っていた者が、人間ですらない傀儡だった。そんな突拍子も無い事実を彼方は突き付けられたのだ。
彼方は自分の兄の罪に責任を感じ、死にたいとまで思って生きて来たのに……だ。
この世界に来て、治ったから良いものの…本来ならば負う必要のない傷を身体にも心にも沢山付けられて…。
余計な事をしてくれた神達には本当に腹が立つ。
「彼方…。」
彼方の隣に座っていたクリス様が、労る様に彼方の背中をゆっくりと何度も擦る。
そんな彼方達の様子を見守っていると…、隣に座っていたお兄様が私の頭を撫でて来た。
「お兄様?」
「…良いから、撫でられてて。」
首を傾げる私に、お兄様は苦笑いを浮かべる。そのアメジストブルーの瞳は、憂いを帯びている様に見えた。
「私は大丈夫ですよ?」
辛いのは彼方だ。私ではない。
心配をかけない様に笑顔を見せると、お兄様は苦笑いを深めた。
「うん。分かってるから、好きにさせて。」
お兄様は他人の心を読む能力を持っている。しかし、普段の生活では余程でないと使用する事はない。仕事は別らしいが。
私が分かりやすいのか、元々、他人の機微に聡いからか…。私の考えている事は基本的に全てお見通しだ。
だから、ここで私が自分の気持ちを優先しない事なんて分かっているのだ。
彼方と私は同じ事件の被害者だ。
人によれば、『命があるだけ彼方はマシ。』という人もいるだろう。
確かに、【天羽 和泉】としての器も人生も終えてしまった私よりは彼方の方がマシなのかもしれない。
しかし、『傷はほとんど癒え、後は時間や状況が解決してくれる人』と、『目に見える傷があり、直ぐにでも治療が必要な人』。どちらを優先にするかなんて、そんなの後者でしかない。
それでも、『心配するのは別な事だ』と。だから『勝手に心配させて』と、お兄様は言ってるのだ。
私は黙って、お兄様の好意を受け入れた。
お兄様の気が済むまで撫でられ続けるのだ。
「ええ…。同じ神として…情けない事だけど本当よ。」
私の正面のソファーに座るセイレーヌが、眉を寄せ悲しそうな顔で俯く。
「まあ。奴らのしそうな事だな。」
セイレーヌと、同じソファーに座っているサイは、黒く長い尻尾をソファーに打ち付けながら憮然とした表情で言う。
セイレーヌと同じソファーと言っても、ギリギリまで距離を取り、更に間に金糸雀が居る状態であるが。
意外にもサイは彼方を気掛けてくれているらしい。子煩悩なサイの事だから、彼方を愛娘の金糸雀に重ねているのかもしれない。
「あら、お父様。他の神達とは面識がありましたの?」
ちょこんと大きなソファーに乗っている金糸雀が、サイを見上げて首を傾げる。
「ああ。昔に少し…な。あいつらはずる賢く厄介そうだった。」
「…彼等は神族としての誇りを失ってしまったのです。」
「『驕り』ですわね。他者を見下してるから簡単に誇りを失ってしまえるのだわ。」
金糸雀がバッサリと切り捨てる様に言うと、セイレーヌが驚いた様に瞳を丸くした。
「そんな奴ら滅びてしまえば良いのに。」
珍しく、分りやすく怒っている金糸雀にセイレーヌも驚いたのだろう。
私も、最近は大好きなお菓子を食べて、ご機嫌な金糸雀しか見ていなかったから、こんな風に怒る金糸雀の姿を見るのは新鮮だ。
「…シャルロッテ?」
そんな風に客観的な目で見ている私に気付いたのか、金糸雀がジロリと睨んで来る。
「…ごめん。」
サイと同じく金糸雀は、彼方と私の為に怒ってくれているのだ。
「ありがとう。金糸雀。」
笑顔でお礼を言うと、金糸雀が真っ赤な顔をしてそっぽを向いた。
「べ、別に…貴女の為じゃないのよ!」
ツンデレか!!
可愛い…可愛すぎる…。
「メイ酒入りのチョコレート…」
「ん?」
「他にもフォンダンショコラとかお酒とか…」
「うん。分かってる。全部終わったら用意するからね。」
真っ赤な顔でそっぽを向いたままの金糸雀は、コクンと首を縦に振った。
サイはそんな愛娘の頭を優しく撫でている。
可愛い黒猫と黄色の小鳥が戯れている…。
…こんな状況なのに和んでしまったじゃないか。
話を進める為にも、一旦お茶を飲んで落ち着こう。そうしてカップを手に取り、飲みやすくなったお茶を口に含む。
さて…。
どう本題を切り出そうかと考えていると…。
バン!!!!
「シャルロッテ!!」
突然、部屋の扉が勢い良く開いた。
「…リカ…ルド様?」
思わずソファーから立ち上がる。
突然の現れたのは、珍しく慌てた様子の私の愛しい婚約者様だった。
一人を除き、室内一同唖然としている。
「早かったね。リカルド。」
お茶を飲みながら優雅に微笑んでいるお兄様。
…え?
この場に突如現れたリカルド様は、領地から呼び出されて一旦、帰ったとお兄様から聞いていた。
だからリカルド様には、後から説明するつもりだった。
…どうして?
首を傾げる私の元へ、リカルド様は足早にやって来る。そうして、ソファー前で立ったまま固まっている私の前までやって来て、ギュッと私を抱き締めた。
「無事で良かった…。」
しょぼんと垂れ下がったお耳と尻尾。
リカルド様にも心配をかけてしまった。
「…リカルド様、ごめんなさい。」
「シャルロッテが無事なら良い。」
リカルド様は首を横に振る。
抱き締められたリカルド様からはいつものあの匂いがする。
…コホン。
私はそっと、リカルド様の広い背中に腕を回す。
コホン。
シーラの匂い包み込まれて、幸せな気持ちになる…。
コホン。コホン。
…って、さっきから誰だ!感動の再会を邪魔するのは!?
咳払いが聞こえた方へキッと鋭い視線を向けると…。
「あれ…?ミラ?」
扉の前で口元に手を当てているミラが居た。
「俺の事見えてなかったでしょ。」
ミラはジトッとした眼差しを向けていた。
「…ごめん。ミラ。」
慌ててリカルド様から離れ、ミラに頭を下げると…。
「くっ……くくっ。あははっ!!」
お兄様は口元を抑えて笑いを堪えている。
もう堪えきれていませんが…?
周りにも視線を向けると、顔色の悪かった彼方がキラキラとした視線をこちらに向けている。
ああ…うん。
心なしか顔色が戻って何よりだよ。うん。
死んだ魚の様な目になるのを懸命に堪える。
「取り敢えず、座ったら?」
笑いを治めたお兄様が、ニコッと笑いながら言った。
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