わたしと『わたし』の鬼ごっこ

@wirako

第1話

 わたしの通う女子大には、金太郎飴みたいに周りの子とそっくりなファッションを身にまとう、いわゆる『量産型女子』がとても多い。


 茶色のゆるふわヘアと厚めのナチュラルメイクに、寒くなってきたこの時期はタートルネックニットとスウェットパンツが鉄板だ。


 さらにワンポイントとして、赤いコスモスをあしらったブレスレットが手首に咲いている。コスモスの花言葉は調和。主体性のない量産型女子にはぴったりだ。


 以前はファッションにも多様性があったらしい。けれど一昔前のミスキャンパスがこてこての量産型で、それでいて芸能界デビューまで果たしたものだから、誰もが彼女に憧れた。そして少しでも近づきたいがために、あらゆる事柄を真似するようになったそうだ。


 結局ミスキャンパスはとうに芸能界を引退したものの、学生の間に根づいた模倣文化は世代を超えて受け継がれた。現にわたしの同期生も、服やメイクは流行りに乗っかったものばかりで、話題も毎日SNSだのパンケーキだのネイルアートだのとまるで代わり映えがない。


 と、なんやかんや言うわたしも量産型の一人だったりする。元々ファッションには疎いので、みんなが流されている波に同乗させてもらっている形だ。


 量産型に頼る理由は他にもある。それは、女の同調圧力社会で目立つ真似をすると色々面倒だからだ。男の人には信じられないだろうけど、ちょっと個性的な言動をしただけで爪はじきにされることくらい、女の世界では珍しくない。この女子大ではなおのことだ。


 みんながスイーツを注文する中、自分一人が海鮮丼を選んで凍りつくあの空気なんて、誰も味わいたくないのだ。


 この体験談を聞かせるたびお腹を抱えて笑う親友の理沙りさも、見た目は典型的な量産型女子だ。ただ本人は代返だいへん――欠席者に成りすまして出席の代理をしてあげること――の成功率を上げるため、という罰当たりな理由で量産型の皮をかぶっている。


 彼女の本性は、代返で稼いだ謝礼金で、スイーツ店ではなく回転寿司チェーンに通いつめる無類のお寿司好きなのだ。


 肝心の代返成功率は高いようで、顔を合わせなかった昨日は電話で「六限目の終わり頃、私と瓜二つの子に会ったのよ」と声を弾ませていた。よほど周囲に溶けこめていることが嬉しいみたいだ。


 でも理沙の容姿は、量産型の中では見分けがつく方だと思う。


 五限目の講義を終えたわたしはタートルネックニットの毛玉を取りながら、四階から六階までの階段を一気に駆けのぼった。肩にかかった茶色い毛先がふわふわ揺れる。


 到着と同時に、廊下の左右に並ぶ教室から茶色頭の群れがあふれてきた。その中でも半分抜きん出た頭に目星をつける。


「理沙!」


 気づいた彼女が、本来ならメイクなんていらない端正な顔立ちをこちらに向けた。


 にもかかわらず、なぜか首を回して誰かを探すような素振り。わたしは人波をかき分けて彼女の前に立ちはだかった。


「ねえ理沙。それはわたしとの身長差をいじってるの?」


 彼女はしとやかな笑顔で誤魔化した。


「違う違う、そうじゃないのよ。それで、なにか用?」


「なにかって」


 ため息をのみこんで、


「貸した漫画、返してくれるって約束したでしょ。今日までに返してくれないと延滞料金取られちゃうんだけど」


「漫画? ええっと、漫画、漫画、漫画」


 がさごそと量産型バッグを探る。三秒ほどで手が止まった。


「残念ながら、ないみたいね」


 わたしは今度こそ重い息を吐き出した。理沙はこういうところがある。


「じゃあ延滞料金、払ってもらうからね」


 格闘家が挑発するように手のひらを曲げて催促する。ところが、


「お金も持ってないのよね」


「…………」


 理沙はこういうところがある。





 大学ならではの広々とした六階の空き教室に入ると、二人分の影が床に長く伸びた。窓から望める町並みは少し前まで暖色に輝いていたのに、木枯らしが吹きつけてからは早くも紫がかってきている。日の入りは近い。


「もう最悪」


 わたしは窓際最前列の席にバッグを置いて腰を落ちつけた。漫画は帰りの電車の中でもう一度読もうと思っていたのに、予定が台なしだ。


「本当にごめんね。お詫びによしよししてあげる」


 席にはつかず窓辺に寄った理沙が、わたしの頭をなでてきた。


「子ども扱いするなっ」


 細い指をした手を払いのける。気温が下がってきたせいか、彼女の肌はだいぶひんやりとしていた。


「ていうか、頭触るのはやめてよ。たんこぶできてるの知ってるくせに」


 四日前のことだ。深夜にトイレへ行こうとした際、誤って階段からころげ落ちてしまった。毎夜、照明の点灯をおろそかにしていたツケだ。打ちどころも悪くて、頭部のシルエットが山なりになっている。それを知りながら触るなんてどういう神経をしているのか。


