第三皇子の庭④
魔術という現象が、個人の保有する暴力量に格差を生じさせている。
それは国家暴力装置である軍の運用にも大きな影響を及ぼす。よって、軍は指揮階級に加えて魔術階級というものを設定するのがふつうだ。
兵士。衛士。重士。獅士。騎士。
下から順に、アイゼル皇国ではそのような魔術階級が採用されていた。
入隊したての新兵は基本的に「兵士」である。
それから一年から二年ほどの訓練を経て、ほとんどのものが「衛士」へと至る。
限られた才能のあるものだけが「重士」となり、死者も出るほどの過酷な昇級訓練に耐え抜き、途方もない暴力を保有するものが「獅士」となる。
そして、その頂点に君臨するのが「騎士」である。
そんな彼ら騎士によって構成される「皇国英霊騎士団」は、たかが二十名前後の部隊でありながら国家最強の戦力である。国内外の有事に対し、彼らの担う役割は極めて大きい。
そのうちの一人がそこにいた。
騎士アーガス・ブラウン。
「も、もしかして! 機兵を三分割にして倒してたのって、アーガスさんですか?」
「ん? 三分割?」
あまり想定していなかった反応に、アーガスは少し戸惑う。
「いえ、その……」
レシィはちらりとアーガスが切断した丸太を見る。断面は荒く、獣によって強引に引き千切られたかのようだった。以前に見た、美しく滑らかな切断面とは明らかに違う。
「あ、すみません。たぶん、違うみたいです……」
「そ、そうか。違うのか……」
なぜか肩を落とす少女にアーガスは返す言葉もなく困ってしまった。ちょっと力を見せて、ドヤ顔で自慢したかっただけなのに。
「以前に、我々は三分割に切断された機兵の残骸を発見している。レシィが一回、私が一回で二回だ。いずれも滑らかな切断面をしていた。そのような剣術の使い手に心当たりはあるか?」
代わりにグラスが説明する。
「お、おう。なるほど、そういうことか。あー、そういえば、そういうことなら――」
「君も以前に似たような残骸を目にしたことがあるのか。ただし、その張本人については不明、と」
「いや。あのな。心読んでんのかそれ。質問したんならせめて答えるまで待ってくれねえかな」
「質問は効率よくその答えを思考の表層まで浮かび上がせる手段に過ぎない。君が口にするより早く私がそれを“見る”ことができたのなら、君の口から出るのを待つ必要はない」
「ったく、見てくれは綺麗な姐ちゃんだってのに。実際の機兵も話せたらこんな感じか?」
そんな、談笑めいた空間に。
ぞわりと、悪意の影が引き伸びてくるのが感じられた。
「おやぁ、アーガスさん。帰ってらしたんですかぁ?」
痩せこけた男だった。その男は、ひたりひたりと闇を纏わりつかせながら、幽鬼のように歩み寄ってきた。
「でなけりゃ、お前が出られてるわけねえだろ。シロゥ」
「あは。ですよね。アーガスさんには感謝が絶えませんねえ」
言葉の上では慇懃な受け答えをしながらも、レシィは身を竦ませずにはいられなかった。思わずグラスの影に身を隠す。
シロゥと呼ばれたその男は、どこかが、なにかが違っていた。
狂気を孕む笑み。邪悪さを隠さない魔力の漏出。手ぶらであるにもかかわらず凶器を携えているような圧迫感。背筋が凍るようだった。レシィはガタガタと震えていた。
「なんじゃ? おい待て、シロゥじゃねえか」
ラグトル鉱鉄の試料を取りに向かっていた職人たちが、訓練区画まで戻ってくる。だが、その男の姿が見えたことで全員が足を止めた。
「やべーぞよ。どうするぞ」
「アーガスもいるでねえか。問題ないじゃろ」
「だからっておめぇ、近づけねえだろ」
ずりずりと、足を引きずりながら職人たちは後ろへ下がっていく。
「その子たちって、アーガスさんが見つけてきたんですか?」
「いや。俺は生存者を発見できなかった」
「そうですか。アーガスさんに見つけられることって、これ以上はない幸せだと思うんですけどねえ」
「で、お前はどうだ? いや、見れば大体わかるんだけどな」
「やっぱり、繋がれてるのってつらいです。ずっとずっと、同じ考えばかりが頭を巡ってました。アーガスさんに会いたいなあって。早くまた、アーガスさんに会いたいって。ずっとです」
独り言のように、ぶつぶつと、ぶつぶつと。
「早く、殺したいなあって……!」
シロゥは、勢いよく踏み込み、なにも持たない腕を振る。
鈍く、けたたましい金属音が、火花を散らして訓練場に鳴り響いた。
「……っ!」
衝突による風圧で砂塵が舞い、レシィは思わず目を覆った。
「ったく。“おかえり”の挨拶がこれかよ。熱烈だな」
禍々しい歪な大剣が、いつの間にかシロゥの手に握られていた。有機的に変形したかの不気味な装飾が血を求めていた。それほど異様な存在感を放ちながら、それは唐突に予告もなしに、殺意と共にこの世に姿を現した。
その刃先は、アーガスの首筋に。
寸前で、斧によって止められていた。
「おやぁ。〈硬化〉しないんですか? そしたら、ゴリゴリゴリゴリ死ぬまでずぅっと削って削ってあげましたのに」
「悪いな」
コン、とアーガスはシロゥの股間を軽く蹴り上げる。
シロゥは倒れ、身悶える。突如現れた大剣は、消えるときも露のようになくなった。
「な、なんなんですかその人。アーガスさん」
