勝つために戦う②

 夜はまだ深い。月もほとんど出ていない暗がりだ。

 その闇のなかでも、彼らの目はその影を確かに捉えることができた。

 それは彼らの目から見て異様な建造物だった。

 半月形の屋根を持つ建物が幾何学的にいくつか連なり、ドーム状の建物がその中央に位置していた。いずれも鉄かなにかの金属素材から形成されている。

 そして、その中心より巨大な塔が高く伸びる。彼らが見たこともないほど高い塔だ。その先端には白い半球形がいくつか並んでいた。


「警備はいないのか?」


 彼らは小高い丘に陣地を張った。対認知障壁によってその身を隠している。遠視魔術によって監視しているそれが、彼らが目標としていた“敵基地”であることは間違いなかった。


「おそらくない。必要がないからだ」

「“おそらく”ぅ~? お眼鏡様は私たち人間と違ってなんでも知ってるんじゃなかったんですかぁ?」

「私は“見た”ものを知ることができる。“まだ見ていない”ものは知ることができない。私も基地を目にするのは初めてだ」

「その基地、いま見えてるでしょ」

「距離が遠すぎる。ゆえに断片的なことしかわからない。あの基地の目的は機兵の製造と保守整備、ならびに通信中継拠点だ。あの高い塔は通信設備だろう」


 そのとき、彼らは大地が揺れるのを感じた。わずかな、小刻みな振動である。断続的な獣の唸り声めいた音も聞こえる。その方向へ目を向けると。

 巨大な鉄の塊が。車にも見えたが、馬に引かれるわけでもなく独りでに動いている。角ばった重々しい鉄の塊が、その背に大量の鉱石を載せて動いていた。進行方向としては、どうやら基地へ向かっているらしい。


「資材運搬車だ。クローラー駆動により高い不整地走破能力を持つ。積載能力は5t。現地で調達できない希少鉱石を採掘場より運んでいる。半月形の建物に搬入され、機兵製造の原材料となる」

「へえ。好き勝手やってるわけだ……」


 アイゼルからすれば、それは不法な資源の略奪である。ノエルは静かに怒りを燃やした。


「さて、どうする」


 その場を取り仕切るのは落日だ。


「基地の実在を確認しただけでも十分に成果とはいえる。このまま撤退することもできるが――」

「当然、接近する」


 答えるのはグラスだ。


「この距離では正確に“見る”ことができない。間近で、隅々まで観察することによってはじめて、私は君たちにとって有用な情報を得ることができるだろう」

「私も同意見。このまま引き下がれないでしょ」

「……警備は見えない。とはいえ、リスクは高いはずだ」


 落日は少し考える。


「俺とグラスの二人で基地へ向かう。ノエルはこの場に待機。こちらで離脱困難な緊急事態が発生した場合には合図を送る。ノエルはそのまま砦へと帰還せよ」

「え? いや……」

「なんであれ、情報を持ち帰る必要がある。全滅した場合、“基地は危険だった”という情報すら殿下のもとに届かない」

「まあ、うん。理屈はわかるかな……」

「わかったな。命令は絶対だ。くれぐれも、“助けに来る”などという判断はするな」

「了解」

「では、行くぞ。夜が明けるまでには戻る」


 ***


 遺物管理局は街から離れた場所にポツンと孤立して存在している。

 それは管理している遺物の危険性に由来している。万が一にもなんらかの遺物が暴発する事故が発生した場合、周囲に被害を広げず、封じ込めるためである。

 それが、皮肉にもの結果となった。

 街は軒並み破壊しつくされ、遺物管理局は街から離れていたために無事にそこにある。

 もっとも、二年以上放置されていたために建物自体は寂れてはいるが。


「あー、そうか。時限型封印はともかく、その手前の封印扉は残ってんのか。符号型か照合型かのどっちかだろうが……」


 その地下。遺物保管庫にアーガスと五十部よべは侵入しようとしていた。ちなみに、残りの二人は地上で見張りを担当している。


「困ったな。さすがに封印扉は俺の斧でもビクともしねえだろうし」

「ちょっとどいてくれでやす」


 後ろからひょこっと五十部が顔を出す。


「照合型でやすね。標準的な軍仕様でやす。このタイプなら一時間もあればいけやすよ。この扉自体はわりと頻繁に開けるんでやしょうね」

「なんだ、お前封印の解術ができるのか」

「は? そのためにあっしを連れてきたんじゃないんで?」

「いや、適当だった」

「……前から思ってたんでやすけど、アーガスの旦那って頭悪いんじゃないでやすか?」

「それはまあ、否定はできねえな」

「というか、照合型ならどこかに“鍵”があると思うんでやすけど」

「この場にはないだろう。管理局の独断で扉を開けないように、おそらく第二師団あたりで管理してあるはずだ」

「こんな簡単に解けるなら意味ないと思うんでやすけどねえ」

「解術の際に魔力波が放出される。不正な解術はそれで検知される。今となってはまったく気にする必要はねえんだけどよ」

「開きやした」

「ずいぶん短い一時間だな」

「“鍵”がないなら、ちまちま時間かける必要もないでやすからね」

「俺に“鍵”を探させに行って、その隙に適当に遺物でもくすねるつもりだったか」

「急いだほうがいいと思いやすよ?」


 そういい、五十部は保管庫のなかへと先行する。


 内部は天井の高い広い空間だった。

 整然と並ぶ棚の上に多種多様な遺物がラベリングされ厳重に保管されている。

 ただの鞄に見えるもの。ただのぬいぐるみに見えるもの。ただの果実に見えるもの。

 見た目だけではその危険性は伺い知れない。だがその実態は奇異であり、有用でもあるのだろう。五十部は盗賊としての本性が疼くのか、あたりを忙しなくキョロキョロしている。


