崩壊の狂想曲
地中貫通爆弾、あるいは大型貫通爆弾。
数トン、または十トン超の質量を、航空機による高高度からの投下による自由落下、あるいはロケットブースター加速という、極めて単純な物理に基づいて貫通力を実現する兵器。その名の通りに「地下」を目標とする兵器である。
これは、地下深くに守りを固める核シェルターをも破壊する威力を持つ。
核兵器から逃れるための地下壕が核シェルターである。すなわち、単純な貫通力であれば核兵器をも上回るものだ。
この兵器がその地下施設に対して投下されたのはこれまで六回。
分厚い鉄筋コンクリートですら貫通する質量攻撃は、地下施設を覆う土砂を大量に巻き上げ吹き飛ばし、表面を焦げさせる程度の成果しか上げられなかった。
これは封印魔術による補強のためである。
解法を設定することによりそれ以外の破壊手段の一切を拒むという魔術の在り方は、彼らにとって物理学的解釈の困難なものであった。物理学的には、要するに極めて強固な
だが、あらゆる手段でもこれを破壊することはできなかった。ただ頑強なだけならばより強力な攻撃で破壊できるはずだが、傷一つすらつけられない。大型貫通爆弾ですらが「成果なし」とあっては、彼らも
魔術というこの星特有の
彼らはその「正規の入口」からの侵攻作戦を幾度か試みた。ただし、狭い入口からでは投入できる部隊規模はせいぜい十六体。迷宮の規模に対し、これでは戦力の逐次投入によって各個撃破され続けるという愚を繰り返すことは明白だった。
幾度かの侵攻による偵察で迷宮内の構造はおおよそ把握できた。
完全な攻略のためには、戦力の大量投入が必要であるということも。
その方法を模索するため、次に彼らは地上に現れる迷宮の入口を占拠するという作戦を実行に移す。
長い観察の結果、地上に現れる「入口」は計二十二カ所。70km四方の範囲で周期的に地上に顔を出す。彼らはやがて、その半数以上を占拠するに至った。
成果の出ない作戦であった。迷宮の入口はいわばエアロックに似た構造をしており、地上との出入りが完全に閉じて初めて地下の迷宮と繋がる。「入口」を地上に押し留める以上、それは入口としては機能しない。
方針の切り替えを検討すべき徒労のようにも思えた。それでも彼らは試行錯誤を繰り返し続けた。新たな入口が現れるたびにこれを確保した。
彼らの試みは無駄ではなかった。「入口を占拠し続けている」という事実そのものが大きな意味を持っていた。
封印魔術とは、解法を持つがゆえにそれ以外を拒絶する。
解ける可能性が失われた封印は、その
それは、あくまで小さな綻びである。
そのような方法で封印魔術を突破することはこれまでの魔術史上にもなかったことだ。なぜなら、魔術師にとっては通常の手続きで解法に挑む方が遥かに容易だからである。
四百年以上維持されてきた封印としては、封印を施した棺そのものを深海の底へ沈めた、といった例がある。誰も手の届かない位置にあれば封印も解けないのは道理である。
一方その迷宮は、誰にでも届く解法を用意しながら、事実上これを退けるという方式で封印を維持し続けてきた。年に数人の行方不明者によって、迷宮の体裁を維持し続けてきたのである。
歴史が終わろうとしている。
巨大であるがゆえの攻略難度に基づく強固さ。肥大化し続けたゆえの不安定さと脆弱性。奇跡的な均衡は物量によって押し潰される。
ついに彼らはすべての入り口を封鎖し、迷宮を侵攻不能の閉鎖要塞に仕立て上げた。
大型貫通爆弾の、七度目の投下。
十数トンの質量を高高度からの投下し、ロケットブースターでさらに加速させる。その甚大な運動エネルギーを防ぐ石材の外壁など、物理的にはどう試算しても「あり得ない」ものだ。
その「あり得なさ」を実現する封印魔術は、「完成」されたものでなければならない。
たとえわずかな綻びであったとしても、「閉ざされた迷宮」という不完全では、もはやその貫通力に耐えられはしない。
迷宮に、大きな穴が空いた。
「なんだ、あいつらどこへ行った?」
戦列艦の船室にて惰眠をむさぼる老人は、定期的に鳴り響く巨大な爆発音に目を覚ました。なんでも、迷宮を破壊して強引に侵入しようとするものがいるらしいが、とにかく騒音が迷惑なので早く無駄だと悟って欲しいと常々思う。
「探索だろ。あいつらも懲りねえからな」
別の老人が答える。その場にいたのは三人の老人である。
彼らが老けているのも無理はない。この迷宮に迷い込み、もう二十年以上も定住しているのだ。迷宮から脱出しようという気概も、探索しようという気力も残されてはいない。「ただ生きていればそれでいい」と諦めて、体力も知力もすっかり衰え老け込んでしまったのだ。
