>>1 よくいるひねくれ野郎に青春は来ない……はずだった

 人生とはなんだろうか?

 こう聞くと、数々の哲学的見解が語られそうな話題だが、俺は素直にこう思っている。

 ――人生は生まれてから死ぬまでの暇な時間だと。

 だってそうじゃあないか。人はゲームをするし、勉強もする。だけどこれらの共通点を見つけてみると、これはただ100年前後の長い長い時間を凌ぐための道具に過ぎないんじゃないかと思えてこないか?

 これは全ての生命の営み全てに言えることだ。恋愛だってそういうことになるし全てのエンターテインメント然りだ。

 ……なーんてクソひねくれた俺は俗に言う高二病らしい。高二病という病名は俺の人生の教科書(ライトノベル)に書いてあった。

 とにかく俺は最近人生について不信感を持ってきているのだ。

 何をするにもそれは本当に必要なことなのかを考えてしまうし今後の人生に支障はないんだからやらなくてよくね、なんていう風にやる気を削がれてしまうこともある。

 ……はあ、こんなことを考えてしまうなんてどうやら俺もついに二次元に毒されてきてしまったようだ。特にひねくれ思考が。


「どうしたんだよ、難しい顔して」


 と、俺の意識が思考に沈んでいると、耳にこんな声が入ってきた。

 ハッとなって意識を現実に戻した俺は話しかけてきたやつの方を向く。

 とはいえここは屋上。昼休みのこの時間にここにいるやつは限りなく少ないしそれ以前に俺に話しかけてくるやつなんて決まっている。


「少し考え事をな」


 俺に話しかけてきたのはサラサラなショートヘアに少し肌が焼けた目もとがキリリとしているのがカッコいい少年。スポーツ万能でイケメンな才色兼備の男子。萩宮叶人だ。

 ここまで聞くと明らかに共通点のないむしろ正反対(リア充と陰キャ)の俺たちだが、実は幼稚園からの付き合いの幼馴染だったりする。

 叶人はこんな社会的弱者の俺に気を使っているのかそれが叶人の素なのか色々と俺に絡んでくることが多い。完全に孤立したぼっちにならないので嬉しいは嬉しいのだが、こいつの立ち位置がどうなってしまうのかが心配ではある。

 ……って、なんで俺は他人の心配してるんだ。叶人がいなかったら確実にぼっちな俺自身のことを考えなきゃダメだろ。

 俺は中学に入った頃から二次元にハマっていった。その時はほんの興味本意だったのだ。それがまさか高校生になった今まで続いてさらに俺の人格に影響を及ぼすとは思ってもいなかった。

 別にぼっちでも、というかそっちの方がいいやという結論も俺の中で出ているがさすがにそれはダメだろという理性がまだ残っていて、まだ廃人とは化していない。

 ま、それは別として俺には重大な欠陥があるんだけどな。

 考えるのが面倒くさくなった俺は屋上の柵に身を預け、心地よい風を肌で感じながら昼を済ませるという当初の目的通りに弁当を食べた。


 *


 人生はクソゲー、なんて言葉も俺には馴染みの深い言葉だ。だがそれとは裏腹にそれは敗者の言い訳だろと考えている俺もいる。なんだかんだで俺は俺の考えていることがイマイチよくわかっていない。

 そのせいで俺はしっかりとしたオタクにもなれず、かといって少しもヒエラルキー上位でないという中途半端な場所にいる。これが一番厄介な立ち位置でとにかく仲間がいない。ヒエラルキー下位層は下位層同士で集まれるからいいのだ。だが俺には中途半端同士の仲間は見つからなかった。まだ一年の春だからと言い訳もできるが、それをしてしまったら卒業まで言い続けてる気がして俺はただ自分の不甲斐なさを悔やむだけだった。

 つまり何が言いたいかというと。

 休み時間がキツいんだよ。

 授業のあいだの十分休みでもやつらはワラワラとグループを結成して喋ったりしているのに対し俺は話しかけられることもなくその気まずさを回避するためにスマホに目を落としているのだった。なお、叶人は他のクラスだ。なので授業あいだの休み時間こちらに来ることはない。

 そんなわけで俺は今まで灰色の人生を送ってきたことは容易に想像できるだろう。

 くそ、小学生の時はみんな同じくらいだったのにいつからこんなに差が開いたんだ。中学時代だな。それしかないだろ。

 中学時代は部活には入らず帰宅部で、勉強もこれといって良くはなく、だからといってイベントにもあまり積極的に参加しない害悪なことをしてたからかな。って、思い当たる節がどんどん出てくるな。

