異世界で執事になったので強キャラ目指す

わしわし麺

Q.天使を信じますか? A.異世界で見た。

1. 『異世界デビュー』

 放課後の、人気のない校舎の裏は涼しい。だが俺にはそれを楽しむ余裕などない。

 あまりの緊張に、俺の心臓は耳元でうるさく跳ね回り、口の中はカラカラに干上がっている。

 全てを見透かすかのような透徹した視線に射すくめられ、無様に震え上がっていた。


 ――このままでは気持ちで負けてしまう!勇気を振り絞るんだ、俺ーッ!


 すうっ。俺は大きく息を吸うと、足を踏み出しながら右手を差し出し、口を開いた。


「2-Cの阿車あぐるま刃佐羅ばさらです。――真城ましろめぐみさん! 入学したときからあなたの事をずっと見てました! よかったら、俺と付き合ってください!」


 言いながら深々と頭を下げた。

 すると、凛とした声が降ってくる。


「顔を上げて? 阿車くん」


 俺はゆっくりと頭を上げ、目の前の女性の顔を見た。

 さらさらの黒髪。細い首。少しだけツリ目がちなところが意思の強さを感じさせる、超美人の真城先輩。

 先輩は目を伏せ、こう言った。


「ごめんなさい、私……クールな人が好きなの」



※※※※※※※※※※※※※※



「まあ、元気だせよ。バサラ」


 学校の屋上。失恋のショックでうつ伏せになって寝そべる俺に、クラスメイトの春山はるやま昭人あきとが声をかけてきた。


「でるわけねえだろ……? 俺みたいな暑苦しいやつは嫌だって言われたんだぞ……」


 顔を床につけたまま返事をする俺に、アキトが溜め息をついた。ふっ、というやれやれ系のやつだ。眼鏡もクイッとしているに違いない。


「そこまで言われてないだろ? クールな男が好きってだけで」

「ちくしょう! やれやれ系主人公どもは地獄の業火に焼かれて悶え苦しむがいい!」

「魔王かお前は。――めんどくせーな」


 俺はがばっと体を起こし、ファイティングポーズをとった。


「アキト、お前もか! お前も悪逆非道のクーリスト一派の一員だったのか! おのれ、俺の拳で成敗してくれる!」

「うわぁー……最もめんどくさいノリ」

「ぬあああああ! もう許さ……あ?」


 天を仰いだ俺の目に、妙なものが見えた。

 空が一部分だけ黒い。まるでそこだけに亀裂が入り、ひび割れているかのように。

 つられて空を見上げたアキトが気の抜けた声を出す。


「なんだ、あれ……? 雲、じゃないよな?」


 見ている間にも空の亀裂は大きくなってくる。

 それはあっという間に空を覆い尽くし、屋上の手摺越しに見える街並みをも飲み込んだ。

 俺とアキトはそれを呆然と見ていることしか出来なかった。

 普段冷静なアキトが、驚きでズレた眼鏡を直すのも忘れている。

 俺はいつものテンションを取り戻そうと、震える声で呟いた。


「ふ、ふははは。この世のクールガイ達を粛清するべく、暗黒の世界が降臨したのだ。ものどもであえであえー」

「無理やりボケなくていいぞ、バサラ」


 どうやら俺にツッコんだことでちょっと落ち着いたらしいアキトが、中指で眼鏡をクイッとしている。

 よし、俺はまた一つ善行を積んだな。だから命だけは助けてください神様。


 もう屋上の外は一面の闇に包まれ、何も見えない。

 そして、俺達も暗黒に飲み込まれた。

 意識さえも。



※※※※※※※※※



「目覚めなさい、人の子よ……。さあ、そのまなこを開くのです……」

「はっ!?」


 柔らかな女の人の声が聞こえ、意識が現実に戻ってきた。

 反射的に叫びながら開いた俺の目に、古びた石の天井が映る。


 ここでようやく、自分があお向けに倒れていることに気付いた。

 鼻から息を吸いながらゆっくり上体を起こす。なんだか空気がカビ臭い。


 俺が居るのは、まるでゲームや映画で見るような石造りの部屋だった。

 ――中世の城の地下。俺の印象としてはそのような感じになる。


「ここ、どこだよ……」

「バサラ?」

「おわだああああ!」


 いきなり名前を呼ばれて死ぬほど驚いた。

 思わず叫んでそちらを見ると、同じくビビっているアキトと目が合った。アキトは驚きが反動で怒りにスリ替わったのか、眼鏡をギラつかせて指を突きつけてくる。


「脅かすんじゃない!」

「しょうがねえだろ! つーか先に脅かしたのはお前だろうが!」

「あのー」

「「あ!?」」


 口論の最中に突然横槍を入れられ、俺とアキトはそろって声のほうを睨んだ。

 俺達の視線にさらされた人物が身をすくませている。


 ぽわぽわした栗色の髪を伸ばし、白い布を体に巻きつけている小学生低学年くらいの女の子がそこに立っていた。