二十年。ゆえに、彼らは地上の有り様を知らない。
世界は滅び蹂躙され、命なき機兵の群れが魔術師を抹殺し続けている最悪の現状を、彼らは知らない。
むろん、あとから来た新参者に聞かされてはいる。ただ、彼らにはなんの関心も持てない話だった。地上でなにが起ころうとも彼らにはすでに関係はないし、迷宮が安全ならそれでよい。
というより、理解そのものを拒んでいた。
ゆえに、このたび現れたさらなる「新参者」の正体に、最期まで気づくことすらなかった。
「おい、見てみろ女だ」
「女ぁ? カガワ……とかが戻ってきたのか?」
「違うぜ。えらく綺麗だ」
甲板の上から覗き、彼らは広場に入ってきた人影を見た。
銀髪に、なにか青い服を着込んだ女。身体のラインがはっきり浮かび上がる、貼りつくような服だ。地上ではいつのまにかそんな服装が流行っていたのかなどと、ぼんやり興味なさげに眺めていた。
「ん? 一人じゃないのか」
「ずいぶん似てるな。姉妹かなにかか?」
「三人、四人、五人……多いな。船室が狭くなりそうだ」
彼らの末路については、あえて言及する必要もないだろう。
***
「おい! なんだよあれ……どうなってんだ。なんなんだよ! ロジャー! おい! こんな、これほどの……嘘だろおい!?」
壁の男――アルフは、もはや人ではなく、生物とすらいえない存在となっていた。しかし、魔術的存在には違いない。ゆえに、目覚めようとする彼女の脅威も、魔術的に感知することができた。
迷宮の中央に眠る女性。多重の封印によって四百年以上囚われ続けているであろう彼女に、アルフは共感と同情を覚えていた。
いわば極めて珍しい「同時代人」であり、四百年以上囚われ続けていたという境遇に似たものを感じたからだ。彼もまた壁に魂が憑依したまま長い間孤独だった。
なにより、彼女は美しかった。見惚れるほどに美しかった。
しかし。
彼女が今に目覚めようとするのを前に、そのような感情は一切が消し飛んだ。
あるのはただ、恐怖だ。不死であるはずの彼が、恐怖と混乱に見舞われていた。
「そんなにビビるなアルフ……。彼女は、ただ、目を開けただけ……俺たちが敵ではないと、理解、してもらえれば……」
「テキデハ、ナイ……?」
声。
薄く目を開いた彼女は、次に口を開く。
小さく、囁くような掠れた声は、毛穴の一本一本に針を突き刺すような悪寒をもたらした。
膝を屈し、もはや立つことすらままならぬほど押し潰されながらも、ロジャーは懸命に返事の言葉を絞り出した。
「そうだ。俺、は……あんたの封印を解きに、来た。だから、敵ではない」
「フウイン、ヲ……?」
数百年ぶりの目覚めだ。
まだ、意識も混濁しているに違いない。
耐えがたい魔力の放出も、悪意によるものではなく、ただ抑えることを忘れているだけなのだ。ゆえに、まずは言葉を尽くして、理解してもらうしかない。敵ではない、と。
「おはようございます。ならば、敵、ですね」
明瞭な、声で。
明確な敵意を露わにし。
暴風のごとき圧力は、ロジャーの内臓をぐちゃぐちゃに掻き回しかねないほどの。
「な、なな、な、ぜ……あ、ぐぁ……ぎ」
「迷惑な、方もいたものです」
封印され、身動きもできない彼女に、ただそこにあるだけの魔力に、ロジャーは死に瀕していた。身体中が燃えるような痛みに、凍えるような悪寒。生きていることが、もうわからない。
「私、はお父様に会うために眠っていた、のに」
「お父、様……?」
声は、穏やかなものだ。
その表情も、伏せたまま揺らぎもない穏やかなものだ。
だが、漏れ出す魔力は悪意と指向性を伴って、ロジャーに突き刺さっていた。
「お、おい! ロジャー、どういうことだ! 彼女は……彼女は、なにを言ってるんだ!?」
「は、はは……。くそ、見込み違いか。俺は、彼女の“敵”か……」
なぜ、彼女は眠っているのか。なぜ、封印されているのか。
いくつの仮説は考えていたが、前提として彼女はそれを「望んでいない」と考えていた。封印を解かれることを「望んでいる」と考えていた。
だが、その口ぶりは違う。彼女は自らの意思で眠りについた。自らの意思で封印されたのだ。
そして、それに類する話をロジャーは知っている。誰だって知っている話だ。
「キールニール……」
お父様に会う、と彼女は言った。
さらにこの魔力。状況証拠は揃っている。にわかに、信じがたいことではあったが。
「キールニールの、娘か……!」
これは目覚めさせてはならないものだ。
だが、もう目覚めてしまった。もう止めることはできない。ならば。
仕事だけは、こなさなければならない。
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