敗残の暗闇の中で②
カーン、カーン。
と、洞窟内を反響して聞こえてくる騒がしい音に少女は目を覚ます。
寝床は焼肉パーティをしたのと同じ場所だ。いわば共同の寝室。他の子どもたちも並んで寝ていた。
例によって植物の魔獣グロキルの蔦で編まれたベッドのようなものに、毛皮の掛け布団。上等とはいいがたいが、これまでの野宿に比べれば格段に快適な睡眠だった。
「起こしてしまったか。すまないな」
声をかけてきたのはダヴァナーだ。鉄製の
気づけばもう昼過ぎらしい。周りで寝ていた子らはもう皆起きているようだった。
「個室が欲しいって子が多くてな。子供たちにも土や石を運ばせてる。といっても、グロキルに渡すだけだが」
そして、そのグロキルが外へ運び出して捨てる流れらしい。なにからなにまで便利な魔獣だ。
「ここはもともとパックといっしょに使ってた狩りの拠点でね。グロキルとも長い付き合いになる」
「やっぱきついっすよこれ。狩りなんかよりよっぽど重労働っすわ」
「ま、このあたりにするか。一部屋は増えたしな。ジェイ」
そういい、ダヴァナーは鶴嘴をジェイに渡す。ジェイが柄を握ると、それはみるみる形を変え、剣となった。
「ジェイさんもなかなか便利な固有魔術持ってますよね。剣の形をいろいろ変えて、斧とか鶴嘴とか」
「これは別に固有魔術じゃない」
「そでしたっけ?」
「体系魔術にも得手不得手があるからな。ジェイは他に魔力探知が得意だが……パック、お前が得意なのはなんだったかな」
「なんでしたっけ?」
「よっしゃ! ついにおれの部屋が!」
と、子供たちも一息ついて腰を下ろす。
「え、ぼくのだよ」
「あたしのために掘ってたんじゃないのー」
「いや俺のに決まってんだろ」
ちょっとした小競り合いだ。
「まあまあ、落ち着きたまえキミタチ」なだめるのはパックだ。「一つ、ゲームをして決めようじゃないか。いったい誰の部屋なのか」
「ゲーム? 山崩しならもう飽きたけど」
「新しいのがある。少しルールが複雑だから覚えられるかどうか……」
いつの間にかパックは見事に子供たちをまとめ上げていた。
「ダヴァナーさん、ちょっといいですか」
「ん?」
アリスに手招きされ、ダヴァナーはその場を離れる。そして、そのまま奥の会議室へ向かっていった。
「ルースとも話したんですが、その……」
「要は、いつまでもこのままではいられないんじゃねえかって話だ」
ルースは真剣な表情でダヴァナーに告げる。
「わかるよな? ここもいつまでも安全ってわけじゃない。いつバレるかわかったもんじゃねえ。食料調達が必要だから定期的に外へは出なきゃならねえ。外へ出て活動すればするほど痕跡を残してしまう。どれだけ気をつけているとはいっても、結果的にこの拠点を中心に同心円状に痕跡を残してしまうことになる。やつらがいつ嗅ぎつけてくるのかと、私も気が気じゃねえ」
「わかっている。移住先は探しておかねばならない。いつかはここを離れねばならぬだろう。だが……」
「ガキどもか。あいつらも一斉に、となるとリスクがデカすぎるな。それはわかる」
「それに、問題はグロキルだ。あれは固着タイプの魔獣だ。ゆえにあれほどの性能を発揮できる。種さえあれば他の場所でも育てられるが……今のこいつは、ここまでなるのに六年かかってる。最低限使えるサイズでも一年はかかるな」
「グロキルなしで拠点を維持するのは、たしかに現実的じゃねえな……」
「彼らについて、どのくらい知ってるんですか」
部屋の入り口から唐突に口を挟んできたのは、赤髪の少女だった。
「なんだ、いまは大事な会議中だ」
「彼らの対策、についてのお話ですよね」
「まあそうだ。そうなるな」
「その、聞かせていただけませんか」
「ったく、なんだって……」
「ルース。話してやってやれ」
ダヴァナーにいわれ、ルースは渋々話をはじめた。
