目の前に居たのは…

「……で?これはどういう事なの?」


私は今、物凄く怒っている。


何で怒ってるかって?

それは、目の前にいる奴のせいである。

壁際まで追い詰めて、壁ドン(腕ではなく片足でドン)で身動きを封じている。


この世界の女性が素足見せるのははしたないのだが、制服のワンピースは長めだから問題無い。そして、今は非常時だから大丈夫!…多分。


「…一体、どういうつもりで鏡の中に連れ込んでくれちゃったわけ?きちんと理由を聞かせてくれるわよね?……?」


【道化の鏡】こと『クラウン』は、魔王サイオンの息子にして、終焉の金糸雀の弟。

奴は事もあろうに…私を断りもなく自身の鏡の中に飲み込んだのだ。

それも、この私が抵抗する間も無く!

これを怒らずにいられるか!!


「お、お嬢、足が見えてる!見えてるから!!お嬢の兄さん達に殺されるから…!!」


眼下のクラウンは、さっきからずっとブルブル震えている。


目覚めた時。目の前にクラウンの姿を見つけた時には正直ゾッとした。

予め、鏡の中に入るのが分かっていたって、心の準備には時間が必要だというのに…。


「事と次第によっては…粉々に壊してやるから。覚悟して。」


「ちょ!ちょっと待て!」


クラウンはポンと音を立て、鏡の姿から少年の姿に素早く変化した。

鏡の姿でなくなれば身の危険が減るとでも思ったのだろう。


「………チッ。命冥加な。」


「だから、令嬢が舌打ちすんなって!!つーか、命取るつもりだったのかよ?!」


「必要ならば何度でも。」


「何度も殺すな!俺の命は一つしかないんだ!普通に一回で死ぬから!!命大切に!」


「大丈夫。優しくしてあげるから。」


「……その心は…?」


「瀕死の状態まで痛めつけて、全回復させるの。それを何度も繰り返す。」


「まさかの極悪非道だった!!お前は魔物か!?魔物だったのか!?」


「大丈夫。楽には死なせないから。」


「どっちだよ?!さっきから『大丈夫』って言ってるけど、全然、大丈夫じゃねぇし!死ぬ未来しか見えないわ!!」


私は無表情のまま、おもむろに異空間収納バッグの中から、を取り出した。


「…分かった、分かったから!!俺が悪かった!!だから、その光ってる棒みたいなのを振り上げるの止めて!?」


…棒?いいえ。

これはちゃんとした金属バットです。

但し、対魔族用として色々と強化してますが?何か?


「…怖い!怖いから!!微笑まないでぇぇぇ!!」


…失礼な奴だな。

確かに悪役令嬢顔だから、それなりの表情をすれば怖いだろうけどさ。


クラウンに仕返しをしたら、連れ去られた恐怖や気分が少しだけ晴れた。勿論、本当に殴るつもりはない。クラウンには脅しだけで充分なのだから。


「それで?」

壁から足を外し、金属バットをバッグの中に戻しながら尋ねる。

眼下のクラウンは自主的に正座をしていた。


「そもそもここは何処なの?」


現在、私達は真っ白な神殿の様な造りの建物の中に居る。

疑問はそれだけでなく、他にも幾つか気になる事がある。


私が連れ去られる前のサイの様子がおかしかったのも気になる。

一瞬しか見えなかったが、あの警戒と緊張した様子は、息子であるクラウンに対する態度ではなかったと思うんだ。

そもそもクラウンが、単独でこんな事をしでかすだろうか?そもそもクラウンは私を怖がって近付かないのに。


「それは…」

「私が話すわ。」


思考の体制に入っていた私の耳に、クラウンの言葉を遮る形で、背後から第三者の声が聞こえて来た。

咄嗟に身体を強張らせ、声がした方を振り返ると…。


シャラ…シャラ…。

その人が歩く度に、身に付けている大きな輪っか状のブレスレットやアンクレットが音を立てる。

鈴の音色の様にも聞こえるその涼やかな音には、何故か不快感を感じない。


膝裏まで伸びた白銀色の髪に、銀色の瞳。

透けるように白く滑らかな肌。床に付く位の白のロングのキャミソール型のワンピースを着こなす清楚系の美女が私の元まで歩み寄って来た。


……誰?


その人はふっと深い笑みを浮かべ、口を開いた。


「私は女神セイレーヌ。会いたかったわ。愛し子シャルロッテ。」


透き通る様な優しい声音。

この声には聞き覚えがある。


…って、女神!!女神って…あの?!

どうして、女神がクラウンと繋がってるの!?


ジロリとクラウンを睨むと、正座中のクラウンの身体がビクリと大きく跳ねた。


はあ…。

私は深い溜め息を吐いた。


ポケットの中から取り出した、小さな包みを開けて、それを無理矢理にクラウンの口元に押し込む。


「む、むぐ………ぐっ?!!!」


無理矢理に飲み込まされる様に食べさせられたクラウンは、喉元を押さえながら悶える様に床でのたうち回っている。

私はそれを冷ややかに眺める…フリをして、ほくそ笑む。

安心して欲しい。これは毒ではない。


先程、金属バットを出す際に、こっそりとポケットに忍ばせていたのチョコレートである。

何かあったら使おうと思って忍ばせていたが、本当に使う事になるとは……。


まさかクラウンが、こんな大物と繋がっているなんて、思わないじゃないか!?

少し位、意地悪したって許されるだろう。

…うん。私が許す。


チラリと女神セイレーヌを伺うと、楽しそうな顔で私達を見ていた。


「え、…ええと…初めまして?シャルロッテ・アヴィです。」

スッと差し伸べられた手に、恐る恐る自分の手を重ねながら、頭を下げて挨拶をするが…


「違うわ。」


…へ?違う?


フルフルと首を横に振り、物言いたげな眼差しを向けてくるセイレーヌは、友好的な握手がしたかった訳ではない…らしい。

何故ならセイレーヌは、無言で私のポケットを見つめているからだ。


「………。」


私はポケットに手を差し込んで、もう一つあった包みをそっとセイレーヌの手の平に乗せてみた。

すると、セイレーヌの顔がパアッと明るくなった。


……正解だったようだ。


セイレーヌはいそいそと包みを開けると、嬉しそうな顔で頬張った。


「……っ!!!」

口元を押さえながら床に倒れ込み、床をドンドンと拳で叩いているセイレーヌの行動が、意味不明過ぎて訳が分からない。

そんなに不味そうなのに……何でそんなに嬉しそうなの?



クラウンの悶絶する状態を見たのに、同じ物が欲しかったなんて…女神は馬鹿なの?……それともマゾなの?


ゾワリと全身鳥肌が立つ。



「ふ…ふふっ……ふふふふっ…。」

長い髪を顔面に纏わりつかせながら、セイレーヌがゆらりと立ち上がった。


…怖い、怖い、怖い…怖いって!!


助けを求める様に後ろを見ると、青ざめた顔をしたクラウンが、大きく頷いた。


逃げな…


ガシッ。

食い込む程に腕を掴まれた。


遅かった!!!


リ○グだよ!螺○だよ!貞○だよ!?


「ひ、いやぁぁぁぁ!!!」

神殿の中に私の絶叫が響き渡った。

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