ダンジョン④の5

「あげたら良いんじゃない?」


軽ーくそう言うのは、ニコニコ笑うお兄様だ。


お兄様の言葉に、金糸雀がハッと顔を上げる。


「シャルロッテの作るアイスクリームは凄く美味しいよ?」


「た、食べたいです!!」


「あげても良いんだけど…。」


お兄様は金糸雀を見下ろし、瞳を細めながら口角を上げる。


「な、何でもします!!」

言いながら、お兄様にすがり付く金糸雀。


「じゃあ、君の知ってる情報を全部教えてくれる?」


「はい!喜んで!!」


金糸雀は敬礼をしそうな勢いで即答する。


それで良いのか。魔王の娘よ…。


まるで、危険な薬物の依存者と提供者みたいな会話になってるけど…。

普通のドライフルーツが入ったアイスクリームを、あげるかどうかの話だったよね?!

私の認識は間違ってないよね?!


また…我が家の魔王お兄様がヒールっぽい役をすると…凄く似合ってしまうのが怖い。


私はそんな二人の不思議なやり取りが終わるまで、ミラ達と共に黙って見続ける事になるのだった。



「はい。どうぞ。」


「これが…夢にまで見た…!!」


特別な時に食べようと思って、コッソリ隠していた私の大事なメイ酒漬けアイスクリーム…。それをお兄様が私から奪い、金糸雀に手渡した。


私の大事なアイス…。


金糸雀は一口、一口、感激しながら口に運んでいる。

どうやら、魔物でも美味しいと思える味の様だ。


そうこうして、お兄様が引き出してくれた情報を纏めると…。

やはりこのダンジョンは地下十階が最終階層らしい。ダンジョンの支配者である金糸雀が倒されるか、或いは、ここから金糸雀が立ち去った後、一ヶ月間程戻らなければ、自然とダンジョンが消え失せる仕組みになっているらしい。


そう言う事ならば、一刻も早く金糸雀をここから連れ出したい。

そうすれば、私の是が非でも叶えたい願いが叶うのだから。


その為に、一年位は金糸雀を抑えておきたい。

今は、メイ酒漬けアイスクリームに夢中になっている金糸雀だが…彼女は魔物だ。しかも魔王の娘で、知性が有り、知能もかなり高い。

約束を反故にし、心変わりをした金糸雀が、急に残虐にならないと誰が保証出来るだろうか…?


監視を兼ねて、アヴィ家に置くのは良い。

しかし、【叡智の悪魔】を側に置く事での弊害は無いのだろうか…?


怒った魔王が攻めて来たりしないだろうか…。



プニッ。

一人、思案する私の頬をお兄様がつつく。


「お兄様…。」


プニッ。プニッ。

また二度、頬をつつかれる。


「…お兄様?」

人が本気で考え事してるのに…。


「可愛い顔が台無しだよ?シャルロッテ。」

と、優しい顔で微笑むお兄様。



そんなお兄様を睨む私の前に、


「シャルロッテ!あのアイスクリーム?美味しかったわ!凄く凄ーく!!…もう無いの?」


空気を全く読まない金糸雀が乱入して来た。



「もうありませんよ。」


「そう…。」

シュンと悲しそうな顔をする金糸雀に、私は思い切って質問をぶつけてみる事にした。


「そんなに美味しかったのですか…?」


「ええ。勿論よ。こんなに冷たくて甘い、美味しい食べ物は初めてだわ。」


「…アイスクリームを毎日あげるって言ったらどうしますか?」


「アイスクリームを??それは勿論、貴女に服従するしか…って…ああ!貴女は私が約束を違えたりしないのかが心配なのね?」


「えっ!?」


核心を突かれた私は、思い切り驚いた顔をしてしまう。

そんな私をクスクスと笑いながら見る金糸雀は、一つの腕輪を取り出して見せた。


金色に輝く腕輪には、何やら蔦や鳥等の綺麗な細工が施されており、見ているだけでも楽しいのだが…。


「これは…?」


「貴女に【飼われてあげる】って言ったじゃない。それは何も口約束だけの話じゃないのよ?」


首を傾げる私に、金糸雀は丁寧に説明をしてくれる。


これは【籠の鳥】と言う、魔封じの腕輪だそうだ。

その名の通り、鳥に変化させてしまう腕輪だ。

この腕輪をはめられた者は…《死ぬ》か、《腕輪をはめた者に外して貰う》か、《腕輪をはめた者が死ぬ》か。この三パターンで外す事が可能だそうだ。

腕輪がはめられている間は、魔力が一切使えなくなり、元々魔力の高い者ならば話す事は出来るが、魔力の低い者は本物の鳥の様にしか鳴く事が出来無い。

そんな怖い腕輪であるらしい。


「本当は貴女を捕まえて、私のペットにしようと思ってたのよ。…そんな顔しなくても

そんな事しないわよ。『思ってた』って言ったじゃない!」


金糸雀は苦笑いを浮かべる。


「貴女から魔力を奪って、籠の鳥にするよりも…私が鳥になって、貴女の見る世界を一緒に見た方が面白そうだと思ったのよ。どうせ人間の寿命なんて百年位なんだから。私達からすればそう長くもない年月だしね。どう?これで安心した?」


