>>12 デートなのかは受け取り方次第

 ……と、いうわけで。

 心機一転、俺と神原のラブコメライフが再び始まったわけなのだが。

 俺はまだイマイチ心に引っ掛かりを覚えていた。

 なんなのだろう、この楽しいは楽しいけどなんか違う感は……。そう、まるで不倫をしているような……いや、このたとえは背徳的すぎる。

 俺の問題も神原の問題も昨日のうちにさっぱり終わってオールクリアな気持ちで今日を迎えたのに、なんだよ、また問題か……?

 まあいいや。黙っとこ。


「着きましたよ」


「あ、そういえばどこに行くのか聞いてなかっ……」


 視線を神原の後ろ髪から移して隣の建物に目をやったところで、俺は声を詰まらせた。詰まらせるしかなかった。

 いや、詰まらせてる場合じゃない!


「お、おいおいおい! 神原サン? ここがどんな場所かわかってやってるのか!?」


 神原の後ろ髪をずっと見ていた俺も悪いには悪いのだろうが、そもそもここに来るのがおかしい。

 ……どっからどう見てもホテルだった。それはもう、ご察しの方の。

 いつの間にか、神原に先を行かせるままそういう店が建ち並ぶ路地裏に来ていたのだ。


「なんでマシュマロの件と言いブランデーの件と言い、毎回エロ要素組み込むんだ!? 神原、まさかお前そういう系だったのか!? ヤンデレかと思ったらすぐそうやってキャラ変えるのはやめろ!!」


 神原 は エロキャラ に クラスチェンジ した!

 一方、神原はそんな俺の叫びなど聞いていないように顎に指を当てて、心底不思議そうな顔をしていた。……あれ、今日は神原の顔が見れるぞ?


「えっと、お姉ちゃんが男女の仲を深めるならここだって言ってたんですが……」


「あんのアマの差し金かああああああああぁぁぁ! あいつはいつか一回ぶん殴った方がいいなあ!!」


 どうやら神原はそういう知識なしにここまで来たらしい。よかった。エロにクラスチェンジはしてなかったみたいだ。


「あの、何か問題でもありましたか?」


「問題しかねえよ。神原、あとでラブにカタカナでホをつけて検索してみろ。それで問題の正体がわかるはずだ」


「いえ、問題を確認するのは早い方がいいです。……えっと、ラブにホ、でしたか……」


「あ、ちょ」


 家に帰ってから、って言えばよかった。

 スマホに視線を落として何か打ち込んだ神原が、徐々に顔を赤くしていった。あーあ。よしたらよかったのに。


「な、ななな、なんでふかこれは!」


 あの神原も噛んでしまうほどには動揺していた。

 なんだか面白いのでしばらくはこのままにしておこう。

 ……それにしても、あの時は既成事実既成事実ってノリノリで俺を押し倒してきたくせにこういうところには耐性ないのな。あれは半ば酔った勢いだったけど。

 プスンプスンと焦げる匂いがしそうなほど顔を真っ赤にした神原は不意に俺の腕を掴んだ。


「よ、よーし、行きましょう結叶くん! いざ、男女の仲を深めるのです!」


 このままにしておけなかった。早くも二人の貞操の危機到来である。


「ちょっと落ち着け神原あああああああぁぁぁ!?」


 何かが振り切れてしまった神原をなんとか取り押さえて、俺はその場から離れた。

 ふう、たしかに篠崎の言った通りこいつ危なっかしいな。女たらしに捕まったらもう一瞬でいいなりになりそうだ。

 これは俺が頑張らないと。そんな義務感に駆られて俺は神原を引きずっていった。

 ……俺がホイホイとエロ方面に行かないのは、二次元に触れ続けた弊害だと思ってほしい。


 *


「むむぅ……なんで行かなかったんですか」


「いや普通に行かんだろ」


 俺たちはいつぞやの深夢と一緒に来た雑貨店に来ていた。

 健全な男子高校生、そしてやり手ではない俺はしっかり健全な遊び方の常識くらいはわきまえているのだ! ……勇気がないとか意気地無しだとかの意見はやめてほしい。傷つくし。俺はしっかり手順を踏んでからがいいんだ。


「ま、いいです。あれは半ば勢いに任せちゃってましたし。私、勢いに任せるとろくなことがないんですよね」


「そうだな。しばしばスイッチ入るよな」


 言いながら俺は神原の前に小さい動物の置き物を持っていった。深夢から学んだ『小さければなんでも可愛い』理論だ。

 果たしてこの理論は正しいのか。


「あ、可愛いです」


 はい、証明完了QED!

