第45話 正義の味方か?
「ボクはそういう男の子、好きだけどな」
不意に俺の後ろの暗がり――街路灯の向こうから声がした。
そちらを凝視する俺の目に、街路灯をスポットライトのように浴びて女性が歩いてくる。
人懐っこい笑顔を携え、腰に手を当てている。
その笑顔に俺は見覚えがあった。
「――土岐博士」
ヘッドフォンからミユキが告げた。
「ずるいよ、光学迷彩なんか使っちゃ。一般人相手に使うのは卑怯だと思わない? ……ま、それはさておき、幸ちゃんは返してもらうからね」
余裕綽々に、土岐さんが微笑んだ。
その瞬間、幸を羽交い締めにしていた奴が「うっ」と呻き声を上げた。
「全く、油断も隙もありゃしないわね。……みゆ、大丈夫?」
「……おねーちゃん!」
幸を解放したのは、タカ姉だった。
幸は命の恩人に抱き付いた。
タカ姉が幸を胸に抱きながら、鼻っ柱を親指で弾く。
「さて、形勢逆転と言ったところだけど、どうする? 大人しく投降する? それとも……一戦交える?」
幸を俺の元へと送り出し、ライダースーツへとにじり寄るタカ姉。
それに合わせて、相手も後退する。
「——時間切れ!」
言うが早いか、タカ姉は一気に詰め寄り、スピードの乗った後ろ回し蹴りを繰り出す。
ライダースーツが上体を反らし、タカ姉の蹴りは空振りとなった——はずが、遅れてもう一本の足が首筋を捕らえた。
……な、なんてぇ連続蹴りだよ、ありゃ! ……完全に一回転してるのか? まるっきり
ヘルメットの所為でクリーンヒットとまではいかなかったが、ライダースーツが一瞬よろける。
頭を振ってライダースーツが、じりじりと後退をする。
「これ以上痛い思いしたくないなら、降参した方が——って!」
刹那、ライダースーツの姿が忽然と消えた。
反射的にタカ姉の足が空を裂く。
何もない場所でその足が弾かれ、鈍い音を残す。
それを彩るかのようにパン、と乾いた音と閃光が生じ、更に別の重い振動が重なる。
余りの一瞬過ぎる攻防に、何がどうなったのかよく分からなかった。
だが、あの乾いた音と閃光が何なのかだけはよく分かった――あれは、発砲時の音と光だ。さっきの自分が撃たれた所為か、脳裏に焼き付いている。
その後に続いた振動が何かは分からないが、タカ姉が銃撃されたのは間違いない。
しかし、撃たれたはずのタカ姉の動きは止まらなかった。
弾かれた右足が地面に付くと同時に、左足が跳ね上がる。
タカ姉の左足は中段、腹の辺りに蹴りが飛んでいく――が、何の手応えもなく空振りになっていた。
「ちっ! 逃がしたか」
「やれやれ、また光学迷彩か。夜だと追跡はちょっと無理かぁ……でも、今回は幸ちゃんが連れてかれなかったから、『勝負に負けて、試合に勝った』ってところかな」
ちょっと自嘲混じりに土岐さんが笑う。
「センパイ、貸してくれた
タカ姉が左腕にしている腕輪をひけらかした。
「タカ姉、撃たれたんじゃ……ないのか?」
ピンピンしてるのはいいことなんだが、少しばかり腑に落ちない。
「ん? ……ああ、今も言ったとおり、この重力子盾のお陰で無傷だ」
「……」
事情の飲み込めていない俺に、ミユキが補足説明をしてくれた。
「――重力子盾は土岐博士の作製したもの。重力の根幹を成す素粒子、
原理は全然分からないが、とにかく銃弾をも防ぐ盾がタカ姉を救ったってことだな。
「助かったぁ! ありがとう、おねーちゃん、土岐さん!」
幸は再びタカ姉に抱き付きながら、土岐さんに満面の笑みを向けていた。
俺もやっと肩から力を抜くことができた。
「危機一髪にタイミングよく現れるなんざぁ、正義の味方そのものだな。お陰で助かったけど……って、あれ?」
不意に浮かぶ疑問――俺と札幌に居たタカ姉とのLINIEでの最後のやり取りはおよそ二時間前だったはずだ。札幌からだと、高速道路を使っても最低四時間は掛かる。それに、この時間だと飛行機も飛んでいないはずだ。だったら一体、どうやって?
「あら、エータロにしちゃ、中々鋭いわね。あたしと環センパイは、スターフィールドに頼んでヘリで緊急搬送してもらったのさ」
「はぁ……」
何だか色々凄すぎて、気の抜けた相槌を打つのが精一杯だった。
茶目っ気たっぷりに俺にウインクを投げたタカ姉が、視線を未だにそこで伸びている男に向けた。さっきまで、幸を羽交い締めしていた奴だ。
「さて、と」
タカ姉は男の上半身を起こし、背中に膝を当てると、両肩に手を乗せて力を込める。
これは「気を入れる」って奴だ。男から何かしらの情報を引き出すつもりだろう。
男の正面には土岐さんが屈んで、男の顔を覗き込んでいる。
「おはようございます! よく眠れましたか?」
「……ああ、すっかり寝ちまった。……って、誰だぁ、お前?」
土岐さんの声掛けに、目を覚ました男が素っ頓狂な声を上げていた。
何が起きたか訳が分からず、狼狽している様子が手に取るように分かる。
男の様子を見ていた土岐さんは、肩を竦める。そして、ウェストポーチから香水みたいな小瓶を取り出すと、「ゴメンねー」と苦笑しながら男の目前でその上部を押した。
小瓶から何かが噴霧され、男の顔を包む。
すると、それまであたふたしていた男の動きがぴたりと止まった。
「あなたは呑み過ぎたみたいだよ。そして、そこの側溝にはまってしまった。気を付けようね」
諭すような優しい物言いで、土岐さんは男の肩を軽く叩く。
今度はタカ姉が、それまで支えていた男をそっとその場に横たえた。
「そいつはスパイラルの手先なんだろ? だったら問い詰めて――」
喰って掛かろうとした俺を制するように、土岐さんは「まぁまぁ」と言った風に両掌を向けた。
「残念ながら、違うよ。……恐らく、催眠クリスタルか何かで操られた一般人。全く、光学迷彩に催眠クリスタル……やることがえげつないなぁ。……と、キミは衛太郎クンだったっけ。キミにも、幸ちゃんにも色々と訊きたいことがあるから、取り敢えずはタカの部屋にでも行こっか」
土岐さんが先に歩き出した。
俺たちはそれに続く。
幸は俺の袖口を掴んだまま歩いていた。
俺は前を歩くタカ姉に訊いた。
「タカ姉……さっきの技、ありゃ何だよ? あんなの初めて見たぞ?」
「そりゃそうよ。エータロとの『下克上』で使ったら、アンタは間違いなく勝てないでしょ?」
事実だけに何も言い返せず「うーっ」と唸ってると、タカ姉はクスっと笑う——ホント、タカ姉の底ってのが丸っきり見えない。これじゃぁ、下克上なんて夢のまた夢だな。
「ところで……なぁ、土岐さんはあの男に何を吹き掛けたんだ?」
「あー、あれ? ……記憶操作ガス。直前の記憶を曖昧にして、その後に記憶の上書きをするガスなんだって。……全く、物騒な代物よね」
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