ダンジョン②の2

「作戦開始!」

お父様の号令で、【喰喪くも】の討伐が始まった。


自分達の周りを何も侵入出来ない《完全結界》を張った状態で、手で目元を覆い、喰喪の討伐を見ない事にした。


あちこちで何とも言えない絶命の叫びが響く。

そこに笑い声は混じって無い。


討伐は順調みたいだ。その事に安心する。



「…ハワード様は参加しないのですか?」


私の隣にいるハワードに話し掛ける。


暗に『私の側にいるな』と言っているのだ。


「ああ。ここに居る。」

「…そうですか。」

あからさまに声のトーンを落としてしまった私。


「俺は本当に嫌われてるんだな。」

ハワードが笑ったのが気配で分かった。


「ハワード、しつこいからね。」

お兄様も笑う。


「しつこくしてる自覚はあるけど、止まんないんだよなぁ…。」


「騎士団長目指すなら直さないと。」


「…俺、馬鹿だから夢中になったらこう…真っ直ぐに突っ走るんだよな。」


哀しそうな…寂しそうな言い方をしたハワード。

そんなハワードが気になった私は、目元を覆っていた手をずらして、彼の方をチラッと見てみた。


…筋肉ワンコがションボリしてる。


私の視線に気付いたらしいハワードは、此方を見下ろした。



…っ。目が合う…!!


咄嗟にまた目元を手で覆う。



「シャルロッテ嬢は、なつかない猫みたいだな。」

ハハッと笑うハワード。


「シャルは可愛いからねぇ。」


しみじみといった風に言うお兄様。


何を言ってるの!!


「ルーカスが羨ましいよ。」

「シャルロッテはあげないよ?ね。」


…今、って…然り気無く強調しなかった?


「ルーカスは怖いなー。」


「シャルロッテが良いって言うなら『お兄様』呼びは許すけど?」


「呼びません!!」

私はキッパリ告げる。


「即答だな…。」

苦笑いを浮かべているだろうハワード。



「さて…と、蜘蛛の討伐は終わったらしいよ。」

お兄様がフワッと私の頭に手を乗せた。


…早いな。流石、【リア】の面々。


「後は糸の回収か。シャルロッテは先に進んで待ってると良いよ。」


…喰喪の死骸と体液だらけであろう、ココを通れと…?


「じゃあ、ハワード。宜しく。」

「はいよ。」


…ハワード?


「…きゃっ!」

突然の浮遊感に、覆っていた目元の手を退けた。


目の前にはハワードの顔がある。


…どういう状況?

現状を理解するまで数十秒。


「ハワード様!降ろして!!」

ハワードの腕の中でジタバタと暴れる。


お姫様抱っこで、この階を通り過ぎると言う事だろう。


お兄様といい、ハワードといい…お姫様抱っこは普通なんですか?

荷物の様に担がれるのも嫌だけど…この体制は顔が近いのだ。


「暴れると落ちるぞ?良いのか?」

楽しそうなハワード。


本当に落としたりはしないだろうけど、落ちた事を想像するだけで、無意識に身体が震えた。


喰喪の死骸がいっぱい…。


思わず、ハワードの胸元をギュッと掴んだ。


「ちょ…!大丈夫!落としたりしないって!!」

私が泣くと思ったのか、慌て出すハワード。


前後左右と挙動不審に揺れる茶色の瞳を見ていたら、何だか可笑しくなって来て…


「プッ…」

思わず吹き出してしまった。


口元を押さえて笑う私を見たハワードは、一瞬、目を丸くした後。ニコッと目細めた。


「笑うなよ!泣くんじゃないかって…焦ったんだからな?!」


「ごめんなさい…つい。」


「全く…。」


私を見る瞳が優しく細められている。


「歩くぞ。目は閉じてた方が良いんじゃないのか?」


その言葉に素直に従う事にする。


「宜しくお願いします。」

大きく頷いてから目を閉じる。


「任せておけ。」

ハワードはそう言って歩き始めた。


お兄様より少し大きい腕の中は、ガッシリしていて安心感があった。

緊張しているのか…少しだけ速い心音が聞こえる。

心音を聞いている内に、ガチガチに固まっていた、私の心が解けて行くのが分かった。


私は意地を張っていたのだ。

ゲームの中のハワードにこだわり過ぎて、ここに居る現実の彼を見ようとしてなかった。


ハワードはこんなにも頼りになるし、面白く優しい人なのに。


大丈夫。ハワードは怖くない。

だって、こうして私を助けてくれた。

私を断罪したりしない…。



だから、素直になろう。

後で『ありがとう』と伝えよう。

『今までごめんなさい』と謝罪しよう。

たまになら『お兄様』って呼んであげても良いかもしれない。


私はそう心に決めた。







…これが所謂【吊り橋効果】だったと気付くまで、後少し。

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