 ハッ、女子って単純だな。これは人生の攻略本があったら載せてもいいレベルな気がする。

 ……今回は深夢との経験が活きてきそうだからしょっぱなの神原に吹き込んだあれは忘れてやるとするか。


「つっても、俺自身特に雑貨店で買うものはないんだけど」


「えー、ないんですか? じゃあなんでここに」


「そりゃあ緊急回避のためだよ」


 お前、男をあそこに連れ込もうとした立場でよくそんなことが言えるな……。

 神原はそんなことを言いつつも、実に楽しそうに色々な場所を物色している。

 相変わらず俺には良さがわからんな。部屋はなるべく物を置きたくない派だからな。……ラノベやマンガ、ゲームやフュギュアとかはもちろんウェルカムだけど。

 少なくともこのちっこい置き物を買ったとしても押し入れの奥の奥に突っ込んでそこから日の目を見ることはないであろうことは宣言できる。


「あ、そうだ、お互いに向けてプレゼントを買いましょう。プレゼントをもらうのは嬉しいですからね!」


 いきなり、神原がこんなことを言い始めた。たしかに俺はここで買うつもりはなかったし、面白げのない神原の買い物を見守っててもしょうがない。これは神原の思いやりなのだろう。


「いいけど、俺のハードルは高いぞ」


 俺の見立てだとこの雑貨店に俺の気に入る商品は99.9パーセントないぞ。俺は見た目ではなく機能性を重視するからな。これが二次元にのめり込んだ者特有の考え方だ。いや、違うな。ぶっきらぼうでズボラな男子高校生の考え方だ。


「大丈夫です。結叶くんの好みは理解しているつもりですから」


 そういって神原は自分の胸に手を当てた。少しプルンとしたのを見てしまったのはしょうがない。不可抗力だ。


「やけに自信ありげだな」


「とにかく、お互い一時間以内に買い物を済ませてこのお店の外に集合です!」


 そんなわけで、神原の思いつきから相互プレゼント買っちゃいましょう企画がスタートした。

 のだが、俺は商品の陳列された棚の前でむむむ、と唸っていた。

 女子は小さければ何でもいい説が証明された今だが、かといって小さいのは色々とあるもので。

 目に付いたものを適当に買う手もあるけど、早く終わりすぎると手抜きに思われるかもしれないから俺はこうして今しっかりと悩み中である。


「いや、あいつは可愛いって言っただけだ。欲しいとは一言も言っていない。つまり小さいのが可愛いのは証明されたがそれが欲しいのかということは証明できていない……」


 という具合に、俺は否定に否定を繰り返していた。

 やっぱり、あいつも機能性重視で行った方がいいのだろうか。神原は俺と面白いまでに正反対だが、性質は似たところがあるのだし、俺と同じ思考でもおかしくはない。

 そしてかけるコストも俺にとっては難題だった。

 プレゼントって、1000円を上回った方がいいの、下回った方がいいの?

 これには色んな意見があると思う。1000円を越さないと安上がりのようで失礼だという批判があると思うし、逆に越してしまうとプレゼントをもらった人がなんだか使わせてしまった感が大きくて申し訳なくなるという問題もある。

 よって俺がくだすべき決断は。

 ほぼ1000円キッカリのを買えばいい、だ。

 これならば俺のお財布に来るダメージは小さく抑えられるし、ちょうどいい気がする。

 と、いうことで俺は1000円付近の商品をピックアップして吟味していった。


 そして一時間くらい後。

 俺たちは駅前モールの中にあるカフェへと足を運んでいた。

 プレゼントの交換にプラスして近くなってきた昼もついでに済ませる目的だ。

 俺自身、ファストフード店ばかり行ってるからこういうカフェに来るのは実は初めてだったりする。これまで集まる時はあのハンバーガーショップだったからな。

 俺は無難に(というかメニュー名が理解できなかった)ブラックのコーヒーを、神原はキャラメルマキアートとかいう名前から甘々そうなものを飲んでいた。俺は飲み物に甘さとか求めちゃ駄目だろという考えの人間なのでそんな甘そうなものを飲む神経は理解できなかったが。

 日頃夜中に飲んで慣れている苦い汁を啜っていると、神原がバッグの中から何かを取り出した。さっきの店の袋でラッピングされたものだ。あれがプレゼントなのだろう。俺もそれに倣って自分の荷物から同じようなものを取り出す。


