断章2 いつの間にやら四畳半

 ここは果て。

 ただそう呼ばれる場所。

 未だにそれしか分からなかった。

 ――ただ、大きな変化が起こっていた。

《どうだいこの部屋は、何か思い出すかい》

 そう、謎の声曰く"粋な計らい"だという。

 四畳半らしいそこはすり切れた畳が敷き詰められ、くたびれた煎餅布団と折りたたみのテーブル。壁紙もボロボロで、天井も異常に低い上に裸電球がぶら下がっていた。

 もう一つ大きな変化がある。

 それは"仮の肉体"だった。

 ただ、その肉体は記憶のように曖昧でぼんやりしている。どこか捉え所の無いそれは、仮というに相応しいほど特徴もなかった。

「いや、全然。むしろ長い間あの状態だったから違和感がある」

 それこそかなり長い間、何もない空間で漂っていたために体を与えられた直後は激しいめまいや吐き気に襲われてただただ藻掻くしか出来なかった。

 その苦しみを思い出したので、煎餅布団に身を任せた。薄すぎて、少し背中が痛い気がするが、布団としての最低限の用途は果たしている。

「違和感あるなぁ……」

《そうかい、そのうち慣れるさ。出来るなら、慣れる前に思い出して貰いたいけどね》

 おどけるようにそう言った。

 謎の声は声だけなのは相変わらずで、何を考えてるのか全く分からない。

「そういえば、この部屋は私に何か関係があるのか?」

《関係無いよ。だって、この情景はこっちの記憶から造ったものだからね。》

 あっけらかんとそういう謎の声に呆れてしまった。

「なんだそれは……」

《こっちの方が雰囲気出るだろう。それに君のことはそこまで知らないんだよ》

《――まぁ、もし知ってたとしても教えられないけどね》

 さも残念そうな声だが、どこだか楽しんでるような雰囲気もあった。

「うーん、透子とうこ……誰なんだろうか」

 寝返りを打ち、体を丸めて唯一の手掛かりについて考ていく。

 ただ、考えるとは言ってもその名前と一瞬のフラッシュバックで見た映像だけしか手掛かりがない。そんなものだけでは必然、何も思い浮かぶ事はなく、焦燥だけが募っていく。

《そういえば、フラッシュバックはどんな内容だったんだい?》

「え? あ、ああ、一瞬だったけど火を操る少女と氷付けになった女性が見えた。それ以外は……何も」

 意外すぎる謎の声による問いに、私は間抜けな声を出してしまった。だが、そのおかげでか分からないがある一つの推論にたどり着く。

「――そうか!! もしかするとどっちかが透子なんじゃないのか!」

《必然、そうなるだろうね。でも、それが君にどう結びつくのか分からないね》

 がばっと起き上がり声を上げる私に、痛いところを突いてくる謎の声。やはりどこかその声は楽しげであり、こちらをからかって面白がっている印象がある。

「そう……そうなんだよな。」

 意気消沈し、再度布団に身を任せる。

 今度は、仰向けで大の字に寝転がった。

 その視線の先にある木目の天井をぼーっと見つめて何か無いかと考える。

 ――刹那、言いようのないデジャヴに襲われる。

 と同時に、異常な程の頭痛が襲いかかってきた。

「――ッ!? グガァッ――!?」

《ちょっと君、大丈夫かい!》

 その尋常ではない様子に、謎の声もにわかに困惑の色を深くしている。流石に、少しはこちらを心配してくれているようだったが今の私にそんな事を気にする余裕などなかった。

「あ、頭が――割れるようだッ!!」

 のたうつような痛みで布団を破かんばかりに握りしめてぐっと耐えるのだが、その痛みはどんどんと強くなっているようにさえ感じた。

 べっとりと脂汗を浮かべ、手が白くなるほど布団を握りしめる。

《君、おい! おい、ここで終わりか!》

 どこか焦りにも似た声を出す謎の声が、どんどんと遠のいていくように感じる。明らかに強う語調であろうそれは、耳に届かないほどに遠のいていく。

「……そうか、ここで終わりか」

 ――ふと、そう諦めかけた時、異常な程の痛みを生み出していた頭痛はすっかりと消え去り、それと引き換えかとでも言うように以前とは別のシーンがフラッシュバックした。

 まるで連続写真のように複数の場面がフラッシュバックしていく。それは以前のフラッシュバックとは比べものにならない程の情報量だった。

「そうか――そうだったのか」

《!? もしかして何か思い出したのか》

 先程とは別の意味でただならない私の様子に、謎の声は驚いた声を上げた。その驚きもまた、普段の謎の声にしては珍しいものであった。

 あまりの情報量に目眩がしそうな程だったが、構わずに得られた情報を整理していった。それらは事実なのだろうが、理解できないものも多かった。

 とりあえずこれだけは言える。

「私には氷見怜子れいこという妻と氷見透子という娘がいたらしい。そして、私の名前は――」

《「――氷見龍章」》

 そう二人の声が重なる。

《そうだ、やればできるじゃないか》

 謎の声は、とても嬉しそうにそう言ったのだった。

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