俺◀︎ヒロインって、どういうこと?

貴乃 翔

プロローグ

 生暖かくも心地の良い風の吹く、ある晴れた日のことだった。


 そして、橙色の夕日が落ち始め、あたりには夕闇がうっすらと出始めた黄昏時、という時のことだ。


 俺は学校の校舎の屋上でそんな心地よい風を受けていた。


 だが何も俺は外で春風を受けて風流だなあ、なんて言う趣味なんてないからここにいるのにはしっかりと理由がある。


 そもそも、用がなければこんな屋上になんか来ない。


 そしてその用というのは目の前にいる女子が持っているらしい。


「え、えっと、倉永結叶くらながゆうとさん、ですよね?」


「ああ、そうだけど」


 その通りなので俺は頷いた。その後で目の前の女子をなんとなく、見ていると悟られないようにそれとなくチラリと見た。


 何の変哲もない制服を着ているのは学校だから当たり前のことだが、つけているリボンからこの女子が俺と同じ高校一年だとわかる。


 身長は俺の頭一つ下くらい。俺は標準より少し高めなのでこの女子は理想的な高さだと思われる。

 んで、一番目に付くのが春風になびくその長い髪。生きているようなそれは艶が出ていて大事にケアしていることが窺える。


 顔は……すまん、俺には説明するのは無理だ。なぜなら、俺は顔を見ていないから。微妙に視線を逸らしているのだ。なぜかは察してくれ。


「で、用ってなんだ」


 と俺は本題に話を移す。実は俺はなぜこの屋上に呼ばれたのかまだわかっていない。ただ放課後屋上に来てくれと伝言されたから来たまでなのだ。


 だから、なぜ呼ばれたのかは大いに気になることだったのだ。


 もちろん、見当くらいはついている。だがそれはあまりにも現実味にかけるのだ。


「あ、あの……」


 目の前の女子は何かを躊躇っている様子だった。若干震えた声音でまずは前置詞から始めた。


「す……」


 次に『す』。なんだろう。水曜日に何かあるというお知らせか? それともすき焼きって美味しいですよねか? いや、さすがにそれはないか。


 どちらにせよ、俺が考えたことなんてあるわけが――。


「好きです! 付き合ってください!」


 ――あった。あってしまった。


 俺はこの時、事実は小説よりも奇なりという言葉を人生で初めて実感した気がした。


「あ、えっと……」


 俺にはこの時、三つの選択肢があったのだと思う。

 一つは『はい、こちらこそ』との了承の返事。

 もう一つは『ごめんなさい』という拒否の言葉。


 そしてそれ以外の三つ目を俺は選んだ。

 どちらでもない、きっと予想外の返事を。


「一ついいか?」


「はいっ?」


 告白した直後だからか、女子の声は上ずっていた。

 それは俺も然りだ。心臓なんてバクバクしまくっている。


 俺はゴクリと唾を飲み込み、落ち着いてから話を続けた。


「失礼なことだから、怒らないで聞いて欲しいんだが……」


「なんでしょうかっ?」


 俺はそうしてこの場合一番取るべきでない謎の行動をとったのだ。


「――あんた、誰だっけ?」


 これが成功だったか失敗だったかと言われると、それはどちらにも属しかねる。

 まあ、だが悪い気はしていない。

 だって、自分に正直でいられたからな。

 ともあれ、ここから俺の人生は大きく変わった。


 これは、どこにでもいるしょうもない少年と、特別な存在である健気な少女のお話だ――。

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