「さて、もう結果発表しちゃうのは面白くないですから、ここはひとつ、ゲームをしましょう」


「なんか、今日はやけにやる気だよな、神原」


 積極的というか、提案が多い。楽しもうという心意気がひしひしと感じられた。


「い、いえ、そんなことはありませんとも。いつも通りですよ、いつも通り。そんなことよりゲームですゲーム」


 反復が多いが、まあいいだろう。俺は神原のにやけ顔をしっかりとキープして聞いた。


「で、そのゲームっていうのは?」


「よくぞ聞いてくれました。ゲームというのは、お互い何を買ったのか当てるものです。イェイ!」


 神原のテンションが異様に高い。ちょいキャラ崩壊してる。俺的に神原はおとなしめ清楚キャラだと思ってたんだけどな。最近はそれが少しずつ崩れてる気がしなくもない。


「そういうやつか。面白そうじゃん」


 でもま、ただ渡し合うよりこれはこれで楽しいかもしれない。

 というわけで先手必勝、俺のファーストオピニオンを発表する。


「じゃあ俺から。神原、お前の選んだ商品はデザインの入ったシャーペンと見た」


「…………」


「あれ、当たっちゃった?」


「……はい。一発で当てちゃうなんて結叶くんはエスパーなんですか……?」


「あ、あはは、はは」


 ちょっとした予想、というか当てずっぽうだったんだけどな。シャーペンなら日常的に使うし。

 神原が信じられないものでも見たように渡してきたそれは普通に機能性あるシャーペンだった。嬉しいんだけど……一発で当てちゃったのはなんか気まずいな。

 そしてそれは。


「え、えっとですね……。結叶くんが買ったのは……。まさか、シャーペン、ですか?」


「はい正解」


 俺は出した袋を神原に手渡した。

 どうせ俺は最初なんかで当てられないだろうとタカをくくって最初の間違いの中にヒント散りばめとこうと思ったらまさかの一致だったのだ。


「私たち、気が合うんですね」


「ああ。でも全然可愛い系じゃないんだけどよかったか?」


 そう、結局俺は小さいもの可愛い理論を活用せずにシンプルな明るいデザインのシャーペンを買ったのだ。

 やはり女子の好みなんてわからないし、こちらの方が間違いがないという理由だ。まあ、それはハズレがないというだけですごく喜ばれることもないのだが。

 だけど神原は心底嬉しそうな顔をしてこちらを向いた。


「大丈夫です。嬉しいに決まってますよ! 結叶くんからもらったんですから!」


 ホッ、と俺は頬が緩むのを実感した。神原を見ていると、心がほっこりする。おばあちゃんと一緒にいる時みたいに安心するのだ。


「そうか。俺も嬉しいよ」


 俺は軽くなった心でコーヒーを啜った。

 ……おい待て。ってなんで俺はわかったんだ?

 そりゃあ、見たからに決まっているけど、俺は叶人以外の顔を直視できないんだぞ?

 しかもさっき目が合っても大丈夫だったし。これは俺が成長したってことでいいのか?


「なあ神原」


「はい、なんでしょう?」


「俺は、変われているのかな。成長することができているのかな」


 唐突な質問に神原は面食らったようだが、しっかりと答えてくれた。


「いきなりどうしたんです? そりゃあ変われてるに決まってます。成長できてるに決まってます。心を変えれば全て変わるんですからね。昨日までの結叶くんとは違いますよ」


 昨日、というフレーズに昨日の醜態を思い出して恥ずかしくなってきたが、それは向こうも同じなようだ。ほんのりと顔に赤みがかっているように見える。

 どちらも本当の自分をさらけ出して結束は強くなったと確信している。

 だが、何かが違うのだ。

 たしかに今日は神原とまるで友達みたいに親しく話して遊ぶことができている気がする。そう、みたいに。

 ……ん? 遊ぶ? 友達みたい?

 今日の始めから思ってきたことなのだが……まさか、俺が今日普通に神原に接せたのって……。


「なあ、神原」


「はい、なんでしょう?」


 微笑をたたえてこちらを見てくる神原を見てさらに確信は増した。

 でもこれを言うと神原に申し訳がない。


「何か言いにくいことですか? 大丈夫です。もう私はなんでも受け止めますから!」


 だが、顔を近づけてくる神原が放つ包み込むようなこの一言に背中を押され、俺はついに言うことを決心した。

 おそらく、神原が夢にも思っていなかったであろうことを。


「……俺はお前を友達として認識してるみたいだ」


「ふぇっ?」

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