第五章 三万六千キロの殺意
第49話 俺は一体……
「おにぃちゃん、あそぼうよぉ!」
小さな姿が俺の腕にまとわりついて、人懐っこい笑顔を見せる。
「しょーがねーな。……よーし、……いくぞーっ!」
俺はその手を握って走り出した
◇
がばっと飛び跳ねるように起き上がった。
「今のは……?」
何処か懐かしいような感覚が俺の中に残ったままだった。だが、何が懐かしいのかよく分からない。記憶の奥底にまで手を突っ込まなければ、分からない気がする。
ぼやけていた視界の焦点が次第に合ってくる。
……ここは何処だ? 俺は生きているのか?
俺を覗き込んでいる人がいる。……土岐さん、なのか?
「――大丈夫? 衛太郎クン!」
俺は無意識のうちに手を伸ばし、目の前の土岐さんの頬をつねっていた。
「……ふにぃっ! ……って、何すんのよ!」
「あっ……」
つねった頬の感覚は紛れもなく本物だ。つまり、俺は死ななかったのか。
土岐さんは頬をさすりながら、怪訝そうに俺を見る。
「本物……ってどういうこと?」
「……えーと、俺がやられたとき……越智仁美が言ったんです。土岐さんとタカ姉、そして俺を片付けたから、<STARS>と幸のことを知るものはいなくなったって。だから、てっきり殺されてると思ったんです。……ていうか、ここは何処なんですか? 土岐さんはどうやって俺を――」
「落ち着いて、衛太郎クン。質問は一つずつね。まとめて質問するよりも一つずつ解決した方が分かり易いよ? ……ま、気持ちは分かるけど。まず、ここはタカの部屋だよ。次に、確かに奇襲は受けた。何か化学物質の入った手榴弾が窓から投げ込まれたんだけど、それを何とか凌いだんだ。一応、襲撃対策は万端にしてたし、その後も『死んだふり』してたからね。だから、あっちはボクを仕留めたと思ったんだろうね。そのときだよ、タカから連絡があったのは。……幸ちゃんに襲われたってね。ボクは急いで現場に向かったけど、キミとタカしかいなかった。そして、タカを緊急搬送したの」
「……あっ、タカ姉は無事なんですか!」
俺は土岐さんの両腕に掴みかかっていた。
土岐さんは唇を噛んで俯いた。
「……意識不明の重体。今、緊急手術中。本当は付いていてあげたかったけど、手術中はボクは何も出来ない。それに、タカはあれくらいで死ぬような奴じゃ無い。だから、キミに付き添ったんだ……」
土岐さんは肩を震わせていた。
「そうですよ、タカ姉はあの程度でくたばるタマじゃないですよ」
土岐さんは無言で強く頷き、震えるほどに拳を握り締めている。
幸の一撃はそれほどのものだったのか。俺の腹もぶち抜かれたんだよな……って!
俺はシャツを捲り上げて腹を確認する――傷はほぼなかった。
俺の突然の行動に、それまで俯き加減だった土岐さんが、目を丸くしている。
「どうか……したの?」
「……傷が……ない。完全になくなってる訳じゃないですけど、俺もタカ姉と同じように、幸から腹に貫手を喰らったんです。なのに、どうして……」
「でも、ボクがキミたちの元に到着したとき、重症だったのはタカだけ。キミはそこから離れたところに倒れていた。だからボクがタカを先に回収して、その後キミを回収したんだよね」
「……」
あの時の痛みは本物だった。それ以上に、幸に殺されるという事実がショックで堪らなかった。いくら、ミユキからその可能性を示唆されていたこととは言え……。
そう言えば……ミユキ?
最初の襲撃の時、ミユキからもたらされた沈痛治療用のナノマシンが、まだ俺の中で作動しているとしたら――
「土岐さん、他人からもたらされたナノマシンってずっとそのまま残っているもんなんですか?」
「へっ? ……いきなり、何の話?」
藪から棒の質問に、土岐さんは目を白黒させている。
俺は昨晩銃で撃たれたことや、その後の幸……いや、ミユキによる「治療」について説明した。……流石にキスの部分については誤魔化したが。
土岐さんは真剣に俺の話を聞いていた。
「……ふむ。すると、衛太郎クンはMIJUCIが幸ちゃんの身体をコントロールしていたときに、舐められる――つまり、唾液によって鎮痛治療用のナノマシンを『移植』されたってことだね。……うーん、今までに例がないから何とも言えない。ただ、ナノマシンは
となると、あのキスの時に俺の体内に入ったナノマシンが俺の傷を治癒してくれたってことか。
再び、シャツを捲って傷のあった場所をまじまじと見てみる。……確かに、傷は残っているが、大きさに比して深くはない。その上、痛みもほとんどなかった。
傷の度合いは前回の銃創よりも絶対に大きいはずだ。それでも、傷の大部分が治りかけている。理由は分からないが、治癒能力が強くなってるのかもしれない。
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