「……わかったよ。とはいえ、正直よくは知らねえ。私とアリスは、元は冒険屋でな。その日は、魔物の群れの討伐依頼を受けてた。他にも先輩らと組んでて、八人だ。で、現場についてみれば魔物の巣はすでに壊滅。どいつもこいつも頭部に小さな穴が一つ。それで死んでた。そのあとだ。魔力がねえからまるで気づかなかった」
そこまで話すと、ルースは少し身震いをした。
「人形のような女だった。いや、きっと人形だったんだろう。魔物をやったのはそいつだとわかった。返り血がついてたからな。次の標的は私らだった。やつが手に持つ妙な武器が火を噴くと、次々に先輩がやられていった。一発だ。一発ずつで先輩らの脳天に穴が開き、倒れていった。即死だ。私は一瞬で悟った。“勝てない”と。逃げたのさ。だから、こうして生きてる」
「ルースは、私を守るために……」
「よせよ。我が身可愛さだ。憧れの先輩が次々ぶっ殺されてるんのに、怒りより恐怖が勝っちまったヘタレだよ」
「私も」次に話すのはダヴァナーだ。「よくは知らない。わかっているのは、やつらの我々人間に対する殺意だけだ。姿については遠目から見た程度でしかない。街も焼けてなくなっていたし、大勢の人間が殺されるのを見た。
私も同じだ。見ていただけだ。私の力だけではどうすることもできないと思ったんだ。逃げ、隠れ、待ってさえいれば……軍からの増援や、騎士が駆けつけてくれるものだと思っていた。それほどの大惨事だった。多くの村や町が同様に焼き滅ぼされていた。やつらの正体がなんであれ、皇国軍が、騎士団が動かぬはずはない。そう思っていた。
だが、助けは来なかった。おそらくは、考えたくはないことだが、皇都も……。あれから出会った生存者はルースにアリス、ジェイと子供たち、そして君だけだ」
「ほら、話したぞ。私もダヴァナーもな。あんたはなにを知ってる」
「……彼らに、幻影魔術は通用しません」少女が口を開く。
「魔力がないなら、感覚保護もしていないはずだと試した人がいましたが、彼らはまるで意に介していませんでした。私も、知っていることは多くはありません。ただ、彼らは魔術を使いません。きっと、私たちとは異なる
「ほう?」
「その、彼らの武器は、連射もできますし、射程も長いです。対貫通障壁による防御も通用しません。どれだけ大勢で挑んでも――」
「ずいぶんと、よく知ってるんだな」
ルースが、怪訝そうな顔で少女を見つめる。
「まるで見たように話すじゃねえか。それも、かなり近くで。それほどまで近くでその様を見て、よく生き延びてこれたな」
まるで責め立てるような強い語気に、少女は口をつぐむ。
「おいなんとか言えよ」
「ルース、よせ」
「……ま、なんにせよ要はそのへんの結論は変わらねえわけだろ。やつらには勝てない。逃げるしかない。な?」
少女は顔を伏せ、身を縮めていた。
「……悪かったよ。自分の無力さを思い出して苛立ってた。その、あー、そろそろ名前くらいは教えてもらいたいんだが」
だが、少女は答えない。あいかわらず押し黙ったままだった。
「隊長! 今日は他になにかやることありますかね?」
重い空気に颯爽と軽い風を吹き込んできたのは、パックだ。
「そうだな。ひとまず食料は昨日グロキルが運んできたぶんがある。特にやることはないだろう」
「りょーかい! そういうわけだガキども、今日は遊ぶぞ! 別のゲームもあるからな!」
パックは駆けていく。「わーい」という声が、奥から聞こえる。
「……調子狂うな」
「まったくだ。こっちは深刻な話をしてたってのに」
とはいえ、決意は固まる。
子供たちだけは、なんとしても守らねばならない。
「あー、君。向こうでパックがなにかやるようだ。君もどうだ?」
と、やんわりダヴァナーは退出を促す。赤髪の少女は軽くお辞儀をして出て行った。
「礼儀は、正しいですよね……」
「だのに名前は教えたくねえのか」
