第一接触
推定可住惑星Nα-3は、当初生物の存在しない惑星だと思われていた。
大気。重力。気候。自転・公転周期。奇跡的なまでに地球人類の生存に適した環境を有していた。逆にいえば、これほどの環境で生物の気配が一切感じられないのは不自然に思われた。
軌道上からの観測では建造物のようなもの、すなわち文明の痕跡は見える。しかし、肝心の生物の影は見えない。なんらかの原因ですでに滅んでしまっているのか。それとも、知的生物以外のなんらかの現象で発生したものなのか。
お膳立てされたかの新天地。しかし、その認識は調査無人機を地上に降下させた際に覆される。
存在しないはずの生物がそこにいた。
その生物は、人類とあまりに近しい姿で、人類と極めて似た様式の生活を過ごしていた。
軌道上からの観測ではやはりその姿は見えない。しかし、地上の調査機はたしかにその姿を捉えている。これは人類に似たその生物のみならず、すべての原住生物についていえた。
植物。菌。虫。脊椎動物。生態系も極めて近しい。だが、その性質だけが違うのだ。
禁遠視特性。彼らの持つ物理学上の知識では理解不能なものだったが、そう名づけるほかない性質がNα-3の原住生物には備わっていた。すなわち、地上から約4万km離れた静止軌道上からではその姿を捉えることはできないが、成層圏まで接近したあたりで急にその姿が視認できるようになる性質である。
なにより注意を引いたのは人型生物である(以下、これを「原住民」と呼称する)。
原住民は未知の言語を話していたが、これほど隔てた場所ならそれは当然といえた。問題は、逆に人類とその生態があまりにも似すぎているということである。
平均して日に三回の食事を摂り、平均七時間の睡眠をとる。生活は一日を単位にルーチンワークとして繰り返される。性行為によって生殖し、一般にその活動は秘せられる。家族を単位として集団で生活し、社会を形成している。
文化もまた多くが似ていた。建築、絵画、書物、音楽、宗教、法律、演劇、遊戯。総じてその文明・技術のレベルは人類に比べやや劣るものではあったが、あまりにも似すぎていた。
一体を拉致し、その生態を解剖調査――するはずだったが、成層圏を離脱したあたりで容体が悪化。ほどなく死亡した。
やむを得ず死体を解剖する。
結果、原住民はあらゆる点で人類と近しい形質が確認できたが、系統としてはまったく異なる生物であることが確認された。遺伝子の組成も根本から異なるため人類との交配は不可能。なにより目立った特徴は未知の細胞小器官である。
その惑星には「魔術」という未知の現象があった。
あるものは火を起こす。あるものは風を舞わす。あるものは地を盛り上げる。
これは原住民であれば誰でも使えるものであるようだった。
それらは一見して物理法則に反しているように見えた。すなわち、「質量・エネルギーの保存則」である。それらの現象を引き起こす由来が一目ではわからなかったからだ。
調査を続けた結果、地殻下を流動する「ラグトル」と呼ばれる存在が深く関係していることがわかってきた。それは膨大なエネルギーを蓄え、いわば魔術使用者に「貸し出している」ものであるらしい。
ただ、その詳細な原理は不明だ。いずれにせよ未知の物理現象である。
彼らは慎重に調査を進めた。不測の事態を避けるため原住民には可能なかぎり存在を察知されないよう努めた。
しかし、調査活動はすればするほど逆に相手にも知られてしまうリスクを伴う。
「得られる情報」と「与えてしまう情報」の損益を比較し、その差が最大になるよう計算する。
ただし、情報が不足しているがゆえの調査であり、情報が不足しているがゆえにそのシミュレーションには限界がある。
「奇襲」の有効性を損なわない範囲で行動に移す必要がある。
原住民の扱いについては、「殲滅」で評議は可決した。
恒星間航行世代間移民船セ・キ・ローダー。
地球は核狂乱によって壊滅し、残された人々は地下に逃れた。
シェルターでの生活も限界を迎え始めているのを悟ると、遥か空の向こうへと活路を求めた。
滅びゆく故郷を捨て、新天地を求めて飛び立った人類は、しかしその箱舟ですら滅びを迎える。
最後の人類であるその司令官は、死の間際に残されたアンドロイドたちに指令を与えた。
居住地があり、遺伝子と配偶子の貯蔵があり、人工受精・保育システムもまだ生きている。
ならば、まだ人類は終わりではない。ここからもう一度やり直せるはずだ。
数百年の月日をかけ、ようやく辿り着いた新天地で。
だが、その居住先には原住民がいた。
人類に極めて似た形質をしていながら、人類とは異なる存在。
すなわち、人類にとって最も脅威となり得る“敵”である。
「どうか人類を絶やさぬように」
それが彼らの受けた至上命令。そのために、彼らはまず原住民を殲滅しなければならなかった。
彼らは、人類滅亡後のピノキアである。
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