チョコレート革命①

ダンジョン攻略から一週間。

自室のベッドの上で、ゴロゴロと転がっていた。


ダンジョンが消滅するまで後三週間位。


消滅したのを見届けるまで、安心する事は出来ない。

しかし…特にする事も無いのが現状だ。

午前中にそれも早い時間に、課題を済ませた私は、特にする事も無く…暇を持て余していた。


暇だし…何か新しい物でも作ろうかなぁ…。


ボーッと天井を見つめていると、視界に黄色い物が写り込んで来る。


金糸雀カナリアだ。


金糸雀は、アヴィ家の裏山にあったダンジョンのマスターであり、何と魔王の娘でもあるのだ。

そんな彼女は…現在、黄色の小鳥姿となってアヴィの邸に住んでいる。

金糸雀が私の側に居るのは…メイ酒漬けアイスクリームや美味しい食べ物目あてである。


私の部屋の中を自由に飛び回る金糸雀は、ベッドに転がる私の顔の横辺りに舞い降りる。


「今日は何を作ってくれるのかしら?」


尋ねてくる金糸雀へ、私は横になったままの状態で視線だけを彼女に向けた。


「何が良いかな?昨日は、フルッフのアイスサンドだったよね。」


【フルッフ】とは、ワッフルの様な形をしたパンケーキだ。

甘いカリふわなパン生地の間に、アイスクリームと甘酸っぱい果物を挟んだ、フルッフのアイスサンドを昨日はデザートとして作った。


王都でフルッフを食べて以来、フルッフにはアイスクリームが合うと思っていた。そんな期待を裏切る事なく、見事に美味しい組合せだった。

お兄様も大満足だと喜んでいた。

あの調子だと直ぐに再リクエストが来るだろう。

因みに、フルッフのパン生地は、娘大好きスケさんが得意だと言うので、教えてもらって私が作った。


「あれも美味しかったわね。私はシャルロッテが作る物なら何でも良いわ。」


金糸雀は嬉しそうな顔をして、小さな頭を傾げてみせる。

金糸雀は普通の小鳥の姿をしていると言うのに、驚く程に豊かに表情が変化するのだ。



…ふむ。

ここはそろそろ、アレを作る時なのかもしれないのだが…その肝心の物を私はまだ見た事か無い。


しかし、【叡智の悪魔】である金糸雀が、ここに居るのだ。

長命で知識も豊富な彼女に、相談してみる事にした。


私が欲しい物は【カカオ】だ。

チョコレートが大好きだった和泉は、そろそろ我慢の限界に近い。


私の知る限りでは、チョコレートの存在を確認出来た事は無い。

つまり、作るしかないのだ。


そして、数ヶ月に訪れる冬場は、和泉が生前に良く作って飲んでいた、ブランデーを少し入れて作る、大人の飲み物な方のホットチョコレートを飲んで楽しく過ごしたいのだ。

アルコール分を少し飛ばせばシャルロッテでもいける筈!!


勿論、チョコレートがあれば色々な物に使えるから便利だと言う思惑もあるけどね。


今までの経験上、類似品かそれに近い物がこの世界に存在していてもおかしくない。

問題はそれがどこにあるか…だが…。


瞳を閉じて暫く考え込んでいた、金糸雀の瞳が開いた。


答えは『YES』だそうだ。


魔力を封じられてはいるものの、弟である【道化の鏡】とだけは、シンクロする事が可能らしい。

どうやら二人で一緒に探してくれていたらしい。


…仕方が無いから、チョコレートが出来たら道化の鏡にもあげよう。仕方無いからね。

大事な事だから二回言ったよ!