「俺たちがまだ信用に足らないということだろう」
「信用ねえ。世界がこんなんなっちまって、人間同士で足の引っ張り合いもねえだろうに」
「皇都は」と、アリスは弱々しく。「皇都も、やはり同じように破壊されていると思いますか……?」
「どうだろうな」ダヴァナーは少し考えながら。「我々の行動範囲は広くない。となれば、たとえば――ここら周囲一帯だけが局所的な災害に見舞われ、空間断裂など外界と隔絶してしまっただけとも考えられる」
「だけって規模じゃねえけどな。だとすりゃ、それは半径何十kmの話だ? 一度自棄になって遠征したよな。あんときは二日くらいは東に向かって全力で直進してた。どこまで行ってもなんにもなかった。街も村も廃墟だった。誰一人にも会えなかった。幻影の迷路にでも迷い込まされていたのか? こんな事態を、どこのだれがなんのために二年も維持してるってんだ?」
「…………」
ダヴァナーは黙る。答えられるような問いではなかったからだ。
「きっと、世界は滅んじまったんだろうよ。希望なんてどこにもない。ただ、いかに絶望から逃れるか。それだけだ」
「……それは、あの子がどこからやって来たかによりますよね」と、アリス。
「私たちはまだこうして生きています。あの子も生きていました。たとえ世界が滅んでしまっていたとしても、まだどこかで生きている人たちはいると思うんです。きっと、同じようにこうして息を潜めて……」
「なるほど。そりゃそうだな。そいつらも私らみたいにコソコソ隠れて暮らしてるわけだ。そりゃ見つかんねーよな。賢いぞアリス」
「えへへ……」
「とにかく、あの子が心を開いてくれるのを願うばかりだな。ルース、あの子にはあまりつらく当たるな」
「わかってるよ。ただ、どうも子供は苦手で……」
「そうなのルース? 子供たちにはよく懐かれてるようだけど」
「あー、うん。かもな。わからん! まあ、善処するよ」
その会話を、少女は影ですべて聞いていた。
***
次の日。早朝。
いまに日が昇ろうかというときに、それは訪れた。
「起キロ! 起キロ!」
耳慣れない甲高い声が洞窟内に響く。なにかと思い少女は身を起こし、こすりながら目を開くと、一気に目が覚めた。
植物の蔦から人間の口が生えている。異質な光景。考えてもみれば、魔獣なのでそれくらいはありうる。とはいえ、いきなり目の前に見せつけられると心臓に悪い。
大人たちはすでに目覚め、緊張していた。子供たちも続々目を覚ます。
「なにごとだ、グロキル。なにがあった」
寝起きのダヴァナーが問いかける。グロキルには耳も生えていた。
「敵ダ。二体、北カラ向カッテキテイル」
平穏が終わりを告げる。
全身の毛が逆立つ。その日が来た。
移住先を探す必要がある?
あまりに悠長過ぎた。もう移住していなければならなかったのだ。こうなってからでは遅いのだから。
「パック、ジェイ、ルース、アリス」ダヴァナーは剣を握り、大人たち全員に呼びかける。「南の出口から、子供たちを連れて逃げろ」
「隊長! なんで……隊長もいっしょに」
「ダメだ。やつらを足止めしなければ子供たちを連れては逃げ切れまい。足止めにはグロキルの力がいる。そして、グロキルを操るには私がいる。だから行け。お前たちは今すぐ行け!」
「わかった。でも」ルースは意を決したように答える。「ダヴァナー。あんたも、ちゃんと逃げてよね」
「心配するな。二体くらいなら、あわよくば倒すさ」
「なら、全員で戦えば……!」と、パック。
「子供たちを守りながら、か? 仮に二体を倒せたとしても、次が来る。どのみちここからは逃げなければならない。お前たちは行け。私もすぐ追う。時間を稼ぐだけだ」
「隊長……!」
「これは命令だ。行け!」
そして、夜が明ける。
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