① 彼▶︎◀︎彼女、だと……。
次の日は雨だった。土砂降りではなく春雨というべき静かな雨が降っていた。
そして授業のあいだの休み時間、俺は神原に呼び出されていた。
ちなみに、クラスや学年内では俺と神原は付き合っているということで定着している。まあそれはどうでもいいことなんだけど。
階段の踊り場にいた神原を見つけて、俺はそちらへ向かった。
「あ、結叶くん」
「ああ。そうだけど何か用か? 教室でよくない?」
「教室は駄目ですよ。聞かれちゃいます」
誰に、とは言わない。俺たちが恋人同士の認識であってもしゃべっているのを聞かれたくない者なんて俺のクラスに一人しかいない。
そう、篠崎愛華だ。
向こうも向こうで昨日はその二人で帰っている。そのあいだに何か話でもして、それを俺に報告しようとしているのだろうか。
だとすれば、俺にも報告したいことがあった。
「オーケー。じゃあ神原、その話っていうのを聞かせてくれよ」
「そうですね……はい、これは結叶くんだから言えることなのだと思います」
少し顔に躊躇の色が見られたが、踏ん切りついたように俺の目を見た。神原の場合でのみ、顔色から感情を判断することが可能だ。
すー、はー、とひとつ深呼吸すると神原は口を開いた。
それは衝撃の事実だった。
「愛華が、萩宮くんのこと好きだって……」
俺が叶人呼びだから忘れているかもしれないが、叶人の苗字は萩宮である。
つまり、だ。
まとめると『叶人⇒篠崎』そして『叶人⇐篠崎』。
イコール『叶人⇔篠崎』。
えっと、ってことはつまり……。
「両想いかよ……」
「え?」
思わず零した呟きに神原が反応を示した。
「いや、俺も言おうとしてたんだけど……叶人は篠崎のことが好きらしい」
「……え。……えー!?」
まあその反応は普通だ。俺でさえ思わず一言零さずにはいられなかったんだから。
両想いて。何かの冗談かよ。そんなのは現実に存在しないと思ってたわ。
「でもそれなら話は簡単になったな」
そんなものが現実に存在するんだったらもう問題は解決したようなもんだ。お互いが思ってることを共有すればいいだけなんだから。
でも、神原はそう楽観的にはならかったようで。
「そうでしょうか……。物事ってそう上手く行かないものですよ。むしろ難しくなってきた気がします……」
「なんか、その後ろ向きな思考前の俺みたいだな」
「女子は恋愛に関しては神経質になるものなんですよ」
そういうものか。
となると、神原の場合は適用されないな。神経質だったらいきなり告白しようなんて思わない。
ともあれ、俺にはこの件がヌルゲーに思えてならなかった。
だって、相思相愛じゃん? 叶人は美男に楽勝で入る部類の人間だし、篠崎とて美女と言えるレベルだろう。もうお似合いのカップルじゃん?
「じゃあ、どうする? 二人きりにするシチュエーションを作るか?」
「そうですね。それがいいと思いますけど……。あの二人、部活忙しいんじゃありませんでした?」
「そういえばそうだな」
この際ぶっちゃけるが叶人の部活はサッカーだ。それもそこそこ強い感じの。
そんなわけだから、叶人は休みが週に一日あるかないかのかなりハードなスケジュールで動いている。
だが、外の降る雨を見てなんとなく思うところがあった。
「……雨の日って部活できなくね?」
「たしかに。どう頑張ってもびしょ濡れになっちゃいますしね」
それならそうと話は決まってくる。雨が多いこの時期はあの二人を付き合わせるならとても都合がいいじゃないか。
「じゃ、そういうことで」
「はい、了解しました!」
何がそういうことなのか何も言ってないのだが、神原は察したようだ。さすがは俺の友達兼恋人(?)。俺の思考をわかってらっしゃる。
俺が教室に戻ろうと踵を返すと横に神原が並び、寄り添うように教室へ戻った。
*
ところで。
あの二人のことの前に俺たちも俺たちで厄介な問題に直面している。
それは俺が学年のアイドルをたぶらかした悪者としての認識が広まっていることだ。
付き合っている、という認識ならまだよかった。だが、その追加情報のせいで俺は学校でさらに孤立し始めていた。
まあ、俺的には神原や篠崎、叶人がいる時点で満足してしまえるからどうでもいいなんて思っているのだが。
そして、神原も神原で不良に惹かれた優等生だとか罠にハマってしまった可哀想な天使だとかの話がある。
それはもう悪意しかない俺よりかはマシなのだろうが、果たして本人はどう思ってるのやら。
悪い感情をぶつけられるより、憐れみとかをぶつけられる方がキツいんじゃないか、なんて思う。
だから、昼休みにいつもの屋上――は雨が降っているので教室で、俺は神原にそのことを話してみた。
叶人には連絡してあるのでクラスのやつらと楽しくしているだろう。篠崎も気を利かせたのか学食の方へ行っている。
「別に、そんなんじゃ私はへこたれませんよ?」
あっけらかんと神原は言ってみせた。
「でも、なんかうっ、と来ないか?」
「全然。そんな悪い噂なんて無視してしまえばいいんですよ。私は結叶くんといられれば他はどうでもいいんです」
「お前はそういうところがあるからな……。神原、お前俺といるせいでちょっとずつ周りから距離を置かれてるのわかるか?」
「だからそんなの関係ないです。信用できる友達さえいれば」
俺もそれで納得しようとしていたところだから、返事に詰まってしまう。
でもな、元の繋がりがゼロの俺が数人に依存するならまだわかる。神原、お前は元の繋がりは多少なりともあったはずだ。叶人があの情報(>>3参照)を提供できている時点で有名であったはずなんだ。
それを手放していいのか?