ひとまず安全になったのではないかと、レシィはグラスの影からおそるおそる質問する。
「ん? シロゥだ。なんだったかな、元は連続殺人鬼かなんかだ。たぶん」
「た、たぶんて」
「刑務所のあたりで見つかったからな。
「そんな……大丈夫なんですか?」
「んー、まあ危ねえよな。シロゥなんかは人を殺さずにはいられない衝動を、どうあっても抑えられねえみたいだからな」
「え、なんですかそれ……」
「ぅ、うぐ……」
そのシロゥは、股間を蹴られてうずくまり、泣いていた。
「うぅ……ひぃ……。すみませんアーガスさん。俺、殺したくて、ひぐっ。血が、人の形が崩れて命を失うさまが、どうしても、だから――」
そんな、反省の言葉らしきものを吐いている。
「興味深い。その男はたしかに連続殺人犯だ。これまで九十八人を殺害している。六年前に獅士を中心とした部隊による逮捕作戦が展開されたが、その際に自ら投降して捕まっている。それからは狂暴魔術犯罪者特別収容所の地下に幽閉されていたようだ」
グラスはシロゥを“見て”、その経歴を知った。
「な、なんなんですか……!」
レシィはドン引きしていた。
***
「アーガス。帰ったらまずは報告だと言ったはずだが?」
第三皇子はアーガスに対し、そう告げる。
場所は司令塔の会議室。他に席を連ねるのはノエル、ボリス、落日の三人の近衛と、グラスも招かれていた。
「すみません。遅れましたが報告です。三日間の捜索を行いましたが、生存者は発見できませんでした」
「よろしい。そろそろ、潮時なのかもしれんな」
そういい、第三皇子は姿勢を変えて続ける。
「我々はこれまで生存者の捜索と拠点の拡充を基本戦略としてきた。これらはあくまで内政的な戦略だ。重要には違いないが、これだけでは勝てない。我々は攻勢に転ずる必要がある」
「攻める……手立てがあるのですか」
発言者はノエル。もっともな疑問だった。
「まずはそれを見つけることだ。“敵”の情報を得ること。そして、“敵”を倒す手段を得ること。この二つだ」
「“敵”を……倒す手段!?」
その言葉に、会議室はざわついた。
「順を追って話す。一つ、“敵”の情報を得る。これには
「は。了解しました」
「そして、“敵”を倒す手段だが――それは、“星の所有権”と呼ばれるものだ」
「星の……?」
出席者の多くにとって、耳慣れないものだった。
「その名の通り、物騒な遺物だよ。文字通りに星の所有権を手にする。天に浮かぶすべての星というわけではないが、いくつかの星を消したり動かしたり、あるいは落としたりできる。その意味がわかるか?」
「“天上の船”を攻撃できるということだろう」
と、空気を読まずにグラスが即答する。
「……そうだ。“星の所有権”はそこの万識眼鏡と同時期に、同じ遺跡で発見された遺物だ。第一級危険指定遺物として遺物管理局にて厳重に保管されている。これを回収してもらいたい。ちなみに、万識眼鏡の危険度は第二級だ」
「あの、殿下。質問をよろしいですか」
「ボリス。なんだ?」
「その、星の所有権というのは……まだ遺物管理局にあるのでしょうか。もう何年も放置されていることになるわけですし、賊が侵入して奪われている可能性というのはないでしょうか」
「ああ。その点は、これまで星の所有権を回収できなかった理由にも繋がる。凪ノ時代以前の遺物には我々にとって再現不能な危険性と有用性を備えたものが多く存在する。遺物管理局はその両者の釣り合いから実際に運用したり、あるいは決して流出することのないよう厳重に保管したりする。星の所有権は後者だ。
その保管庫は封印魔術によって閉鎖されているが、符号型にせよ照合型にせよ時間をかければいずれも解かれてしまう。むろん、時間などかけさせないために遺物管理局には獅士による警備が常駐していたが、それでも賊の襲撃に対しリスクは完全には排除できない。
ゆえに、第一級危険指定遺物の保管庫には時限型の封印が施されている。術者当人ですら、そのときになるまで決して解けることのない、理論上最強の封印だ。
第一級保管庫にはおおよそ一年から二年の時限封印が定期的に施され、仮に軍が緊急に貸し出そうという場合でもそれまでは待たねばならない。第一級危険指定とは、そこまでしなければならないものだということだ。こうまで警備が厳重になったのも“ある事件”がきっかけなのだが――」
「つまり、今ならその封印も解けているはずだと……」
「そして、その遺物があれば勝てる、ということですか……!?」
「そういうことだ。これをアーガスとボリス、お前たちに回収を命じたい」
「一つ、よろしいですか殿下」
「ん? なんだ。話せアーガス」
「もう二人ほど人員を加えてよいでしょうか」
「四人編成か。よいだろう。空間転移拠点からは離れた遠征になるため、二人では足りないだろうとは私も思っていた。具体的な人選はお前に一任する」
「ありがとうございます」
「さて、グラスよ。お前と同行することになる落日という男は、この新生アイゼルにおいて“最強の英雄”だ。その意味はいわずともわかるな? では、お前たちの健闘を期待する」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます