お酒のために乙女ゲー設定をぶち壊した結果、悪役令嬢がチート令嬢になりました

常磐 彼方

現実（リアル）の空気の読めない男の子よりも、優しい二次元の男の子の方が好き。夢見がちだけど、どこにでもいるような…私は、普通の女の子だった。

中学生になってから少し経った時、小学校からの親友が勧めてくれた【ラブリー・ヘヴン】と言う乙女ゲームにはまり、勉強と部活の合間を縫って、寝る間も惜しんでプレイをし続けた。

ラブへヴの攻略対象者は、全部で五人だ。キラキラ王道な王子様のクリストファーに、人懐こい笑顔が可愛いハワード、中性的なのが魅力のミラ、ちょっと意地悪なハーフエルフのサイラスに、ツンデレなルーカス。

昔から王子様が好きだった私は、一も二もなく、クリストファーに恋をした。

ヒロインが困っていると優しく手を差し伸べてくれて、危険な目に合えば一番に助けに来てくれる。

恋敵のシャルロッテに命を狙われながら、絆を深めて物語を進めていると、ラスボスである魔王との対決を前に、クリストファーがプロポーズをしてくるのだ。

そのまま無事に魔王を倒せればハッピーエンド。

倒せなかったら悲恋エンドになる。

今まで幾ら好感度を上げても全てが無駄になるのだ。

これはクリストファールート限定の設定なのだが…なかなか酷いゲームだった。

魔王がなかなか倒せず、何度泣かされたか分からない。実は倒し方にコツがあって、そのコツさえ掴んでしまえばなんて事もなかったのだが…。

ハッピーエンドラストの結婚式のスチルは私のお気に入りで、スマホでスクショして常に持ち歩いてた。

私がここまでゲームにはまったのには訳があった。

公式のヒロインのキャラクターが、偶然にも私と同じ【彼方】という名前で、尚且つ、私に少し似ていたからだ。

ちょっとだけ髪型を弄って、ダイエットを頑張ったら、ヒロインと瓜二つと言って良い位にそっくりになれた。

【自分に似た、同じ名前の女の子】

感情移入するのにはそれだけで十分だった。

クリストファーに愛されているのは私だと…これは運命の出会いだと、本気で思ってた。

この時の私は…。

あの日。

もう十回以上は繰り返したクリストファーエンドの真っ最中に、家の電話が鳴った。

普段は滅多に鳴らないのに珍しいな…と、自分の部屋に篭っていた私は、ゲームを一旦止（や）め、ドアに耳をそっと押し当てて、部屋の外の様子を伺った。

まあ、どうせ家庭教師とか、インターネットの勧誘の電話だろうけど。

「はい。…え！？そ、そんな…！！」

私の楽観的な考えとは別に、電話に出たお母さんの声は酷く動揺し、焦っている様に聞こえた。

…親戚にお葬式でも出来たのかな？

多少の不安を感じながらも、他人事の様に思っていた。

興味を無くした私がドアから離れて、ゲームの続きに戻ろうとした時…。

ガタン！！

突然、何かが落ちた様な大きな音が聞こえてきた。

「お母さん、どうしたのー？」

ドアを開けて廊下の方を覗くと、床に落ちた電話の受話器を持ったまま、呆然と座り込んでいるお母さんの姿が見えた。

「お母さん！？」

慌てて駆け寄ると、真っ青な顔をしたお母さんが、ボンヤリとした虚ろな瞳で私を見上げて来た。

いつも笑顔の絶えないお母さんからは想像もつかない顔。ざわざわと寒気がしてきて止まらない。

「…今、警察から電話が…あって……お兄ちゃんが…」

お兄ちゃん！？

私には五歳年上のお兄ちゃんがいる。

いつも優しい自慢のお兄ちゃんだ。

「お兄ちゃん！？お兄ちゃんがどうしたの？！まさか、事故にでも遭ったの！？」

床に座り込んだままのお母さんの正面で膝立ちになった私は、お母さんの両腕を掴んで、まくし立てる様に言葉を繋げていく。

「ちが…、違うの……。お兄ちゃん……光が…逮捕されたって…」

「逮捕！？…どうして、お兄ちゃんが！？」

『逮捕』？

逮捕って…あの逮捕？

あまりの衝撃に腰が抜けた私は、へたり込む様に床にお尻を付けた。

お母さんの両腕にすがり付きながら、次の言葉を待つ。

聞きたいけど…聞きたくない。

心臓が今までに感じた事の無い位にバクバクと鳴っているし、頭はガンガンに痛くて、吐き気がする。