と、金糸雀は楽しそうに笑う。


「見返りは、メイ酒漬けアイスクリームか、美味しい食べ物でも良いわ。どう?」


これで金糸雀を拘束出来るなら、願ったり叶ったりだが…。


「こ腕輪が信用出来無いのであれば…そこの坊やに鑑定して貰ったら?」

金糸雀は視線でミラを指す。


ミラが鑑定を使えるのも知っている…か。


「鑑定しようか?」

尋ねてくるミラに、私は首を横に振る。


「いえ。鑑定は必要有りません。」


「そう。じゃあ、これこから宜しくね?」


ニコリと微笑む金糸雀から、腕輪を受け取る。

そうしてそのまま、金糸雀が差し出す左手に、私は【籠の鳥】をそっとはめた。


腕輪が金糸雀の腕に、はまった瞬間。

私と金糸雀の周りを黄金の光が包み込む。


…っ!!


黄金の光が消え失せた後には、黄金色をした小さなが居た。


「……金糸雀?」


「ええ。そうよ。これで信じてくれた?」


黄金色した小鳥が、小さく首を傾げる。


金糸雀なだけに…カナリアって、安易では無いだろうか?


首を傾げる私に、

「細かい事は気にしないの!」

金糸雀はフフっと小鳥の姿で笑う。


……可愛い。

ちょっと和んだ私は、異空間収納性バッグの中に残して置いたドライフルーツ入りのパウンドケーキを、手の平に乗せて、金糸雀の口元に持って行ってあげる。


「な、何コレ!?美味しいんだけど!」

金糸雀は一心不乱に、パウンドケーキをつついている。


「はぁ…し・あ・わ・せ~。」

お腹をポコンと膨らませた金糸雀は、私の肩に止まって休み始める。


もしかして…金糸雀が小さな鳥になりたがったのって…。

小さな鳥なら少量でも、お腹いっぱい食べれるって言う!食い意地が理由じゃないよね…?


私が意味深な視線を金糸雀に送ると、その視線の意味に気付いたのか…小さく首を傾げ、左足を掲げると、『テヘッ』と小さな小さな舌を出して笑った。

その左足には、金色に輝く小さな輪っかがはめられている。



何か色々あったけど…………。


「ダンジョン制覇完了!!!!」


私は叫びながら、大きく背伸びをした。



「シャルロッテ、今までお疲れ。」

「シャルロッテ様。お疲れ様でした。」


安心した様な笑みを浮かべるミラと、サイラスに、私は頭を下げた。


「二人共、本当にありがとう。」


そして、お父様達にも頭を下げる。


「お父様も皆さんもお疲れ様でした。」


お父様とリアの面々は、しおらしい私の姿に違和感でも覚えたのか…途端にザワザワし出した。


こら!感じ悪いと……爆破させるぞ?!

ニッコリ笑う私に、お父様達の背筋がピーンと伸びる。


「「「「お疲れ様でした!!」」」」


斜め四十五度の角度に、皆が揃って頭を下げる。


うん。挨拶は大事よ?



私達は、地下十階から転移魔法を使用し、ダンジョンからアヴィの邸へと一気に戻って来た。

本日は、これで解散だ。

また一ヶ月後に、調査をする事が決まった。その時に、ダンジョンが消滅したのを確認出来たら、この探索チームは、そこで本当に解散となる。


最終日には、ご馳走を用意して…皆で最後を祝うのも良いかもしれない。


私は心に決めた。



余談だが…別れ際にサイラスが、アヴィ家の執事であるマイケルに弟子入りしようとしたのを止めるのは…なかなかに骨が折れた…。

…勘弁して欲しい。早く帰りなさい。



後日、アヴィ家のお父様の書斎には、【道化の鏡】が壁に掛けられた。

まるで、白雪姫に出てくる魔法の鏡の様な圧倒的な存在の鏡は…日々、お父様の愚痴や悩みを聞き続けてくれたとか、くれなかったとか。


憐れな道化の鏡よ。頑張れ!


【終焉の金糸雀】は、小さな小鳥のカナリアの姿のまま、私の側に居る事を選択した。気が向いた時には、人生のノウハウを私に語りながら、美味しい物を堪能し続けたそうな。

美味しい物を食べたり飲んだりして、幸せそうな金糸雀を見ていると…魔王の娘なのも忘れ、私自身も充分に癒されてしまった。


こうして我が家には、魔物ではあるが、二人の家族が仲間入りしたのであった。


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