第25話 季節ってモンを考えろ!

 俺も幸もボーゼンとしていた。

 少しの静寂。

 そして、蜂の巣をつついたような騒ぎ。

 残っていた他の女子連中が将輔に喰って掛かっている。

 対する野郎どもが将輔の援護に回っている。

 幸は俺と顔を見合わせてから、少し俯く。

「ミユキ? 大急ぎでともっちの動きをトレース。随時、位置情報を記したマップを人工網膜に映して。……うん、そう。……お願いね?」

 小声で呟いた幸は、俺にピースサインを残して、未だに喧々囂々けんけんごうごうと言い争いをしている男女の輪に近づいていく。

「んもー、みんなまで、そんなことで言い争いしないの! ……確かにさ、今のはともっち悪いし、結城くんの言い分は正しいよ? けどさ、言い過ぎじゃないかなぁ」

「……あのヤロー、昨日からずっとあんな感じだったんだよ。見てるこっちが苛ついてくる……。いくら来週の天気なんざ気にしても仕方ないって言っても、あの調子だ……」

「だからといって、結城くんがそこまで追い詰めたら、ともっちの逃げ場所なくなっちゃうんじゃない? ……ほらほらぁ、結城くん、ともっちを追いかけるの! カレシなんでしょ! ともっちは……んーと、校庭! あ、傘忘れちゃダメだよ!」

 説教垂れた幸が将輔の背中をぽん、と叩いた。

「ともっ!」

 その途端、弾かれたように将輔が教室を飛び出していった。

「うんうん!」

 幸は腰に手を当てて、満足そうに頷いていた。

「おー、みゆ、さっすがぁ!」

「うん、見事な幕引き! 恐れ入りました」

「いやぁ、それほどでもー」

 幸は女子に囲まれ、やんややんやの喝采を受けて照れている。俺もその様子を目を細めて見ていたが――

「あっ!」と叫びそうになり、思わず口元を押さえていた。

 ……あのバカ、迂闊なこと口走りやがって!

 幸がどうやって浦田の居る場所を知ったのか――俺には当然分かる。幸はミユキに頼んで、<STARS>のGPSを使って、浦田の位置を観測してもらったんだからな。

 だが、他の連中はそんなことは知る由もないし、知られてもいけない。

 そこを突っ込まれたら、どう釈明するつもりなんだよ、お前は!

 運がいいことに、今のところは幸の周りにはガールズトークの花が咲いている。

 そんな中、越智さんが首を傾げていた。

「そう言えば、幸ちゃん? ……どうして朋奈ちゃんの居場所分かったの?」

 背筋に震えが走った。

 ここで助け船を出すべきか? ……いや、下手に口を挟めば一層怪しまれる可能性もある。ここは黙って指を咥えて見ている外ないのか……。

 幸は口に指を当てて「んー」と唸ったのも束の間、ぺろっと舌を出して笑う。

「えへへ……実はさぁ、当てずっぽう、なんだよね? あ、でもでもぉ、ともっちのいつもの行動を鑑みて……だから、当たってると思うよ? ……でも、外れてたら、『結城くん、ゴメン』だよねー」

 苦笑を交えて、ぽりぽりと頬を掻いている。

 ……ったく、口から出任せ言いやがって。まぁ、外れてる訳はねーんだがな。……待てよ? ここで、もう一発かましておけば、いい目眩ましになるか?

 俺はわざとらしいほどの大きな溜息を漏らして、幸に喰って掛かる。

「おい、幸! お前、そんな口から出任せ言いやがって。外れてたら、将輔がずぶ濡れだろーが! もう少し、自分の言動に責任持ちやがれ!」

 一瞬、きょとんとした幸だったが、俺の言葉尻に見事に乗っかってきた。

 流石にこの辺りは、長い付き合いだけのことはある。

「おにーちゃん、そうは言うけどさ、ともっちだってずぶ濡れになってるんだよ? 元凶は結城くんなんだし、ずぶ濡れになってもいいと思うけどな、わたしは!」

「俺が言ってるのはそーゆーことじゃねぇ。テキトーな物言いをすんなって言ってんだ!」

「適当じゃないもん! わたしはちゃーんとともっちのことを考えた上で、そーやって言ったんだもん!」

 今度は俺と幸が睨み合いになったもんで、クラスの連中はまたも目を白黒させている。

「大体なぁ、お前は昔っからそーゆーの多過ぎなんだよ。その所為で、俺がどんだけ煮え湯飲まされてるか知らねーだろ!」

 念の為の「ヤラセ」のやりとりではあるが、俺にとっちゃ、紛れもない事実だったりもする。

「あー、どーして、そーゆーこと言うかな! おにーちゃんだっ――」

「はい、そこまでー……つーか、もー、たくさん!」

 幸の言葉を遮るように、和賀が割り込んでくる。

 続いて、濱名と遼平まで割り込んできた。

「ハイハイ、おなかいっぱい」

「リア充、爆発しろ!」

 三人が三人ともうんざり顔だった。

「アンタたち、似非兄妹も仲がいいのもよーく分かった」

「……あーあ、アタシも彼氏が欲しいよ」

「くそー、リア充どもめ! 独り身の野郎のことなんざ、気にもしねぇ!」

 などなど、その場にいた連中が口々にぶつくさと文句を垂れていた。

 だが、越智さんだけは無言で、幸を見ていた。その目の色がいつもと違うように見えたのは、俺の気のせいか。

 俺の視線に気が付いたからなのか、越智さんが幸から一瞬目を逸らして叫んだ。

「あっ! 朋奈ちゃん、結城くん!」

 全員の視線が教室の入口に集中する。

 正に濡れネズミの二人がそこに居た。

 浦田は将輔に後ろから肩に手を置かれて俯いている。

「ほれ、とも」

 将輔が珍しく優しげな声で浦田を急かす。

「……みんな、ごめん……」

 浦田が擦れた声で、絞り出すように呟いた。

「お前ら風邪引くぞ! 謝るより先に、とっとと着替えろ!」

 全く、冷たい秋の雨でずぶ濡れになったままじゃ、体温下がりまくりだろ!

「んもー、おにーちゃんは後先考えずに言わない! ほら、男子は外に出て! ともっち着替えるから。……んー、結城くんは隣のクラスでも借りてよ。みの? ともっちのロッカーからジャージ持ってきて。あー、でもインナーもずぶ濡れかぁ。どーしよ? ……ほらほらぁ、とにかく男子は外に出るの!」

 幸に和賀に濱名、それと越智さんが将輔を含めた野郎全員を教室から閉め出した。

 ぴしゃりと閉められた教室の戸口。引き戸にはまった磨りガラスの向こうから、女子どものひそひそ声が漏れてくる。

「……うわっ、びっしょびしょ!」

「ともっち……ブラのサイズ……」

 閉め出された野郎どもは俺を含めて、ところどころ聞こえてくる話の内容に、何ともいたたまれなくなってきているのが、手に取るように分かった。

「……さ、将輔、着替えようぜ」

 俺はずぶ濡れのままの将輔の背中を叩いて、隣のクラスに入っていった。

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