「……桜区のデパートで起きた…あの事件の犯人が……光だった…って…。」

「……桜区のデパートの…って…」

一週間前にあった、あの『テロか』って騒がれた…事件の事？

確か…デパートの店員さんが一人亡くなって、怪我した人が複数人いたってテレビで言ってた。

あの事件の犯人がお兄ちゃんだと…言うの？

ピンポーン。

その時、玄関のチャイムが鳴った。

…あ、お客さんが来た…。出なくちゃ…。

力の入らない足でどうにか立ち上がろうとすると、お母さんが私の手を強く掴んだ。

「駄目よ…行かないで」

お母さんは泣きそうな顔で私を見上げながら首を横に振る。

ピンポーン。

またチャイムが鳴った。

「…で、でもほら、お客さんだから…」

お母さんを宥めながら、力の入らない足で立ち上がろうとするものの、なかなか立てない。

『ちょっと待って下さい』と、そうお客さんに呼び掛けようとすると……。

ピンポーン。

ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポンピンポンピンポンピンポン。

チャイムの音が連打に変わった。

……何、これ？

ギクリと自分の顔が強張ったのが分かった。

鳴り止まないチャイムの連打と、玄関のドアはドンドンと壊れそうな程に叩かれ始めた。

異様な状況が、私の胃の辺りをキリキリと締め付けてくる。

「すみませんー！○○新聞社ですが、息子さんの件で、少し話しを聞かせて貰えませんかねー？」

「常磐さーん？居るの分かってるんすけどー？」

「おい！人殺し！答えろよ！！」

ドンドン…。

ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン。

「嫌ぁーーーー！！！」

金切り声を上げて泣き叫ぶお母さんを抱き締めながら、私は呆然としていた。

どうして…？あれ？ちょっと待って…

警察から電話が来たのがさっきで……

…それなのにもう家が分かったの？

…何？何？何？何！？

意味が分からない。

お兄ちゃんは何であんな事件を起こしたの？

……………これは、現実なの？

私はギュッと固く瞳を瞑り、全ての雑音が聞こえなくなるまで耳を塞ぎ続けた。

――その後。私の家は、絵に描いた様な【家庭崩壊】を迎えた。

ドラマで見た事がある状況を、まさか自分が体験する事になるとは夢にも思わなかった。

事件のせいで仕事を失ったお父さんは、酒に溺れて、家で暴力を振るう様になり…やがて家に寄り付かなくなった。

そんなお父さんに代わって、生活費を稼ぐ為に夜の仕事を始めたお母さんは、それから半年も経たない頃、『仕事に行く』と私に言い残したまま……帰らなくなった。

仕事場の人に聞いた話だと、お母さんは店の若い男の人とどこかへ逃げてしまったらしい。

そうして、お父さんもお母さんも居なくなった私は…親戚の家をたらい回しにされた。

行く先々で厄介者扱いをされ、『殺人者の妹が！』と罵られる日々…。

ある時は、親戚のおじさんやお兄ちゃんが、私の寝ている部屋に忍び込んで来る事もあった。

いずれも私が騒いだので大事には至らなかったが、おばさん達には更に厄介者扱いをされ、叩かれたり殴られたりする事になった。

ご飯は貰えないし、酷い時には真冬の夜中に外に追い出された。

現実離れした日々の中、そんな環境の中で自分を守る為に身に付けた方法が無表情だった。

感情を殺してそうしていれば、『気持ち悪い』と叩かれる事が少しだけ減った。

高校に上がる年になるまで、ずっとそうやって自分の身を守って生きてきた。

…本当は誰かに助けて欲しかった。

私の王子様の登場を望んでいた。

でも…私は本物の彼方じゃないから、助けになんて来てもらえる筈がない。

こうして一生、暗闇の中で生きるしかないのだと思っていた。

本当はまだ死にたくなんてない。

…だけど…これ以上の苦痛を味わう事も嫌だった。

私は臆病者だから…自分で死ぬ事さえも出来無い。

…だから。どうかお願いします。

誰か、私を殺して下さい。

そして、私をこの地獄の様な日々から解放して下さい。

……そう祈り続けた。