小さな譲れぬ戦い②
スレインは準備をしていた。
すべてはトッドを殺すためである。
スターライトホテルにおいて、「ジュエリー」以上の等級にはいくつかの特権がある。
そのうちの一つが、録画映像の視聴権である。
その権限によって、範囲は庭園のみにかぎるが、三六〇度あらゆる方向から撮影された映像に基づいて三次元に再現された仮想空間をすべての時間に遡って観ることができる。それはジュエリー以上の等級が魔術研究のさらなるアイデアを創出することを期待しての情報提供である。
スレインはこの権限によって、ひたすらにトッドの動きを観察した。槍の軌道。可動域。切り返しの反応速度。視線移動。そのすべてを統計として分析し、その癖を見極め、攻略法を無数に
前々回の大会で敗れた日から、ずっとである。
前回の大会はより詳細な
それほどまでにトッドは手強い相手だと認識していたからである。
だが、もう待てない。
あの男は暴挙に出た。少女を人質にとり、キズニアを殺そうとした。
にもかかわらず、キズニアはトッドを裁こうとしない。
ならば自分でやるしかないと、スレインは画策していた。
ふつうに殺そうとしてもキズニアに止められるだろう。なにより道義的に問題がある。
よって、月例大会の決勝にてトッド自身によって
「受けるよな? なあ? それとも怖くてできねえか?」
結果、思い通りにことは運んだ。この流れなら、トッドが「事故死」したところで誰も咎めない。
「くだらない挑発だ。なぜそんな申し出を受ける必要がある?」
「うるせえ。てめえを殺してえからに決まってんだろが」
「キズニアさんに怯えて引きこもっていたのが出てきたと思ったら、ずいぶんと威勢がいいじゃないか」
「ひゅー。かっこいー。じゃ、決勝はとっとと辞退してキズニアさんに任せます? ほら言えよ。たすけてーって。スレインくんがあんまりに情けなさすぎて、きっと助けてくれるぜ? いえよ。ほら」
「……わかった。受けよう」
スレインは確信していた。勝てる、と。
トッドはどこから入手したか妙な薬で力を得ているが、一ヶ月もあれば多少の変化は想定内だ。そして、先のミナセ戦の動きを見てさらに確信を強めた。
やや力と速度が増しただけだ。動きの癖はなにも変わっていない。問題なく対応できる範疇だ。
「おや? よろしいのデスか?」
白々しく確認するのはデイモンドである。
観客もまた思わぬ展開にざわついている。
「え、なんで? 殺し合い……をするってこと?」
「ふーん。どうやってマンネリを解消するかと思ったら、あたしの参加以外にこんな……」
表向きはトッドが言い出したことである。しかし、これはいったい誰が仕掛けたのか。
どのような思惑が裏にあるせよ、敗退者であるミナセはただ見届けることしかできなかった。
「私もお前の愚かさに制裁を加えたいと思っていた。よい機会だ」
「せ・い・さ・い、って。お〜怖っ」
あとは、主審であるキズニアに合意がとれるかどうかである。
「よいだろう。ただし、あくまで武器の非致死性魔術を解除するだけだ。こちらで決着が判断できる場合には止めさせてもらう」
スレインの思った通り、そのあたりが落とし所となる。デイモンドが事前に手を回していたのだろう。頼るべきは彼の話術だ。
――本当によろしいのデスか。スレインさま。
貼りついたような笑みを顔に浮かべながら、内心でも笑みを浮かべるのはデイモンドだ。スレインはこの試合のために秘密裏に準備と工作を進めてきたが、秘密があるのはなにも彼にはかぎらない。
そのことを、知っていたからである。
「てめーにゃ、二粒だな」
MMドラッグは一度の多量服用で効果が正比例するものではない。同時に二粒までなら一粒より1.25倍の効用が望める。ただし、三粒目からは急激に効用の上昇率は下がり、一方で副作用の依存性や身体負荷は増していく。すなわち、命を捨てるつもりでないのなら二粒が限界の摂取量だ。
トッドも、実のところスレインを舐めてはいない。
前回の一戦にて妙な違和感――「本気を出していない」という薄っすらとした疑惑を抱いていたからである。
「やろうぜ。いい加減てめーも目障りだ」
二人はそれぞれの武器より非致死性魔術の縄を解く。そして、互いに殺意を剥き出しにした死合が始まる。
***
「いますぐ支援物資を送れ! 取り返しのつかないことになるぞ!」
レグナは叫ぶ。“狂国”の惨状を目の当たりにしては、いてもたってもいられなかったからだ。
「落ち着いてレグナくん。支援というなら“夢の果樹”がそれさ。というより、僕らが食べるにも精一杯なのに、今さらなにか送っても焼け石に水だよ?」