 そうか、俺が楽して家帰って遊び呆けているときにこいつらは頑張ってたんだな。人間関係を構築し、コミュ力を鍛えるっていう。こんなことなら中学時代頑張ればよかった。

 まあそんなことを悔やんでも仕方ない。いま考えるべきことはこの日々の処世術と脱却法だ。

 そう、せめて幼馴染の叶人以外にもう一人クラスの中で友人でもできたらいいんだが。言うてもクラスの面々は俺のような影の存在に興味は持たないのでいじめられるとかの心配は皆無だ。

 と、今後のことを憂鬱気味に考えているとチャイムが鳴った。言うまでもなく次の授業が始まるものだ。


「早く席につけー」


 教科書片手にそういう先生を尻目に俺は空きすぎた時間のうちに準備しておいた教科書を開いた。

 すると。


「……ん?」


 何か紙が教科書に挟まっていた。それはしおりのようになっていて、すぐに抜き取ることができた。

 それは切手大の紙を半分に折ったようなサイズだった。

 なんだろこれ。中を見てもいいものだろうか……。

 いや、ほぼ誰とも関わりのない俺が誰かのと間違えてここに入れるとはちょっと考えにくい。

 これは見てもいいやつだ、うん。

 俺はそう勝手に判断してその紙を開いた。紙には何やら文字が書いてある。それはれっきとした文章のようで。

 書かれた文字列を辿っていくと、どうやらこう書いてあるようだった。


『放課後に屋上に来てください』


「…………」

 えっと、これはどういうことかな?

 放課後に屋上に来てくださいって、何かがあるっていうことだよな?

 もしかしてもしかすると、これって告――

 ――いやいやいや、んなわけあるか。

 俺のリアルへの不信感を舐めてもらっては困る。そう、ただ呼び出された程度でそんな勘違いをしてしまうのは愚か者の行為だ。イタズラの可能性だってある。


「はいここ、倉永」


 この紙に対する否定の意識がぐるぐる回っていて、授業どころではなかった。


「あ、あの、えと」


 だから突然指されてもさっぱりだ。


「あーもういい。じゃあ笹本」


 よかった。怒るんじゃなくて人を変えてくれた。ここで俺が怒られてたらものすごく変な空気になるってことは先生もよく知っているようだ。その前に俺が真面目っちゃ真面目だったからという要因もあるだろうが。学校でやることがないと、必然的に勉強しかやることがなくなってしまうのだ。

 そんなわけで俺は気を利かせた先生のために今さっきの紙のことは忘れてきっかり勉強モードに切り替えて、真剣に授業に取り組んだ。


 そして放課後。

 俺が紙のことを思い出したのはその時だった。

 スマホを取り出す時にポケットに突っ込んだままだったのを思い出したのだ。


『放課後に屋上に来てください』


 何度見ても変わらない文字列が続いている。

 でも、よく考えると放課後の何時とか書いてないし用件もなんも書いてないしこの文章だとなにかと不十分だよな。

 だからといってこの紙の言いつけを破る度胸もないので一応一回は屋上に行ってみて既成事実を作ってから帰ろう、とそう決心して腰を浮かせた時だった。


「ねえ」


 前の席から話しかけられたのだ。俺の前の席は女子でいわゆるリア充の分類に入る人種だ。名前は興味ないから覚えてもいない。

 そしてリア充が俺に話しかける理由もクソもわからないので、警戒レベルを最大に引き上げつつそれに応じる。


「な、なに」


 人と会話するのは叶人以外にほぼないのでこういうキョドり方はご愛嬌としてほしい。

 そして俺は――体は前に向けているが視線がどこかへ飛んでいってしまっていた。

 そう、俺の欠陥、それは人の顔を直視できないことだ。小さい頃からの付き合いの叶人ならともかく、それ以外の人間と顔を合わせることができない。この症状は二次元にハマり始めた中学時代から始まっていた。きっと二次元の絵を見すぎて現実が直視できなくなってるんだな、うん。ただ単にコミュ障という原因もあると思うけど。


「さっきどうしたの?」


 どうやら聞きたかったのはなぜ俺が授業でヘマをしでかしたかというどうでもいいことらしい。リア充ほど無駄なことを聞きたがる説。


「別に。考え事をしてただけ」


 そしていきなり手紙が来たからそれに気を取られてたなんて馬鹿正直にいうわけもなかろう。俺はいかにもありそうな理由をでっち上げてここからの逃走を図る。


「そっかー、ならいいんだけどね。ごめん、引き留めちゃって」


「別に。たいして急いでるわけじゃないし」


「そう。それじゃ私部活行くから」


 それじゃ、と軽くこちらに手を振りつつ席前女子はどこかへ行った。

 ふぅ、嵐は去った。リア充は行動心理が読めんからな。もっと合理的に行動してくれたらいいのに。

 俺は今度こそカバンを肩にかけ、立ち上がった。

 この屋上呼び出しにはどんな真意が隠されているのか。おっかなびっくりときどき期待を胸に俺は階段へ向かった。


 基本的に屋上は開かれている。これは昼休み俺と叶人が昼をとっていたことからも明らかだ。ただし屋上で遊べるような環境とか農園とかは全く整っていないのでわざわざここに来るやつは少ない。というかゼロに等しい。