 アキトが俺を肘でつつく。


「おい。小さな子供を睨むなんて見損なったぞ、バサラ」

「オメーも一緒になって睨んでたろうが! ……ごめんな、お嬢ちゃん」


 俺が手を合わせて頭を下げると、女の子は表情をキリッとさせて背筋を伸ばした。


「いえ、構いません。あなた達を驚かせてしまったのは私なのですから」

「ん? 俺は別に君に驚かされてなんて――」


 ビビらされたのはアキトにだ。気にしないで、と女の子に笑いかけようとした。――ところで女の子が恭しく腕を広げ、目を閉じる。


「突然この世界に召喚され、ひどく困惑されていることでしょう。まずは、そのことからお話いたします」

「……はい?」


 俺は手を耳の裏に当て、「なんだって?」のポーズをした。

 するとアキトが俺を押しのけ、女の子に詰め寄っていく。


「召喚だと? 俺達をここに連れてきたのはお前だって言うのか?」


 剣呑な空気を感じた俺はアキトの肩を掴んだ。


「待て待て待て。さっき小さな女の子を睨むなっつったのは誰だよ」

「しかしな」

「しかしもカカシもねえって、落ち着けよアキト。それに、説明してくれるって言ってるじゃん。――なあ?」


 子供に安心を与える俺のとっておきスマイルを向け、鷹揚に頷いてみせる。

 と、女の子は何故か再び怯えた。


「睨まないでくださぁい……怖いですぅ……」

「睨んでないよ!? あれおかしいな、とっておきの渋い笑顔なのに!」

「三白眼で目を細めたら、それ即ち威嚇も同然だ。謝れ、バサラ」

「ころころ手のひら返すんじゃねーよ! ドリルかお前の手は!」

「ふえぇ……」

「ああ泣かないで! ごめんよ俺が悪かった!」


 身振りで必死に敵意がないことを伝え、なんとか落ち着いてもらおうとした努力が実り、女の子は2回目の「キリッ」をし直した。


「申し遅れました。わたくし、天使のソーニャと申します」

「これはご丁寧に。俺は阿車あぐるま刃佐羅ばさら鬼族オーガ魔族デーモン混血児ハーフで、魔界の王子です」

「同じステージに立とうとするな。そして情報量が過多すぎて頭に入ってこないぞ」


 アキトのツッコミのキレが戻ってきたな。よしよし落ち着いてきている証拠だ。ちなみに俺は頭がメダパニっている。


「えーと、天使の方でいらっしゃると?」


 俺の質問を受け、ソーニャと名乗った女の子は恥ずかしそうに俯いた。


「未だ弱輩の身ではございますが……。天界の末席を汚させて頂いております」

「ははぁー。魔石を穢すとな。それは何か、しゅの力が備わりそうですな」

「話が進まないから黙ってろ」


 眼鏡クイッ野郎が俺を押しのけ、その長身で真正面からソーニャを見下ろしている。


「天使とやら。なぜ俺達を召喚した? 元居た世界には戻れるのか?」

「今すぐに、という訳には行かないのです。どうか、最後までお話を聞いてくださいますようお願いいたします」

「あれ? なんでアキトの威圧にはビビらないの? 俺の笑顔ってそんな怖い?」


 俺の茶々はガンスルーされ、二人は話を続ける。


「この世界、イシュハ=ブーラには、10年ほど前より原因不明の異常現象が起きているのです。

 それは、他の世界と一時的に繋がり、その世界に住まう者たちをこちらに呼び寄せてしまうという現象です」

「――信じるかどうかは後で判断する。話を続けてくれ」

「承知いたしました。……イシュハ=ブーラに突然召喚されてしまった人たちは戸惑い、混乱と恐怖の中で訳もわからないまま命を落としてしまうことが多いのです。

 我ら天使がお仕えする神、イシュダール様はそれを歯痒く思い、天使にその者達を補佐するようお命じになられたのです」


 一息に言い切ったソーニャは、ふうと息を吐いた。

 アキトが眼鏡をクイクイしている。何かを必死に理解しようとしているときの癖だ。


「つまり、俺達を召喚したのはお前ではないが、気の毒だから助けてやろう。――そう言っているのか?」

「どのようにとっていただいても構いません。私どもは、あなた方を守りたいのです」


 凄まじい疎外感に耐えられなくなった俺は、はーいはーいと両手を上げて自分の存在をアピールした。ソーニャが軽くうなずいてくれる。


「何でもお答えいたしますよ、バサラさん」

「女の子が何でもとか言うと、良からぬことを企む輩がいるから気を付けた方がいいぜ。――守るって、何から?」


 ソーニャは石造りの部屋のなかを手で示した。


「例えば、この城には魔族が多く住んでおります。そやつらに見つかればあなた方の命はないでしょう。そういった異形の者たちから自衛できるよう、力を授けます」


 来た! 異世界転移テンプレのチート能力を授かる展開! 正直言って待ってました!