「このままではこの国は滅びるぞ。こんな国に未来があるはずがない。これでは……緩やかな滅びの袋小路と同じだ!」
「おかしなことをいうなレグナくんは。すべてのものはいずれ滅びるよ?」
「くだらない極論をやめろ!」
話にならない。狂王はただニタニタと笑っている。レグナがこんな反応を見せるのも含めて、狂王の悪趣味な「遊び」に思えた。
「まあまあ。僕だって心を痛めているんだ。とはいえ、手の打ちようがないのが現状でね。それでも、ただ機兵に無惨に殺されるよりはだいぶマシだと僕は考えている。レグナくんはどうかな?」
「…………」
それを言われると言葉に詰まる。
少なくとも彼らはまだ生きている。あんな国でも、生きているだけマシといえるのだろうか。
そして、そんな彼らに対しなにかできることも思い浮かばない。食糧を掻き集めようにも、現状で可能なのはたった二人の狩猟採集でしかない。
農業をはじめるにせよ即効性はない。今からでも救える命はあるだろうが、今すぐできるものではない。焦燥だけが胸を焦がす。
「でも、希望はある。それがこの先にある」
すなわち、拉致されたらしい人々の収容所である。というのも――。
「彼らの動きを観察して、罠を張ったのさ。ある知人に追跡魔術をしこたま仕掛けて、それをわざと拉致させた。僕らはその位置を追っている。ただ、これがずいぶん遠いらしくてねえ。そこへ辿り着くのと、侵入するのとで、空間歪師がいればなあってぼんやり考えていたんだ。あ、そうだ。レグナくんも痕跡を追えるようにしてあげよう。えいっ」
正確な位置はわからないため、〈空間接続〉によるおおよその移動のあとは、二人は徒歩で追跡魔術の痕跡を追った。
そうして彼らが向かう先はヨギゾルティア半島の南端――すなわち、赤道直下に当たる。
ゾルティア。かつては
その国も、今やすっかり焼け野原で「秩序」を取り戻していた 。
「多くの魔術師がいるはずだ。彼らは本当に多くの魔術師を拉致していた。たとえば……そうだね。食糧生産魔術を持つものだっているかもしれないし」
見えてくる。まだ遥か遠く先であるはずなのに、それどころか地平線の向こうに位置するにも関わらず、彼らの目はその影を確かに捉えた。
天を衝くような、ではない。その塔は、たしかに天を衝いていた。
彼らがその語彙を持たないのは仕方のないことだ。彼らはそのあまりに巨大な建造物を「塔」と呼ぶ以外に語彙を持たない。
ただしそれは、どちらかといえば「橋」と呼ぶ方が正しい。
すなわち、静止軌道上より吊り下げられた、「天の架け橋」である。
軌道エレベーターの建造計画は、セ・キ・ローダーが二十年前に惑星Nα-3の軌道上に到達した当初からすでにあった。
だが、その惑星には原住民がいた。原住民の存在を認識した彼らは、あくまで隠密に事を進めるため「実際に橋を架ける」前段階の準備を十全に行った。
Nα-3の衛星より原材料となる炭素を採掘し、自動工場によって超張力素材へと加工。カウンターウェイトのための質量も確保する。すべては天上にて進められた。
(この要領で、セ・キ・ローダーは多くの機工衛星を打ち下げている)
そうして、わずか二年の建造期間によって彼らは実用性のある軌道エレベーターを完成させていた。
ただし、今地上にてそれを眺める狂王とレグナの二人にとっては、知る由もなければ関係もない話だった。追跡魔術の痕跡が指し示すのは、その遥か下に位置していたからである。
低高度実験居住区画。
上空40kmに位置する、もはや「都市」と呼べるほどの巨大な建造物は、彼らの目からは浮遊大陸の如しであったが、実際には静止軌道より吊り下げられているものだ。
かつて地球にて人類文明が絶頂にあったころ、一般観光客向けに企画された「ほんの少し上空」に位置する天空の城。
スターライトホテル。「最高」の贅沢をあなたに。
宇宙へ至る橋を登るもよし。ただ天に立つ優越感を満喫するのもよし。
世界規模の宣伝広告によって発表された計画は華々しい文明の象徴ですらあった。
だが、その計画は実現に至る前に「核狂乱」という惨事によって夢と消える。もはや輝かしい未来は消えて失せて、星を望む空は閉ざされてしまったから。
それから数百年。データベースの片隅に残された計画書を基に再現され、実験施設として利用されているのが今の形だ。
「あれだね。間違いない。追跡魔術の痕跡はたしかにあの“天空の城”を指し示している。あれが収容所だろう。きっと多くの人々が助けを待っているはずだ」
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