夢③

(ここに確か…!)


力任せに本棚を動かそうとするものの、ビクリとも動かない。


「ルーカス様。そこに何かあるのですか?」


カイルが近付いてくる。



カイルが知らないのも無理はない。


隠されてるのは、アヴィ家の一部の人間しか知らない秘密の通路なのだから。


「ここに隠し通路があるんだ!」


ルーカスの言葉に、カイルは目を丸くして驚いている様だ。


「これが…動かないという事は、中から鍵が掛かってるんだ!!」


ルーカスはハッと弾かれた様に踵を返して、書斎から駆け出した。



シャルロッテはあそこにいる!!




ガサガサと庭の横の茂みをかき分けながら進む。

すると、少し開けた場所に見知った姿が横たわっているのが見えた。


「…マイケル!!」


駆け寄ると、執事のマイケルが血だらけで倒れていた。


近くには三体の魔物の死骸。


これらと戦ったのか…。


マイケルの片眼は抉られた様で、真っ赤に染まっていた。

心臓に耳元を近付けると、凄く弱いが鼓動が聞こえた。


「マイケル!マイケル!しっかりするんだ!」


ルーカスの呼び掛けに、マイケルがピクッと小さく反応した。

口元が微かに動き、何かの言葉を紡いでいるが、小さ過ぎて聞こえない。

口元に耳を寄せると


「る…カス…さ…ま。すみませ…ん。だんなさま……やくそく…かなえられな…」


瀕死の状態なのに、マイケルは父との約束を気にしているのだ…。

執事マイケルの忠心に涙が滲む。


「もう、大丈夫だ。陛下が騎士団を貸して下さった。だから、今は安心して眠ってくれ。」


ルーカスは一筋の涙を溢し、マイケルに向かって回復の呪文を唱えた。


翳した手が光に包まれる。



失った瞳は戻す事が出来ない。だけど傷は塞がった。

弱っているが、ゆっくり静養すればマイケルは生きられる。


マイケルを助けられた事にホッと安堵する。


そして、彼がここに居たという事は間違い無く、シャルロッテがあそこ居るという事だ。


マイケルが父とした約束。


それは多分、シャルロッテの事。


シャルロッテを無事な所に隠した後、マイケルは助けを呼びに行こうとした。その時に魔物に襲われたのだろう。

そして、マイケルの片眼が失われた頃に父の魔術が作動し、深手を負いながらも命は助かったのだ。


マイケルの身体をゆっくりと、木の根元に移動させ、周りの安全を確保した後。


ルーカスはシャルロッテの待つ場所へと駆け出した。





辿り着いたのは、隠し通路の出口。


少し錆び付いた重い扉をゆっくりと動かす。


太陽の光が差し込み、暗い通路を照らし出す。


「シャルロッテ!!」


扉の直ぐ近くにシャルロッテが見えた。


呆然と座り込んだまま動かないシャルロッテ。


駆け寄り、ケガ等が無いかを確かめる。

服は汚れているが、大丈夫そうだ。


「…無事で良かった!」


ルーカスはシャルロッテを抱き締めた。


腕の中にある愛しい妹の体温を実感して、ルーカスは潤む瞳を止められなかった。


ルーカスの背中にそろそろ両手を伸ばしてくるシャルロッテ。ルーカスは更に、強く抱き締めた。


「…おに…いさ…ま?」


「そうだよ!一人にしてごめん…。もう…大丈夫だから…。」


「お、お兄様…!!」


ルーカスにギュッと抱き付きながらシャルロッテは泣いた。大きな瞳が溶けてしまいそうな程に、ボロボロと涙を流し、声を上げて泣き続けた。



暫く泣き続けていたシャルロッテの身体がふと、重くなった。

どうやら、泣き疲れて意識を失ったらしい。


眠る妹を横抱きに抱え上げて、ルーカスは扉の外へと出た。


意識を失ったシャルロッテは、そこから丸二日もの間、眠り続けた。



そうして、シャルロッテが目覚めた時は両親や、領民、邸の使用人達の合同葬儀の日になっていた。


両親の綺麗な死に顔を見たシャルロッテは、泣き崩れた。


「お父様…お母様…マリアンナ…皆!!」


両親の棺と共に並ぶ沢山の棺を前に、シャルロッテの涙は止まる事が無かった。


「…ごめんなさい。私なんかが…生き残って…ごめんなさい…」


壊れた様に泣き続ける、シャルロッテをルーカスは黙って支え続けた。


両親の棺を見つめ、亡くなった両親の分もシャルロッテを愛すると決めた。


そして、両親の仇を取る為。

忌まわしき魔物達を殲滅させると、棺の中の両親に誓ったのだ。



『どうか幸せになって』『貴方達を愛してる』


兄へ母の言葉も届けられぬまま…

歪んでしまったシャルロッテと、戦いの中に意味を見出だしてしまったルーカス。



二人は破滅へとカウントダウンを始めた。


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