「ほほう。それはどのような?」

「既に力の譲渡は済んでいます。後は自らの内にあるそれに意識を向けてください。それを映せし心の窓が現れるでしょう」

「おっしゃあああ! ステーーーータス、オーーーープン!」


 一瞬も迷うことなく叫ぶ俺に、アキトが目を剥いた。


「まるで躊躇なしか!? 少しは疑え!」

「大丈夫だって。チュートリアルで死ぬやつはいてもステータス画面開いて死ぬやつはいねー……おっ、出たぞ!」


 目の前に、薄緑色のホログラフのように画面が現れた。

 アキトもぎょっとしてそれを見ている。見えるのは俺だけじゃないらしい。

 取り敢えず、自分の能力値を読んでみよう。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


アグルマ・バサラ 17歳

レベル  1

クラス  無職

攻撃力  5

守備力  3

素早さ  9

魔力   4

気配り  12

運のよさ 2


所持スキル

・裁縫

・料理


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ……。

 …………。

 ……………………。


「おい、お前もやってみろよアキト」

「何かハズレっぽいなお前のステータス」

「うるせえな! まだわからねえだろ!? 良いからお前も出せって!」


 攻撃力5って。

 5段階かと思ったけど素早さは9あるし。

 つーかなんだよ気配りって! それが一番高い12ってなんなんだよ!

 そしてスキルは戦闘に使えるやつじゃねえのか!? 裁縫と料理って俺は家政婦か!


 落ち着け。まだ俺がゴミ能力だと判明した訳じゃない。もしかしたらアキトはもっと低いかも……。


「ステータス」


 簡素に一言呟き、アキトもウインドウを出現させた。

 ふざけんなもっと熱く叫べよ。俺がバカみたいだろうが。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ハルヤマ・アキト 17歳

レベル  1

クラス  無職

攻撃力  29

守備力  19

素早さ  13

魔力   9

意思の強靭さ 37

運のよさ 11


スキル

・剣術

・火炎魔法

・見切り


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「魔力が低いな……」


 興味深げにじっと自分のステータスを見ているアキト。

 俺は息を大きく吸い、


「おーーーーい! どういうこと!? 格差が激しすぎるだろ、同じレベルなのにこれ!?

 つーかテメェ! 俺のステータスで2番目に高い9をディスったろ! 謝れ! 9に謝れ!」


 タメを入れた強烈なツッコミとともにありったけの想いを吐き出す。

 荒く息をつきながらソーニャに顔を向けると、彼女はたおやかな笑みを見せてくれた。


「バサラさんは、お屋敷などで働く使用人のクラスに適正がありそうですね」

「ありそうですね。……じゃなーい! 裁縫でどうやって身を守れと!? 本当に俺に力を与えてくれた!?

 そもそも、猪突猛進系男子の俺はもっと肉弾系のステ振りだろ! 素早さはまだいいとして、一番高い能力が気配りっておかしくね!? アキトの場合は別のステータスが表示されてるし!」

「人は見かけによらないですね」

「内面も違げーっつってんの!」


 はあ。ひい。ツッコミ疲れた。

 ――ん? クラス?


「クラスってなに?」

「スキルなどを覚えるために人が所属する魂の傾向です。例えばアキトさんは剣士に向いていそうですね」

「俺は?」

「そのステータスでは使用人にしかなれそうにないですね」


 クラアアアア! 覚えるスキルで低いステータスをカバーしようとした俺の一縷の望みを打ち砕くんじゃねえええ!


「のやろう。――視姦しちゃる。ステータスオープン。ソーニャ」

「あっ!? 勝手に見ないでくださーい!」


 おっ、ウインドウが出た。他人のステータスも見れるらしい。



ソーニャ 2048歳

レベル  78

クラス  天使見習い

攻撃力  94

守備力  159

素早さ  146

魔力   297

あざとさ 341

運のよさ 19


「強えええええ! そして運が悪いいいいい! も一つおまけにあざてええええ!」

「ふえええん! セクハラですよー!」

「はぼぉっ」


 顔を真っ赤にしたソーニャにデコピンされた俺は派手に吹っ飛び、石の壁に叩きつけられた。

 薄れ行く意識の中、これからの異世界生活を想った。

 不安しかなかった。

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