「あー、一応言っておくが、なにか適当にくすねて飲み込んだりとかケツに隠したりとか、めんどくせーことするなよ」


 と、いってる傍からなにかを飲み込んで隠そうとしていたので腹を殴る。


「なんだこりゃ? 指輪か? ま、“星の所有権”以外にも使えそうなのがあれば持ち帰ってもいいが」


 最奥まで進むと、いかにも厳重な扉がある。

 第一級危険指定遺物特別保管庫。時間のみが開くことを許される時限型の封印扉は、時を経てたしかに開かれていた。


 ***


 遺物管理局の外では、ボリスとシロゥの二人が見張りを務めていた。

 この場所に侵入しているのを機兵に察知され襲撃された際、その危険を内部のアーガスらに知らせるためである。


「どうも、ボリスさん。はじめまして……ではないですが、こうしてお話するのは初めてですよね」


 と、ただ見張りというのも退屈なのか、シロゥがボリスに話しかけてくる。

 目の下に隈が目立ち、ボサボサの黒髪で頬も痩せ、不健康そのものといった様相だったが、態度そのものは慇懃であった。

 ただし、ボリスはこれを一瞥するのみで返事はしない。


「嬉しいですよ。こうして、アーガスさんに認められて、任務に参加できるというのは……」


 返事はないにもかかわらず、シロゥは続ける。それは独り言のようだった。


「俺、我慢してたんですよ。耐えて耐えて……すっと、我慢してたんです。でも抑えきれなくて……すぐに暴発して、周囲の人間を片っ端から殺してしまうんです。だって、綺麗じゃないですか。血飛沫。一皮剥けば肉があって、肉を剥げば骨があって、ついさっきまでお話していた人が、ただの物になるんです。楽しいですよ、やっぱり」

「…………」

「ああ、すみません。そうではなくてですね。今でも思い出します。あの日は特に抑えが効かなくて、町中の人を殺しました。俺も本当は殺したくなかったんです。いけないことだってことはわかってましたから。いろんな人が逃げ回ったり、立ち向かったりしてきました。しばらくして、ようやく気持ちよくなって、半ば満足してきたころに、軍の方々が現れてくれました。獅士の方も何名かいて、結構本気だったみたいで、ああこれなら、俺を捕まえてくれるな、止めてくれるなって思ったんです」

「ノティスバークの惨劇か」

「そんなふうに呼ばれてるんですね。多分それです。そうして俺はずっと、暗い監獄の魔術牢に囚われ続けてました。ずっと、ずっと、誰でもいいから殺したくて仕方ないって、とてもつらい日々でした」


 聞くに堪えない内容だったが、ボリスは黙っていた。昨夜のアーガスとの問答を思い出したからだ。

 この男の本性をもう少し知るべきなのかもしれない。だから、ボリスは黙って話を聞いていた。


「そんなですから、ある日突然魔術牢が壊れて、外に出られて、抑えきれなくて、看守や他の囚人をめちゃくちゃに殺してしまったんです。ずいぶん久しぶりなのもあって、とても、とてもよい気分でした。でも、何人か殺したあと、せっかく捕まったのに、これでは台無しだと思いました。というか、なんで俺って死刑になってなかったんでしょうね?」


 ボリスはその答えを知っている。おそらく、有用な魔術資源とみなされていたからだろう。

 獅士相当の魔術師というのは貴重な存在だ。いざというときには兵として徴用できるという思惑があったのだと聞いている。


「そんなとき現れたのがアーガスさんです。俺はやっぱり衝動に負けて、思いっきり殺意をぶつけました。でも、それが、信じられないほど簡単に弾かれたんです。何度も、何度も剣を振りました。あの人にはまるで通用しませんでした。殺したいのに殺せない。でも、そうやって殺意をぶつけるだけで、意外と気持ちがいいって気づいたんです」


 ようやく、話が核心に近づいてきたかとボリスは思った。


「それからは何度も、何度もことあるごとにアーガスさんに襲いかかりました。どれだけ本気を出しても、どれだけ思いっきり剣を振るっても、あの人は決して殺せませんでした。そう、殺せなかったんです。何度やっても何度やっても……。殺せない……。あの人の皮膚が裂けていくさまが見たい。血が噴き出し臓物が零れていくさまが見たい。白い骨が剥き出しになって人としての形が崩れていくさまが見たい。見たい。見たい。見られない……」


 ボリスは、背筋に寒気を感じた。


「やっぱり、見たいじゃないですか。殺せないのは、やっぱりつらいです。あれから一度も殺せてません。つらいです。なので、その、いいですよね。ボリスさんでしたっけ。ちょっと死んでいただきたいんですが、いいですよね?」

「やはり貴様は……!」


 殺意が、露わになる。

 歪んだ笑み。邪悪な魔力。人を殺さずにはいられない狂気。


 “魔力は狂気に宿る”という言葉がある。

 ボリスは、その言葉を実感せずにはいられなかった。

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