どうせこんなことを言っても神原は「大丈夫です」という姿勢を崩さないだろうな。
だから俺は一時的にこのことに関しては不干渉で行くことに決めた。
話を変えよう。
「……で、具体的には何をしたらいいと思う?」
「なんのことですか?」
「これだよ」
俺は両手にそれぞれ狐の形を作り、その口と口を重ねた。
「ああ、愛華たちのことですね」
「そうだ。なんか俺たちにやるべきことってあるのか?」
「うーん、そうですね……」
神原は顎に指を添えて首をかしげた。
「やっぱり私が愛華に、萩宮くんに迫るように言った方が?」
「それはなんか違う気がするぞ」
そうだ、こいつは普通という概念適用外だった。神原が考えるようなちょっとズレた方法はこれまたズレた俺に効果はあってもあの二人には向かないと俺の勘が警告していた。……それが信用に足るのかは別として。
そして俺の脳裏にはこういうのが得意そうな人物が浮かび上がっていた。うん、あの人ならたぶん。
「神原、今日は決して篠崎には余計なことは言うなよ。放課後に一回集まろう。篠崎と叶人をくっつけよう作戦の作戦会議だ」
「了解です!」
「ああ、本当に頼むから篠崎には何も言うなよ」
「大丈夫ですって!」
……心配だ。今日は神原から目を離さないようにしよう。
そう決めた時にタイミングよく予鈴が鳴って、続々とクラスメイトが教室に帰ってきた。まあ友達どころか知り合いですらない他人ばかりなので関係のないことだが。……うーん、少しというかとっても惨めになってきたからやめよう。
……ああ、人生ご都合主義にならねえかな。
そんな願望を抱きつつ、俺は午後の授業に取り組んだ。
*
「じゃ、私は部活行ってくる」
「あ、そう。いってら」
放課後になって篠崎がいらん報告をしてきたのにしっかり応対してから気づいた。
部活があるってことは……やっぱり。いつの間にか外は晴れていた。
そういえば今週末が新人戦の試合だとか叶人が言ってた気がする。それなら今週は何もしない方がいいか。
そんなことを考えながら、俺は荷物を持ちかけている神原のもとへ向かった。
「ほら、早く行くぞ」
「え、作戦会議ってここでやるんじゃないんですか?」
「違う。意見をもらいに行くんだよ。こういうことに詳しそうな人にな」
「……誰でしょう?」
「とにかくついてこい」
俺は神原を引っ張るようにして目的地へと向かった。
俺が向かったのは、今となってはもはや馴染み深い場所となっている図書室だった。
……まあ、図書室に用があるなんて時点で、誰に助言を乞うかなんて丸わかりだろう。
「やあ、倉永くんに夢望じゃない」
軽い会釈で挨拶をして、俺と神原は文学少女的黒髪ロングの先輩であり、神原の姉でもある深夢の向かいに座った。
顔は似ているけれど、こちらの顔はまだ直視することはできない。どうやら俺は神原夢望という一個人だけを認めているらしい。
「いるだろうと思ってましたよ」
最近になってわかったことなのだが、俺が図書室に行く日には必ず深夢はここにいる。どうせ深夢のことだから、毎日ここに来ているんだろう、と適当にあたりをつけて今日助言をもらいにこの図書室へ馳せ参じたわけである。
「で、結叶くん、意見をもらうのってお姉ちゃんからってことですか?」
「そうだよ。俺の勘だけど、神原姉は最良の回答をくれると思ったんだ」
面と向かって深夢と呼び捨てる勇気がない俺は、深夢のことを神原姉と呼んでいる。……神原が苗字呼びなのに姉の方が名前呼びってのもな。
「なんで私ではなくてお姉ちゃんなんですか……」
拗ねたようにぶーたれる神原は放っておいて、俺は深夢に篠崎と叶人の両想いについて話した。話している途中に本当に話してしまっていいのか、という疑念がよぎったがこの人のことだから情報が漏れるなんてことはないだろうし口は堅そうなので大丈夫だと信じたい。