リカルド様に化けた事をまだ根に持ってるよ。私は。


まあ、それは一旦、置いておこう。


待望のカカオだが…に有るのが分かったのだ。


これは何と言う偶然か…。偶然にしては出来過ぎている様な状況には、首を傾げるしか無い。

作為的な何かを感じつつ…金糸雀と一緒に厨房へと向かった。



*******


トントン。


「失礼しまーす。」


扉をノックしてから、厨房の中に顔を出す。


「あ、シャルロッテ様。いらっしゃいませー。」


私を見つけ、ニコリと笑うのは、魔術の使える料理人であるノブさんだ。

デザート担当のひょろっと細長い青年だ。


「また何か作るんですか?」


「はい。その前に、探してる物があるんですけど…。」


私はカカオ豆の特徴を次々に口にして行く。


「んー…豆…ですか?」


ノブさんは腕を胸の前で組みながら考え込んだ。


「あ、そう言えば!」

何かを思い出したらしいノブさんが、ポンと小さく手を打った。


「半月前に行商が持って来たんですが、いまいち使い方が分からない物だったので、料理長が一度だけ使った後は食料庫に置きっ放しになっている、アレかもしれません!ちょっと待ってて下さいね。」


ノブさんは食料庫の方へと駆けて行く。


「あの料理人は魔術が使えるのね。」


私の肩に止まっていた金糸雀が、ノブさんの背中を見ながら言う。

普通の鳥なら厨房はアウトだが、アヴィの邸に住んでいる皆は、金糸雀が普通の小鳥では無いのを既に知っている為、咎めたりはしない。


「分かるの?」


「ええ。魔術を使える程の魔力持ちは、身体の周りに色が浮き出て見えるの。」


それは、オーラの様な物だろうか?


「あの料理人は一般的な青。…シャルロッテは、赤に金色の縁取りの珍しい色をしているわ。」


金糸雀は私をジッと見つめた後に、意味ありげな微笑みを浮かべた。


もしかして…気付いてる?


魔力を封じられている筈なのに、金糸雀の能力は底が知れない。


「金糸雀…?」


金糸雀の真意を聞こうとした所で、ノブさんが戻って来てしまった。


「ありましたよ。」


ノブさんは白い布袋を広げて見せる。


色々聞きたい事はあるが…取り敢えず、目の前にある目的の物に専念する事にしよう、。

金糸雀には後で聞けば良いだけだ。


私は、ノブさんの広げる白い袋の中を覗き込んだ。


「これが…」


「はい。【ココの実】だそうです。」


私はココの実を一粒取り出した。


茶色と緑が混じった様な色の実である。

カカオの実とは違って、真ん丸な形をしている。上下に振れば、カラカラと中から音がした。


私とノブさんがココの実を手に取って見ていると、料理長であり、最近、髪が薄くなって来た事が悩みの最年長のカクさんと、『娘は目に入れても痛くない』と公言している娘大好きスケさんが近付いて来た。


「シャルロッテ様…ソレを使うのですか?」



「はい。全部使っても構いませんか?」


「全部ですか!…いえ、構いませんよ。残念ながら私では手に負えませんでしたから。」


「カクさんは調理してみたのですよね?」


「はい。聞いたままの調理方を試したんですが…やたら時間は掛かるし、苦いしで…散々でした。」


料理長の腕を持ってしても散々とは…。


あれ…?『聞いたままの調理方』?


「因みに…どんな調理の仕方をされたのですか?」


カクさんが聞いたと言う調理方法は、チョコレートの作り方に似ていた。

しかし、聞いた限りでは甘味料を一切入れていない様で…それはそれは凄く苦そうだった。


行商によれば、遠い南の小国の【ココトート】と言う食物らしい。

響きは凄くチョコレートっぽいのだが…恐らくは薬として使われている物なのだろう。


チョコレートには、血圧低下、動脈硬化防止、老化防止、虫歯予防等の効果があるらしいからね。


話してる内にその味を思い出したカクさんは、苦虫を噛み潰した様な凄い顔をした。


機会があれば、いつか現地に行って本場の【ココトート】を試してみたいと思う。




「…さて、作業に取り掛かりますか。」


私は、自分専用の白いエプロンを身に付ける。

本日の見学者はカクさん、スケさん、ノブさんに金糸雀だ。

四人は、私の正面に回り込むと、私の手元へと注目を始めた。

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