「ああ、たんこぶね。痛いの?」


「そりゃ痛いよ。頭洗うのも億劫おっくうだもん」


「でもおかげで身長は伸びたわね」


 すねを思い切り蹴っとばしてやった。


「ところで」


 痛覚までも無神経なのか、なに食わぬ顔で尋ねてくる。


「今日は六限目の講義、ないの?」


「あー……いいや、めんどくさいし」


 本当なら今頃、わたしは生物学科の三年生を対象にした就活講座に出席していたはずだ。でもいまいち気分が乗らない。もちろんその一因は理沙にある。


 わずかな沈黙のあと、理沙の表情が華やいだ。


「それならせっかくだし、この大学に伝わる面白い怪談を話してあげる」


「怪談? 興味ないからいいよ」


「その名も影患かげわずらい」


「人の話聞いてた?」


 とは言ったものの、聞きなじみのない単語に多少興味はそそられた。


「……で、影患いって?」


「簡単に言えば、そっくりさんのこと。私はさっきまで講義に出席してたわよね。なのに同時刻、食堂でも私の姿が発見されてるの。まるで私の影が分身となって現れたかのように。……そんな怪異よ。どう? 面白いでしょ」


 この手の話には思い当たる節があった。


「それ、ドッペルゲンガーのことじゃん。ここに通ってる人ならみんな知ってるよ」


「そんなに有名だったのね。でもみんな知ってる、なんて言い方はさすがに言いすぎよ。詳しくない人だって必ずいるわ」


「そうかなぁ」


「たとえば私とかね!」


「なんでどや顔なの」


「でね、実は私、その噂に興味があるの。だから詳しく聞かせて」


「あ、最初からそれが狙いだったわけ。民俗学科らしいといえばらしいけど」


 彼女はちゃっかり者でもあった。


「ね、お願い」


 めんどくさいと断りかけるも、その好奇の目からは逃げられなさそうだと悟る。渋々乗ってあげることにした。


「この大学にはドッペルゲンガーがんでいる。そいつは一緒に遊びたい人間と同じ姿になって、本人の肩を叩く。その人が振りむいてドッペルゲンガーの姿を認めた瞬間、呪いが成立する」


 一呼吸置いて、


「呪いをかけられた人は、二十四時間以内にドッペルゲンガーを捕まえないと死んでしまう。要するにドッペルゲンガーのしたい遊びっていうのは、命がけの鬼ごっこなんだってさ」


「鬼ごっこ、ね。うん。それで?」


 まだ聞きたがる相手に呆れつつも再開する。


「ドッペルゲンガーの特徴は、この大学の敷地内に現れること。喋れないこと。あとこれは呪われた人の特徴だけど、期限が近づくにつれて自分の影が薄くなっていく……だったかな。あ、そうそう」


 友だちの解釈なんだけど、とつけ加える。


「鬼って死者を意味する言葉でもあるから、時間切れになると鬼のごっこ遊びから本物の鬼……つまり死者に変えられちゃうんだとか言ってたっけ」


「ふぅん」


 満足したのかしていないのか判断しづらい返事。気にせずわたしは自嘲気味に、


「ま、ドッペルゲンガーなんているわけないけどね。どうせ見間違いに尾ひれがついた都市伝説でしょ。ほら、ここって似たり寄ったりな格好した人がたくさんいるじゃん」


 席を立って窓に目を移した。キャンパスにはわたしたちと大して変わらない見た目の学生がそこら中にいる。


「だけど、本当にドッペルゲンガーがいたら」


 理沙がぽつりと口にする。


「ここはずいぶん快適に感じるでしょうね」


 快適。そうかもしれない。この無個性な集団の中に潜んでしまえば、相手を呪い殺せる確率も高まるだろう。木を隠すなら森の中だ。自分がドッペルゲンガーなら是非ここで暮らしたい。


 木枯らしが吹き荒れて、窓が小さく身震いした。


 にわかにドアノブが音を立てた。


「ちょっといい?」


 入ってきたのは量産型女子。髪も服もメイクもわたしたちにそっくりだ。いや、リップは一回り厚いか。


 ――もしかして、この教室使いたいのかな。


 空き教室はサークル活動や研究室の学生が使用することもある。もしそうなら、仕方ないけど素直に譲ろう。わたしは自分のバッグに視線を投げた。


 しかし、彼女の発言は想定とはかけ離れたものだった。


「この辺りに、私がいなかった?」


「……はっ?」


 頓狂とんきょうな声が飛びでた。意味が理解できない。自分で自分を探す……これが本当の自分探しというものなのか。


 意外に危ない人かも……と警戒するわたしをよそに、


「見てないわ」


 理沙がなんでもないように答えた。戸惑う様子もなかった辺り、こっちもこっちで変人だ。


「ありがとう」


 厚塗りリップの人は礼を述べて、あとはすんなり出ていった。ドアをきちんと閉める程度の正気は保てているようだ。


「なんだったの、あの人」


 ほうけ気味に呟くわたしへ、理沙は返答の代わりに小首をかしげた。


 ――ま、いいや。まだここでだべってられるんだし。


「あ、そういえばさ」


 と、わたしが今日から始まる大学のイルミネーションについて話そうとして、再びドアが、今度は凄まじい勢いであけ放たれた。

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