「……なるほど。つまりどういう対応が好ましいか聞きたいわけだね。よし、幾多の恋愛を成就させてきたこの恋愛マスターに任せなさい!」
……後半の大部分はおそらく嘘だが、胸を張って言う様は多少なりとも信用できる気がした。
きっと深夢なら文学少女ならではの素晴らしいロマンチックなことを提案してくれるだろう。
「……そうだね、例えば」
パタン、と読んでいた本を閉じ、深夢はその膨大な知識量から導き出した回答を口にする。
「男子の方に壁ドンさせてそのまんまいい雰囲気になったらなるようになると思うよ?」
……全く文学少女的結論じゃなかった。
それはもはや乙女の願望だ。
「できればそれ以外で」
「え、男子の方そこそこイケててフランクな感じなんでしょ? それが一番いいと思うんだけど……。他にはね、そうだな、女子の方がいきなりキスを迫ったらなるようになるんじゃ?」
「うーん、そこは姉妹って感じだよなー……」
まさかの意見の被りに思わず神原の方を見てしまう。
実際神原は俺に突如キスを迫ったというかしてきたことがあるけど、なるようになったとはどうしても思えない。
駄目だ、この人物静かな文学少女的立ち位置にいて恋愛対象として見られたことがないからアドバイスがフィクション寄りになってる!
……あ。まさか。まさかだよ。まさかとは思うけどさ、あの時神原がキスしてきたのも深夢にこの意見を吹き込まれたからなんじゃねえのか?
そんな疑惑の視線を一直線にぶつけると神原の顔は少し赤みがかって、指先をチョンチョンとくっつけたり離したりした。
「ま、まあ、このおかげで私は結叶くんと今の関係になれたんですし……」
「ほほう? お前のことはまだ恋人だなんて思ってないぞ俺は」
「え、そうだったんですか?」
「あの時言ったじゃん!」
あれ、あの時友達からならって言ったよな。
「……あのー、イチャイチャするならよそでやってね?」
迷惑そうな深夢の声で我に返った。
「いや、こんなことしてる場合じゃなかった。他に案はありますかね?」
俺は藁にもすがる思いで尋ねる。これでトンデモ案が出たら俺の徒労感が半端ない。
が、深夢、ひとつくらいはまともな案を持っていたようで。
「やっぱりデートじゃないかな。遊んでる途中にイベント設置してさ。それで徐々に距離を縮めていく算段さ」
二人きりにする、というところまでは出ていたが、故意的なイベントを設置することまでは思い浮かばなかった。いいぞ。それでお互いを意識させることができたならもうあとは成り行きで行く。何せ両想いなんだからな。
「なるほど。参考になりました」
「あ、そうだ。その敬語やめていいよ。タメでいいよタメで。倉永くんにはそっちの方が合ってるからね」
合ってるってなんだ。たしかに俺が敬語使ってるのが似合わないのは否定しないけども。俺は別にフランクなやつというわけではないぞ。
「ん」
「はは、タメになると口数減るタイプだね」
俺は席から立ち上がり、手を軽く振ると神原と一緒に帰路についた。
*
その夜。
ふとテレビで天気予報を確認したら、今週いっぱいは晴れるそうだ。梅雨真っ盛りなのに珍しいこともあったもんだ。いや、梅雨は始まったばかりか。
今週いっぱい――今日は木曜日だからあと三日か――は叶人の部活の試合があるので俺も神原も何もしないことに決めていた。
だからこの三日間は暇だ。特に休日は。結梨を愛でるしかやることがない。そして結梨がどこか遊びに行ってしまったら本当にやることがない。
――神原んちにでも遊びに行くか。
そんな考えがナチュラルに出てきて、神原に対する友達認識を改めて実感しつつ、俺は眠りについた。
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