 だから屋上に繋がるドアは全くの抵抗なくガチャリと開いた。その瞬間に春風が俺の体を叩いて髪をなびかせた。

 涼しい中に温かみのあるこの風を春一番と言うのだろうかと見当違いのことを考えつつ、俺は屋上に足を踏み入れた。

 もう日は落ち始めていて、薄くオレンジがかっていた。

 日はまだ短いな、夏はまだまだ先かなどと思いを巡らせて屋上に人を探した。

 まもなく人は見つかった。一人しかいなかったのだから間違えようもない。

 風ではらりはらりと宙を舞う艶のある長い黒髪がまず目に付いた。それもそのはずで、その少女は後ろを向いていたからだ。


「もしもし」


 こちらに気づいていないようなので俺は柵に手をかけて景色を眺めている少女に声をかけた。少女はいきなりのことにビクンと体を震わせた。何もそこまで驚かなくても。

 おそるおそると言った感じでこちらを振り向いてハッとなったように体ごとこちらに向けてくる。

 ……前述の通り顔は直視できないので俺の視線はとっさに落ち始めた夕日へと向かっていた。太陽も直視はできないので実質視線は文字通りうわの空だが。


「え、えっと、倉永結叶さん、ですよね?」


「ああ、そうだけど」


 全くその通りだったので俺は素のままに頷いた。そして目の前の女子をなんとなくチラリと見た。

 顔は見えなかった(見なかったの方が正確か)が、それ以外に確認できたことはあった。

 ここの高校の制服を着ているのは当然として、そこに付けているリボンの色が俺と同じ高校一年だと語っていた。

 身長は俺の頭一つ下くらい。俺は地味にひょろりとそれなりに背が高いのでこの女子の身長は理想的なちょうどいいことがわかる。一言で言ってしまえばスタイルがよかった。


「……で、用ってなんだ」


 と俺は本題に話を移す。屋上に来てと呼び出されて行ってみるといつも人気の少ない屋上に一人の人がいた。これはもう差出人を物語っているとしか思えないだろう。そもそも、俺はなぜ呼び出されたのかすらわかっていないのだ。ただ放課後に屋上に来てくれと伝えられたからその通りに来たまでなのだ。

 だから、なぜ呼び出されたのかは大いに気になることだった。

 もちろん、色々と予想はついている。だがそれらは現実味にかけていたり、目の前にいる女子が言い出しそうなことではなかった。結局推論は推論でしかないのだ。


「あ、あの……」


 俺を呼び出しただろう女子はそんな風に何か躊躇っている素振りを見せた。何か言い難いことでも言うのだろうか。


「す……」


 す? 水曜日に何かあるということを知らせに来てくれたのだろうか。それともすき焼きって美味しいですよねか? いや、さすがにそれはないな。屋上に呼び出すほどの案件じゃない。

 だが、俺が屋上呼び出しで思い浮かべる非現実的な展開など現実にあるわけが――


「好きです! 付き合ってください!」


 ――あった。

 俺はこの時、事実は小説よりも奇なりという言葉を初めて実感した。


「あ、えっと……」


 いきなりのことに戸惑いつつもまずは何を返すべきかを頭で整理する。

 この時、俺には三つの選択肢があったと思われる。

 一つ目は『はい、こちらこそ』との了承の返事。

 もう一つは『ごめんなさい』という拒否の返事。

 そしてこの時俺はこの二つを無視して第三の回答をとっさに選んでいた。

 了承でも拒否でもなく、それでいてかなり重要であろうことを。

 それは彼女にとって思わぬ返事だったと思うし、否定もしない。

 だけどこの時の俺が一番に聞きたかったのは間違いなくこれだった。


「……一ついいか?」


「はいっ?」


 告白した直後だからか、その女子の声は心なしか上ずっていた。彼女の心模様はすごいことになっていることだろう。

 そしてこれは俺も然りだ。さっきから心臓はドクドクと脈打っているし、顔が熱くもあった。

 俺は一度ゴクリと唾を飲み込み、落ち着いてから話を続けた。


「失礼なことだから、怒らないで聞いて欲しいんだが……」


「なんでしょうかっ?」


 そして俺は言ったのだ。本能のままに三つ目の回答を。


「――あんた、誰だっけ?」

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